バッテリー電解液の性能を世界で初めて固体かつ室温で実現-材料をナノメートルサイズの粒子にすることで成功。ナノテクノロジーが安全・高性能な新しい電池開発への道を開く。-(プレスリリース)
- 公開日
- 2009年05月18日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2009年5月18日
九州大学
科学技術振興機構
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
九州大学(有川節夫総長)、科学技術振興機構(以下「JST」、北澤宏一理事長)、理化学研究所(野依良治理事長)、高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」、吉良爽理事長)は共同で、室温でも非常に高いイオン伝導性※1を持ち、大気下で安定かつ耐熱性の高い固体電解質の開発に世界で初めて成功しました。この新しい電解質の発見により、これまでにない安定で高性能な充電池の実現を加速することが期待されます。 (論文) |
背 景
電池やセンサなど、電気化学反応を利用した機器において、電解質(イオン伝導体)はその性能を大きく左右する欠かせない要素です。車のバッテリーに使用されている鉛蓄電池の電解液(硫酸水溶液)に代表されるように、一般的には、液体状態の物質が高いイオン伝導性を有します。そのため、ボタン電池や乾電池など、市販されている電池のほとんどにおいて、液体状態の電解質が用いられています(図1)。しかし、このような電池には、金属などによる頑丈なパッケージが必要であることに加え、近年、加熱や過充電による電池の異常膨張や、爆発などの重大な事故が数多く報告されています。この原因のひとつには、電解質に液体を用いていることが挙げられます。そのため、安定性(不揮発性)、安全性(非爆発性)、作製の容易さ(薄膜加工等)の観点から、固体の高イオン伝導性電解質の開発が強く望まれています。
ヨウ化銀(AgI)は、固体でありながら、溶液並みのイオン伝導度を示す「超イオン伝導体」として古くから知られています(図2(a))。そのため、図3に示すように、AgIを電解質として用いた全固体型電池が提案されています[1]。しかし、AgIの超イオン伝導性は、147℃以上でのみ実現するため、例えば、室温では伝導度が4桁以上低くなってしまうことが実用化においての課題とされてきました。また、AgIを基本的な構成要素として室温で超イオン伝導性を示す物質がいくつか報告されていますが、大気中において不安定であることや(RbAg4I5)[2]、加熱によって超イオン伝導性が失われる(AgI-Ag2O-B2O3)[3]などの課題が残され、実用化には至っていません。
内 容
本研究においては、硝酸銀(AgNO3)水溶液、ヨウ化ナトリウム(NaI)水溶液及び銀イオン伝導性の有機ポリマーであるPVP(poly-N-vinyl-2-pyrrolidone)の水溶液を、常温常圧下で混合し、ろ過、乾燥するといった非常に簡便な方法で、AgIナノ粒子を合成することに成功しました。また、溶液の濃度や混合手順を変えることで、約10 nmから40 nmの範囲で、異なるサイズのナノ粒子を作り分けることにも成功しました。
これらナノ粒子に関して、超イオン伝導状態(α相)とイオン伝導性の低い通常状態(β相、γ相)との間の相転移挙動を調べるため、大型放射光施設SPring-8の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2における高輝度X線回折測定などにより構造変化を詳細に調べたところ、α相からβ/γ相への相転移温度が、ナノ粒子のサイズに大きく依存し、ナノ粒子のサイズが小さくなるにつれ、転移がより低温で起こること、すなわち低い温度でも高いイオン伝導度を有することを見出しました。特に、10 nm程度のナノ粒子においては、転移開始温度が40℃と、従来のAgIよりも100℃以上低く、超イオン伝導状態が室温付近まで保たれることを発見しました(図2(b))。この転移温度は、これまで報告されているAgI関連物質では最も低い温度です。
さらに、10 nmのナノ粒子に関して、冷却・加熱を行いながら、イオン伝導度測定を行いました。その結果、通常状態に変化した後の4℃という低い温度においても、従来のAgIよりも10万倍以上高いイオン伝導性を示すことを発見しました(図2(b))。これは、AgIに限らず、2つの異なる元素からなる物質群の中では最も高いイオン伝導度の値です。
また、このナノ粒子は大気中で安定であり、繰り返し加熱しても、高いイオン伝導性に変化はありません。
効果と今後の展開
本成果は、(1)基礎面、(2)応用面両方において、大きな波及効果が期待されます。
(1) 超イオン伝導体の、ナノスケールおけるサイズ変化と相転移挙動の関係を系統的に行った報告はほとんどなく、本研究結果は、超イオン伝導体に関する新たな考察手法を確立しました。これにより、多くの研究がなされている他の固体イオン伝導体の転移挙動の解明を加速することが期待されます。
(2) 実用環境における固体状態での高いイオン伝導性は、固体型電池等への実用化を加速することが期待されます。また、これまでに報告されているほとんどの無機固体電解質は、作製過程において、高温での焼結を必要とするものがほとんどですが、本研究成果による作製手法を用いれば、常温常圧での溶液混合・ろ過という、極めて簡便な方法でナノ粒子を作製することができることから、工業的にも大きな利点があります。さらに、このナノ粒子は、水溶液に良く分散する性質を持つことから、この特性を利用して、溶液状態から容易に薄膜が得られるため、インクジェット法や印刷法を用い、将来のナノ電池等、ナノデバイス作製に必要とされるパターニングを行うことも可能です。
《参考文献》
[1] Owens, B. B. Solid state electrolytes: overview of materials and applications during the last third of twenty century. J. Power Sources, 90, 2-8 (2000).
[2] Bradley, J. N. & Greene, P. D. Solids with high ionic conductivity in Group 1 halide systems. Trans. Faraday Soc. 63, 424-430 (1967).
[3] Tatsumisago, M., Shinkuma, Y. & Minami, T. Stabilization of superionic α-AgI at room temperature in a glass matrix. Nature 354, 217-218 (1991).
《参考資料》
一般的に、液体状態の物質は高いイオン伝導性を示すため、市販されている電池のほとんどは、液体状態の電解質が用いられています。一方、安全性、安定性の観点から、全固体型電池の開発が強く望まれています。
この電池は、電極、電解質の全てが大気中でも安定な固体材料から構成されています。このような全固体型電池は、液漏れの心配がなく、漏電や変形が起きにくいことに加え、様々な形状に加工することが容易なため、理想の電池とされています。固体電解質中をAg+イオンが高速で移動するため、急速な充電・放電が可能です。
《用語解説》
※ 1 イオン伝導性
固体または液体中でイオン化物(イオン状態の原子または分子)が移動する性質。イオン伝導度(S/cm)という値で表され、値が大きいほど高速でイオン化物が移動でき、電池などに適している。
※ 2 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
【問い合せ先】 九州大学 大学院理学研究院 化学部門 高輝度X線回折測定に関して (報道担当) 独立行政法人科学技術振興機構 広報ポータル部 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8に関すること) |
- 現在の記事
- バッテリー電解液の性能を世界で初めて固体かつ室温で実現-材料をナノメートルサイズの粒子にすることで成功。ナノテクノロジーが安全・高性能な新しい電池開発への道を開く。-(プレスリリース)