セメントを金属に変身させることに成功 - ナノの構造を利用した現代版錬金術 - (プレスリリース)
- 公開日
- 2007年04月11日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
平成19年4月10日
国立大学法人 東京工業大学
公立大学法人 大阪府立大学
独立行政法人 理化学研究所
財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人東京工業大学(学長 相澤益男)は、公立大学法人大阪府立大学(学長 南努)、独立行政法人理化学研究所(理事長 野依良治)及び財団法人高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)と共同で、石灰とアルミナから構成される化合物12CaO・7Al2O3(C12A7)を、金属マンガンと同程度、黒鉛の2倍以上の高い電気伝導を示す金属状態に変えることに成功した。 (論文) |
研究の背景
地殻の99%は、酸素、ケイ素、アルミニウム、カルシウムなど8つの元素から構成されている。これらの元素は 酸素と結びついて(軽金属)酸化物として存在している。それらの酸化物は、ガラス、セメント、陶磁器などに原料として広く使用されているが、電気を通さないことは常識である。
東京工業大学フロンティア創造共同研究センターの細野秀雄教授らのグループは、絶縁体としてよく知られている上記の軽金属酸化物を、ナノの構造を利用し、半導体や金属に変えることを研究してきた。
同グループは、2003年にC12A7を半導体に変えることに成功したが、金属にまで変えることが出来なかった。シリコンなどの半導体は、電子をドープしていくと、電気の流れやすさがどんどん増大していって、ある閾値の濃度を超えると金属状態に変わることがよく知られている。しかしながら、C12A7のような典型的な絶縁体が、金属状態にまで変えられるかどうか興味が持たれていたが、これまで実現していなかった。
今回の研究と成果
C12A7は、図2のようなナノサイズのカゴが、お互いに結びついて結晶をつくっており、その中に酸素イオン(O2-)が入っている。この酸素イオンが、ふわっと入っており、摂氏700度以上になると、結晶の中をよく動き回ることに着目した。そして、この動きまわる酸素イオンを捕まえ安定した結合をつくるが、C12A7のカゴとは反応しない(反応するとカゴが壊れてしまう)、金属チタンと一緒にガラス管の中に封入して、摂氏1100度で加熱することで、カゴの中の酸素イオンをほぼ100%電子で置き換えることが可能になった。その結果、絶縁体から半導体、そして金属にまで変えることに成功した(図3参照)。
金属になったことが、以下の2つのことで確認された。
(a)温度が下がると電気抵抗が小さくなる(半導体は逆)
(b) 磁性をもった不純物を少量加えると、電気抵抗が温度とともに単調に変化せず、ある温度で最低値をとるという非磁性金属に共通に見られる「近藤効果」が、明瞭に観察される。
室温での電気抵抗は、6x10-4 Ωcmで金属マンガン(2x10-4 Ωcm)と同程度で黒鉛(1.3x10-3 Ωcm)より一桁低い。薄膜(厚み100ナノメートル)にすると、肉眼に感じる可視の領域の光は70%以上透過するので、金属や黒鉛のように不透明ではなく、向こうが透けてみえる。
シリコンなどの半導体が金属に変わるときは、電子の数は増えるが、電子一個あたりの動きやすさ(移動度)は減少する。しかしながら今回の研究において、C12A7の場合は、これとは逆で、金属化すると、半導体の状態よりも数十倍も大きくなることがわかった(図4左参照)。この原因を調べるため、大型放射光施設(SPring-8)の粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2)の高輝度放射光を用いて測定した回折データを、マキシマムエントロピー法(MEM)/リートベルト解析と呼ばれる、電子密度イメージングと粉末回折パターンフィッティングとを組み合わせた方法で解析した。
ナノのカゴの中に酸素イオンが入っている絶縁体の状態では、カゴの形が歪んでいるが、酸素イオンを電子で置き換えていくと、どんどんその歪みがなくなっていき、ある濃度まで電子が増える(酸素イオンが減る)と、一気に全部のカゴの形が綺麗な、歪んでいない状態に至る。このとき、電子は急によく動けるようになり、その結果として、半導体が金属に変わることがわかった(図4右参照)。今回、SPring-8の高輝度X線ビームを用いて測定した高精度回折データを使って解析したことが、このような金属状態と絶縁体状態の精密な構造変化の解明に結びついた。
今後の発展
希少元素に依存せず、ありふれた元素のみを使って、ナノの構造の工夫次第で、新しい機能を発現できる可能性を明快に示した結果といえる。
この成果は、現在問題になっている液晶ディスプレイやテレビなどに不可欠になっている希少な金属であるインジウムを使った透明金属が、ナノの構造を工夫することによって、希少な金属を全く使用せず、身の回りにある、ごくありふれた元素を使って実現できる有望な道筋となることが期待される。
今度の課題としては、典型的な絶縁体として知られていた、このセメント物質C12A7を、2003年に半導体に変えることに成功し、今回は金属化に成功した。次の挑戦としては、超伝導が実現できるかどうかである。「セメント超伝導体」はこれからの目標である。
ここで紹介した研究は、文部科学省科学研究費 学術創成研究費の補助を受け、SPring-8の利用研究課題2005A0155-ND1a-npで行われた。
<参考資料>
C12A7はクラーク数(地球上の地表付近に存在する元素の割合を重量パーセントで表したもの。人類が利用できる範囲にある元素の豊富さの順番)が1,3,5位のありふれた元素から構成された、見かけ上は何の変哲もない単なる白い粉でセメントの一成分。
ナノのカゴ(O2-入りとなし)から構成されている。立方体が単位格子(繰り返しの最小単位)。単位格子には12個のカゴがあり、そのうちの2個のみに酸素イオン(赤丸)が入っている。
左:通常の半導体と全く逆で、金属になると電子が急に動きやすくなる右:カゴの中の酸素イオンが電子に置き換わったときの変化
<本件に関する問い合わせ先> <研究内容に関すること> <SPring-8の分析に関すること> <理化学研究所に関すること> <SPring-8全般に関すること> |
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