三角縁神獣鏡の原材料産地を探る- SPring-8を利用した青銅鏡の蛍光X線分析 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2004年05月15日
- BL19B2(産業利用I)
平成16年5月15日
(財)泉屋博古館
(財)高輝度光科学研究センター
財団法人泉屋博古館(せんおくはくこかん;館長 樋口隆康)は、財団法人高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)と共同で、大型放射光施設(SPring-8)の産業利用ビームラインBL19B2を用いて、中国および日本の古代青銅鏡の蛍光X線分析を行った。古代青銅鏡の中でも、三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)はその製作時期から大和朝廷形成論も巻き込んだ重要な資料であることは間違いないと考えられているものであるが、その「製作地」については確実な証拠を得ることができず、古代史上の大きな謎のひとつとなっていた。そのため、従来から銅・錫・鉛などの主成分を中心とした科学分析が多く行われてきたが、本実験では主要成分である銅・錫中に含まれる微量成分の銀・アンチモンを高精度で分析することに主眼をおいた分析を中国・日本の古代鏡について行った。これは青銅鏡成分の科学的研究としては画期的な試みである。 |
1.目的と背景
青銅鏡は、東アジアの古代文化を研究するうえで重要な鍵を握る考古資料である。青銅鏡は中国古代を中心に多数製作され、とくに漢時代に大流行し、弥生時代から古墳時代にかけて日本に、数多く輸入されるとともにそれを模倣した鏡が大量に製作され、この時期の文化を考える上で重要な考古資料となっている。そのなかでも三角縁神獣鏡は紀元3世紀を中心に製作されたと考えられ、これまで邪馬台国の女王卑弥呼が中国魏の皇帝より授かった鏡といわれたこともある。少なくとも三角縁神獣鏡の製作時期は、日本において国家が形成され始めた時期であり、重要な資料であることは間違いない。したがって、これまでに青銅鏡研究は考古学上の重要な研究課題として活発な議論がおこなわれてきた。
そのため従来から、銅・錫・鉛などの主成分を中心とした科学分析が多く行われてきたが、本実験ではさらに踏み込んだ検討を行うべく、SPring-8による蛍光X線分析(用語説明1)を実施した。SPring-8では、主成分そのものではなく、鏡に含まれる微量成分の高精度測定という従来ではできなかった分析が可能である。そこでまず、この特性を利用して、三角縁神獣鏡のバックボーンとなる中国・日本の古代鏡を分析した。本実験の最終目標は、三角縁神獣鏡の原材料特性の解明であるが、今回発表する内容は試料数が不足していることもあり、あくまでも第一ステップとなるものと位置づけている。本実験手法の有効性を提唱することにより、今後本格的な原材料特性の解明と原材料産地の検討を促進させるための基礎ができたと考える。
2.研究手法と成果
今回の実験では、SPring-8を用いた蛍光X線分析で高精度な測定が期待できる、銀・アンチモンという2種類の微量成分にターゲットを絞った(用語説明2)。実験は、泉屋博古館収蔵の青銅鏡95面を対象におこなった。内容は紀元前3世紀から紀元3世紀にかけて中国で製作された鏡69面、紀元3世紀から4世紀にかけて日本で製作された鏡18面、三角縁神獣鏡8面である。そのうち三角縁神獣鏡は、6面が文様・銘文とも極めて中国様式に忠実な舶載鏡、2面が中国様式から逸脱した日本製の製鏡と考えられている(図2)。検討に用いた数値は、銀およびアンチモンの蛍光X線ピーク強度を主要成分である錫のピーク強度で規格化した(割った)数値を採用した。
実験の結果、図1のごとく時期と地域により、微量成分数値で大きく4グループを抽出できた。すなわち、(1)戦国時代〜秦時代グループ(中国:紀元前3世紀)、(2)前漢前期グループ(中国:紀元前2世紀)、(3)前漢後期〜三国西晋時代グループ(中国:紀元前1世紀〜紀元3世紀)、(4)古墳時代グループ(日本:紀元3世紀〜5世紀)である。とくに(3)グループの三国西晋時代の神獣鏡(用語説明3)は、同時期の他の鏡に比べ数値が集中している。そして、三角縁神獣鏡は、舶載(中国製)と考えられる6面はすべて中国の三国西晋時代神獣鏡の分布範囲に入り、製と考えられる2面はいずれも古墳時代の日本製鏡の分布範囲に入った。
3.今後の展開
これまで青銅鏡の科学分析について、主成分以外の不純物として存在する微量成分に着目した研究はほとんどなされておらず、本実験は今後の青銅鏡科学的研究の一つの新たな方向性を示唆するものと確信する。今回の実験で三角縁神獣鏡の原材料に複数の系統が存在する可能性を提示出来たと考える。さらに従来考古学的手法で舶載と製の中間的位置づけがなされていた鏡も、今後本実験手法を用いることによって、原材料系統の本格的な検討が期待できる。三角縁神獣鏡の生産を考える上で、原材料の違いを明確にすることは製作地論議に新たな視点を与えるに違いない。
<参考図>
1~6:舶載鏡 | 7:舶載と製の中間的な鏡 | 8:製鏡 |
1.三角縁三神五獣鏡(M23) | 2.三角縁三神五獣鏡(M24) | 3.三角縁四神四獣鏡(M25) |
4.三角縁四神四獣鏡(M112) | 5.三角縁二神二獣鏡(M116) | 6.三角縁三神三獣鏡(M33) |
7.三角縁三神二獣鏡(M118) | 8.三角縁三神三獣鏡(M119) | |
<本研究に関する問い合わせ先> (財)高輝度光科学研究センター <SPring-8についての問い合わせ先> |
<補足説明>
- 1.蛍光X線分析
物質にX線を照射すると、励起された原子が蛍光X線を放出する。蛍光X線のエネルギーは元素に固有であるので、蛍光X線のエネルギー・スペクトルを測定し解析することにより、試料の元素分析を行うことができる。蛍光X線分析法は、試料の前処理や調製を特に必要としないこと、試料を破壊することなく分析できる非破壊分析法であること、微量元素分析が可能であること、などの利点があるため、その応用分野は、材料科学、環境科学、医学、生物学、考古学、法科学など極めて多岐にわたっている。
- 2.SPring-8を利用する蛍光X線分析の特徴
SPring-8の放射光を利用する蛍光X線分析は、従来の方法に比べ次のような特徴を持つ。X線の輝度が高いので、元素の検出感度が高く、微量元素の分析が可能。とくに高エネルギーX線を利用するため重元素の高精度分析に適している。したがって本実験では青銅鏡に含まれる微量成分のうち、高エネルギーの蛍光X線を放出する銀・アンチモンを検討対象とした。
- 3.神獣鏡
中国後漢時代中期頃(AD2世紀前半)に出現し、後期から三国西晋時代(AD2世紀後半〜3世紀)に大流行した鏡。漢時代に広く信仰された神仙像と瑞獣を鏡背面に文様化している。神仙像と瑞獣の配置形式は多岐におよび、考古学研究のうえで多くの鏡式に分類されている。華中揚子江中下流域を主な製作地とする。
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