大型放射光施設 SPring-8

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爆発性ガス“アセチレン”の超高密度濃縮と選択的吸着(プレスリリース)

公開日
2005年07月14日
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)
 京都大学の北川進教授らの研究グループは、ナノメートルサイズの細孔を有する物質の細孔表面に吸着活性点を規則的に配列させることにより、爆発性のアセチレンガスを選択的に安定かつ超高密度にナノ孔物質中へ濃縮できる事を発見した。

平成17年7月14日
京都大学
(財)高輝度光科学研究センター
(独)科学技術振興機構

 京都大学の北川進教授らの研究グループは、ナノメートルサイズ(1)の細孔を有する物質(以下ナノ孔(2)物質)の細孔表面に吸着活性点を規則的に配列させることにより、爆発性のアセチレンガスを選択的に安定かつ超高密度にナノ孔物質中へ濃縮できる事を発見した。
京都大学工学研究科の北川進教授、松田亮太郎博士らの研究グループがアセチレンの濃縮実験に成功し、(財)高輝度光科学研究センターの高田昌樹(主席研究員、利用研究促進部門 副部門長)を中心とするグループが、SPring-8の高輝度放射光を用いてその規則的1次元配列構造を明らかにした。また、東北大学の川添良幸教授らのグループはスーパーコンピューターを用いた理論計算によりアセチレンの安定化を証明した。
 アセチレンは非常に反応活性なガス分子であり、室温で2気圧以上圧縮すると爆発する危険性があるが、このナノ孔物質中に吸着させたアセチレンの密度は400気圧以上に圧縮した状態に相当し、室温で非常に安定に存在していた。また、アセチレンは二酸化炭素と沸点、形状、大きさなどの物理化学的性質が酷似しているため、活性炭などの従来の多孔性物質でこの両者を分離する事は非常に困難であったが、今回のナノ孔物質を用いると二酸化炭素に比べて、最大で26倍量ものアセチレンを吸着する能力を有し、異常な選択的吸着性能を示す事がわかった。
 アセチレンがなぜこのように特異的に高密度で細孔中に存在できるかを明らかにするため、アセチレンを吸着させたナノ孔物質を用いて、大型放射光施設(SPring-8)粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2で実験を行い、測定したX線回折データを情報理論に基づく新しい方法で解析した。その結果、規則正しく並んだ細孔の一つ一つに、アセチレン分子が一つずつ、一列に並んでいるとともに、細孔表面に規則的に配列した吸着活性点が棒状のアセチレン分子を両端からがっちりと掴んでアセチレンを安定化している事がわかった。
 アセチレンはノーベル賞を受賞した白川博士らが発見した伝導性ポリアセチレンの原料であり、また医薬品など様々な有機化合物の元となる重要な基本分子である。従来はアセチレンを使用するためには有機溶剤に溶解させて濃縮、運搬する必要があったが、今回のナノ孔物質を用いる事により有機溶剤の必要がなくなり、純粋で高密度のアセチレンを安全かつ簡便に取り扱う事が可能となり、アセチレンを核とした物質科学の発展が期待される。またナノ孔物質中の吸着活性点の配列様式をオーダーメイドに変えることにより、他の分子に対しても、アセチレンと同様の選択的な吸着や高密度濃縮を実現することが可能となることから、有害物質の分離、温室効果ガスの除去といった環境問題を解決し得る次世代のナノ機能材料開発へ一つの道が開けたといえる。

 今回の結果は文部科学省補助金特定領域研究“配位空間の化学”の補助により行われた成果であり、英国科学雑誌Natureの7月14日号に掲載される。

(論文)
Highly controlled acetylene accommodation in a metal-organic microporous material
(日本語訳:ミクロ孔金属錯体物質中へのアセチレン分子の精密制御取り込み)
Ryotaro Matsuda, Ryo Kitaura, Susumu Kitagawa*, Yoshiki Kubota, Rodion V. Belosludov, Tatsuo C. Kobayashi, Hirotoshi Sakamoto, Takashi Chiba, Masaki Takata, Yoshiyuki Kawazoe and Yoshimi Mita (* Corresponding author)
Nature 436, 238-241 (14 July 2005)

 特定の気体を吸着、濃縮する材料および技術開発は昨今のエネルギー問題や環境問題を解決するために、重要視されるものであります。例えば、燃料電池における水素吸蔵材料の開発、NOx や SOx などの有害排ガスの吸着除去、地球温暖化ガスのメタン、CO2の分離除去などは、周知の課題であります。活性炭やシリカゲルといった多孔性の物質が我々の身の回りでは吸着剤として活躍しておりますが、上記の問題を解決するために必要な、特定の分子を大量に吸着するまたは分離するという事は非常に難しい事でありました。
 最近になり、金属イオンと有機イオンとの複合化によって作られる、多孔性金属錯体と呼ばれる新しい多孔性物質が開発され、さまざまな新しい現象が見つかって参りました。本研究はこの新しい物質である、多孔性金属錯体により特定の分子を大量に吸着するまたは分離するという事を目指したものであり、その結果、爆発性のアセチレン気体を選択的に吸着、超高密度に濃縮して吸着することができました。
 アセチレン(C2H2)は不飽和3重結合を有する非常に反応活性な分子であります。そのため分子変換が容易で、様々の有機化合物の合成原料となっております。また、アセチレンを燃やすと高温の炎を得られることから金属の溶接用の燃料としても広く用いられております。このように反応活性が大きいということは、大きなメリットがある反面、その取り扱いが難しく、常温で2気圧以上に圧縮すると爆発してしまう危険性があり、重大事故の報告も数多くあります。またアセチレンはノーベル賞受賞された白川博士が発見した伝導性ポリアセチレンの原料でもあり、先端エレクトロニクスの分野においても重要な位置づけにある分子であります。この有用であるが取り扱いの難しいアセチレンを選択的に高密度で貯蔵することは物質材料科学の一つのチャレンジでありました。
 まず、今回用いた多孔性金属錯体の特徴を図1に示します。この物質は0.4 x 0.5 nmの大きさの筒状の小さな穴が無数に開いた物質であります。このような小さな筒状の穴が開いた物質は炭素原子のみで作られるカーボンナノチューブが有名であります。一方この多孔性金属錯体では、様々な原子で作る事ができるため、その表面の性質を多様に変化させられます。今回の実験成功のみそとなるのは、アセチレンと強く相互作用する部分をその表面にうまく配列させたことであります。図2中では黄色いアセチレン分子が細孔内で、赤色の酸素原子によって両側から強く捉えられていることがわかります。
 この多孔性金属錯体が選択的にアセチレンを吸着する図を示します(図3)。縦軸が吸着量で横軸がガスの圧力になります。アセチレンと二酸化炭素は非常ににかよった形と性質を有しており、例えば両者の沸点は5度ほどしか変わりません。そのため通常の吸着剤では吸着量に顕著な差を見る事ができません。しかしながら、この物質では二酸化炭素にくらべ最大で26倍ものアセチレンを吸着できる事がわかりました。また赤い円で示される吸着量が最大になったところでの、アセチレンの密度は恐るべきことに400気圧(約40 MPa)以上にも濃縮されており、これはアセチレンが爆発する危険のある2気圧の200倍に相当するものでありました。

 本研究は新しい物質、多孔性金属錯体を用いて、アセチレンという特定の分子を大量に高密度で吸着する事に成功したものであります。本研究により、非常に有用な分子であるとともに危険であったアセチレンを簡便に取り扱えるようになるという点において、アセチレンを核とした物質科学が発展するものと期待されます。さらに、多孔性金属錯体という新しい物質は特定の分子を大量に吸着するまたは分離することが可能であることを示した点において、上述したエネルギー問題、環境問題を解決する可能性を大いに示したものであり、その意味おいても本研究結果の世の中に与える影響は少なくないものであると考えられます。

 最後に本研究を遂行するにあたって、世界最高の放射光施設であるSPring-8、世界有数の計算能力を示す東北大学のスーパーコンピューターが、大きな役割を果たしました。この意味においても、世界最高峰の日本の設備と技術によって日本が世界に向けて、世界最高レベルの先端科学技術を発信できる事の証であり、日本が世界に誇れる成果といえます。


<参考資料>

図1 アセチレン(C<sub>2</sub>H<sub>2</sub>の特徴
図1 アセチレン(C2H2)の特徴

 


 

図2 アセチレン分子を吸着した多孔性金属錯体の構造模式図
図2 アセチレン分子を吸着した多孔性金属錯体の構造模式図

黄色で示したものがアセチレン分子、赤で示したものが酸素原子

 


 

図3 ナノ細孔1つ当たりの分子の吸着量
図3 ナノ細孔1つ当たりの分子の吸着量

 


<用語解説>
    ナノメートルサイズ
     1ナノメートルは10億分の1メートルで、たとえばアセチレン1個は約0.5ナノメートル
    ナノ孔
     1ナノメートル程度の径の穴(専門用語ではミクロ孔という)


 

<本研究に関する問い合わせ先>
京都大学大学院工学研究科 合成・生物化学専攻
教授  北川 進
E-mail:kitagawa@sbchem.kyoto-u.ac.jp
Tel:075-383-2733/Fax:075-383-2732

(財)高輝度光科学研究センター利用研究促進部門/CREST(JST)
   主席研究員  高田 昌樹
E-mail:takatama@spring8.or.jp
Tel&Fax:0791-58-0946

東北大学金属材料研究所計算材料学研究部門
   教授  川添 良幸
E-mail:kawazoe@imr.edu
Tel:022-215-2050/Fax:022-215-2052

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター
   広報室  原 雅弘
E-mail:hara@spring8.or.jp
Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786