DNA1分子の動きをピコメートル精度でキャッチSPring-8でX線計測にブレイクスルー!- ポストゲノム研究推進役に -(プレスリリース)
- 公開日
- 2001年12月10日
- BL44B2(理研 物質科学)
平成13年12月10日
(財)高輝度光科学研究センター
理化学研究所
(財)高輝度光科学研究センター(理事長 伊原義徳)・放射光研究所の佐々木裕次副主幹研究員(大阪大学客員教授)と理化学研究所(理事長 小林俊一)・播磨研究所の足立伸一先任研究員らの研究グループは、大型放射光施設(SPring-8)の理研構造生物学IIビームラインBL44B2※1を用いて、世界で初めてDNA1分子内のブラウン運動※3を原子の百分の1の精度、つまり、ピコメートル精度で実時間計測することに成功しました。 (論文) |
研究の背景と内容
最先端の生命科学の世界で、生命の多くの謎を解明するためには、ゲノム解析だけではなく、生体内で実際に活躍しているタンパク質分子の機能解析を加速させようとしています。タンパク質分子の機能している姿を精確に見るためには、分子の動いている生の姿を原子よりも細かい精度で計測するしかありません。この要求に答えることの出来る計測方法は今まで全くありませんでした。今回の成果はそれを実現した最初の報告です。
X線は物を透過する特徴があることで知られていますが、非常に小さいものを感度良く見るという点ではこの特徴が裏目に出て、1分子レベルの検出は到底不可能であるというのが今までの常識でした。しかし、(財)高輝度光科学研究センター、放射光研究所の佐々木裕次副主幹研究員(大阪大学蛋白質研究所客員教授兼務)の研究グループは、DNA1分子に非常に結晶性の良いナノ結晶(直径は15ナノメートル(nm)、ナノメートルは10億分の1メートル)を1個ソフトに標識し(図1参照)、そのナノ結晶からのX線回折斑点を指標にDNA1分子の動きを、ピコメートル精度で(pm, 1兆分の1メートル、原子の大きさの約1/100個分)、大型放射光施設を利用して実時間計測することに成功しました。
(a)DNA分子は末端に導入されたアミノ基(NH2)を介し基板に化学固定されて、逆の末端に導入されたSH基-金(Au)反応を介してナノ結晶修飾されている。(b)基板上に物理吸着したナノ結晶。ナノ結晶からの回折点は検出できるが、全く動かない。(c)ナノ結晶からの回折斑点がDNA分子の動きと同期して動く様子。1コマ0.25秒。
結果から得られたこと
計測したのは長さ約6ナノメートルのDNA1分子。この分子を基板に固定して、DNAの末端に上記ナノ結晶を修飾して、DNA1分子内のブラウン運動を水溶液中で実時間計測したのです。しかも、現在研究が盛んに行なわれている最先端技術であるナノテクノロジーの主要単位であるnmの1/1000の精度でです。1分子が関わる非常に大きな動きを計測することはすでに可視光を用いた研究で実現していますが、1分子内の動きを精確に計測することは成功していませんでした。このように、全く新しい1分子計測法、X線1分子計測法※4(Diffracted X-ray Tracking : DXT) は、あらゆる生体1分子内部の動きを生きた状態で実時間計測することを可能にしました。この成果は、まさにX線計測学にとって、ブレイクスルーと言えるでしょう。
研究の意義と展望
ゲノム解析が一段落して、生命現象の主役であるタンパク質分子の機能解析にスポットが当てられるようになってきました。なぜならば、生命現象を理解し、やがては制御しようとするためには、タンパク質分子がいかにして、多くの機能を具現化しているかを調べるしかありません。多くの場合、タンパク質分子は、構造を変化させることで、それらの機能を発現しているので、動的な構造変化を計測することが話題となっていました。現状では、~1015分子程度の平均的構造情報から、その構造変化を類推しているだけでした。しかし、1つ1つのタンパク質分子が動くのは本来ばらばらなはずで、原理的に、タンパク質分子の構造変化を詳細に解析するためには多分子からの平均情報ではなく、最小単位である1分子の厳密な構造変化計測が必要となります。従って、その驚異的な測定精度を誇るDXTは、タンパク質分子の機能解析を進める上でなくてはならない方法となるでしょう。今回は、計測分子としてDNAを用いましたが、その非常に単純な原理より、すべてのタンパク質分子を対象にその構造変化を計測できることも示されました。また、DXTは細胞内でのタンパク質分子の1分子機能解析も原理的には可能で、生物学全般に亘っての利用へと発展することも期待されます。このDXTの細胞への応用に関する研究は、今年の12月から大型プロジェクトとして認可され(科学技術振興事業団戦略的基礎研究推進事業)、5年間の集中的な研究が電気生理学者や計算科学者を巻き込んで展開されることになりました。
他の学術的側面からの評価も加えますと、pm精度の計測が可能なDXTは、生命科学の分野に留まることなく、米国がこの先10年の重要課題に指定している先端技術であるナノテクノロジー技術の次の世代に来るであろうピコテクノロジー(今はその言葉すらない)を切り開いていく役目を担う研究成果になる可能性もあります。
<用語解説>
※1 理研構造生物学IIビームラインBL44B2:
BL44B2は、理化学研究所が独自の研究を進めるために建設したビームライン4本のうちの1本。このビームラインの特徴は、広いエネルギー領域のX線を同時に利用する(白色特性)ことが出来る点にある。X線1分子計測法は、この白色特性を利用することで、生体分子に修飾されたナノ結晶からの回折斑点をどの方位からも反射することができるようになった。それによって回折斑点の動的追跡が可能になり、実時間1分子計測が可能となった。
※2 高度利用技術研究開発:
高度利用技術研究開発(COE)は、SPring-8サイト内の三機関(原研・理研・JASRI)の研究者により、SPring-8の性能を最大限に発揮させ、放射光利用を発展させることを目的に、先端的利用技術・先導的利用研究に資する研究開発を推進するものである。
※3 ブラウン運動:
1827 年、イギリスの植物学者ブラウン(Robert Brown,1773~1858)は、草花の花粉 を水の中に入れて顕微鏡で観察していたとき、花粉から出た微粒子がたえず振動して不規則に動くことを見つけた。1906年、アインシュタインは、当時すでに知られていた分子運動論と結びつけて、この現象を明快に説明した。このまわりにあって媒質の役をする水や空気の分子の運動によって、ブラウン運動がおこると考えたのである。もし、この考えが正しければ、ブラウン運動をくわしくしらべることによって、その原因となっている分子の運動を解析し、そのことから分子の存在を確かめることができるはずである。このような立場から、ブラウン運動を研究し、それがアインシュタインの理論にうまく合致 するかどうかを調べたのは、フランスの物理学者ぺラン(Jean Baptiste Perrin, 1870~1942)で、そのねらいはみごとに成功した。これによって分子の実在が証明されたのである。最近の科学技術の進歩は、先端的顕微鏡技術によって、分子の一個一個を見る子とができるまでになっている。 また、これから、分子の中でどんなふうに原子が組み立てられているかも知ることができる。さらに進歩すれば、これらの分子の中での原子の動き、つまり化学反応までも直接に観測できるようになるであろうと予想されていた。今回の研究成果により、これらが今現実のものになりつつある。
※4 1分子計測:
生体分子がどのようにしてその能力を発揮しているのかということを理解するためには、究極的には1分子の運動を計測するしかない。今までは,それが不可能であったために、結晶などを作って1010-1015個の分子を利用して、それらの平均的な物理情報を得ていた。しかし、本来、生体分子の運動というのは各分子ばらばらに運動することが本質であり、同時に多分子が全く同じ運動をすることはありえないし、そのようなことは自然界は要求しない。よって科学の歴史は、1分子計測学の登場を必然的として受入れ、今それが花開き始めた。最初は、可視領域の光を利用して行なわれていたが、分子内の運動を見る精度はなかった。今回のX線1分子計測の登場で、人類は分子内運動を直視することに大きな1歩を踏み出したといえるだろう。
<本研究に関する問い合わせ先> 理化学研究所 播磨研究所 <SPring-8についての問い合わせ先> |
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