貴金属複合ペロブスカイト型酸化物触媒の自己再生機能を解明- 次世代自動車排ガス浄化触媒の実用化に期待 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2002年07月11日
- BL14B1(JAEA 物質科学)
平成14年7月11日
日本原子力研究所
ダイハツ工業株式会社
日本原子力研究所(理事長 村上健一)とダイハツ工業株式会社(代表取締役 山田隆哉)は、新しく開発したペロブスカイト型酸化物触媒が自動車の排ガス中で自己再生機能を有することを、大型放射光施設(SPring-8)の原研材料科学IビームラインBL14B1の放射光X線を利用した原子レベルでの解析により初めて明らかにした。 これは、日本原子力研究所 西畑保雄副主任研究員、水木純一郎グループリーダー、ダイハツ工業株式会社 田中裕久主担当員らによる共同研究の成果である。 今回の研究は、ダイハツ工業株式会社が作製した試料を日本原子力研究所が放射光X線により解析したものであり、株式会社豊田中央研究所、東京理科大学 浜田典昭教授の協力を得た。 本成果は、7月11日に発行される英国の科学誌“Nature”に掲載された。 (論文) |
1.研究の背景
貴金属を用いたガソリンエンジンの排ガス浄化技術は1970 年代にほぼ確立されたが、排出される有毒ガスをより一層減少させ、走行距離に伴う触媒性能の劣化を補うためには、より多量の貴金属を用いる必要があった。 従来の排ガス浄化触媒は安定な基盤であるアルミナの表面にナノメートル程度の大きさの粒子として貴金属が分散されたものである。 従来型の排ガス触媒では、数百度もの高温の排気ガスにさらされることにより、安定なアルミナ表面上での貴金属粒子の移動、合体による粒成長を起こし、有効な触媒表面積が減少することが劣化の主な原因であると考えられている。 このような粒成長をいかに制御するかが劣化防止について重要な視点である。
今日のガソリンエンジンは燃料を効率良く燃焼させ、経済性を高めるために空気/燃焼比が一定の幅で電子制御されており、排気ガスが酸化還元変動を繰り返している。 この触媒のさらされている酸化還元雰囲気変動に応じて、触媒自体の構造や性質を変えるような自己再生的な機構が導入できれば(インテリジェント触媒)、貴金属の粒成長を抑制し、触媒活性の維持と貴金属の省資源が実現できるのではないかと期待されていた。
ペロブスカイト酸化物 LaFe0.57Co0.38Pd0.05O3 は、これまでインテリジェント触媒として検討されてきたが、実車走行8万km に相当する耐久試験により、その触媒性能の際立った優位性が観察されている(図1参照)。このたび放射光を利用して、排ガス浄化触媒の自己再生機構を明らかにすることに初めて成功した。
2.研究の内容
耐久試験後の触媒の電子顕微鏡写真により貴金属パラジウム(Pd)粒子の直径を比較したところ、従来型では120nm ものサイズに成長している(図2(a)参照)。 それに対してインテリジェント型では、ペロブスカイト酸化物の粒子の表面に1-3nm のサイズを維持しながら分散しているのが分かった(図2(b)の白円内参照)。
この貴金属粒成長抑制の機構を調べるため、排気ガスの酸化還元変動をモデル化し、酸化-還元-再酸化の熱処理を行った。 第三世代大型放射光施 SPring-8 の原研ビームラインBL14B1 において、Pd K 吸収端(24.35 keV)近傍でX線異常散乱およびX線吸収スペクトルの微細構造を測定することにより、以下のことが分かった。
酸化雰囲気では Pd はペロブスカイト酸化物のBサイトを占有しているが、還元雰囲気では一部ペロブスカイト構造を壊しながらPd は結晶外へ析出する。このとき還元条件が厳しければ一部の Co も同時に析出し合金を形成する。 ところが再酸化によりPd は(Co も含めて)再びペロブスカイト結晶中に固溶する(図3参照)。 このような貴金属 Pd の出入りは酸化還元雰囲気の変動に応じて起るので、結果として粒成長は抑制される(図4参照)。
3.研究の成果
ペロブスカイト酸化物の酸化還元雰囲気変動に対する不安定性は、貴金属元素の結晶内外普通に実現されている環境である。 この現象を利用することにより、自己再生機能をもった原理的に劣化しない排ガス浄化触媒 (インテリジェント触媒)の実用化が期待できる。
《用語解説》
※1 パラジウム
白金属の貴金属元素の一つであり、自動車排ガス浄化触媒として白金、ロジウムとともに広く利用されている。歯科材料や電子工学分野でも用いられており、近年、自動車用途として急激に使用量が増加して需要過多となっている。
※2 ペロブスカイト型酸化物
天然鉱物であるCaTiO3(一般的にABO3 と記す)と同じ結晶構造をもつ酸化物で、ロシア人の鉱物学者の名前にちなんで名付けられた。理想型のペロブスカイトは、単位格子の立方体の中心にA(陽イオン)、頂点にB(陽イオン)、辺の中心にO(陰イオン)が位置している構造である。
※3 固溶体
固体で均一な相を保っている混合物。この触媒は酸素八面体の中心であるBサイト(酸素原子が6個配位している)を鉄、コバルト、パラジウムが無秩序に占有している置換型の固溶体である。
※4 X線異常散乱
X線のエネルギーをある原子の吸収端に選ぶことにより、X線のその原子による散乱の強さが共鳴的に増大する効果で、結晶中の特定原子に注目した構造解析に有効である。 今回の実験では、X線エネルギーをPd 原子のK 吸収端(Pd 原子に局在した内殻の1s 電子を連続帯準位に励起)近傍に選ぶことにより、Pd 原子に注目した結晶構造解析が可能となる。
※5 X線吸収スペクトルの微細構造
各元素特有のイオン化エネルギー(吸収端エネルギー)以上で観測されるX線吸収スペクトルの微細構造はEXAFSと呼ばれ、その原子から励起された光電子が周りの原子により干渉を受ける結果として現れる。 これを解析することによりPd 原子の周りの局所構造を求めることができる。
本研究に関する問い合わせ先: SPring-8についての問い合わせ先: |
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