カルシウムポンプ蛋白質のカルシウム運搬機構を解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2002年08月08日
- BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
平成14年8月8日
東京大学・分子細胞生物学研究所
(財)高輝度光科学研究センター
東京大学・分子細胞生物学研究所 豊島 近教授と野村博美技官はSPring-8の生体超分子複合体解析ビームライン・BL44XU(大阪大学・蛋白質研究所の専用ビームライン)を用いて、カルシウムを運んだ後のカルシウムポンプの立体構造を決定し、ポンプ蛋白質のイオン運搬機構を解明することに世界で初めて成功した。この研究の詳細は8月8日発行の英国科学雑誌NatureにArticleとして発表された。 |
1.研究の背景
筋小胞体カルシウムポンプは筋収縮のために筋細胞中に放出されたカルシウムを、筋肉を再び弛緩させるためにATPの化学エネルギーを使って筋小胞体中に取り込むポンプである。カルシウムは細胞の応答の制御に広く使われており、細胞の恒常性を保つために、カルシウムポンプは非常に重要な働きを持つ。同族のポンプには、ほとんどすべての細胞に存在するナトリウム・カリウムポンプや胃のpHを調節するプロトン・カリウムポンプ、銅の排出に関係するポンプ等がある。ナトリウム・カリウムポンプの発見で1997年度のノーベル賞がデンマークのSkouに与えられたほど重要な蛋白質群である。カルシウムポンプは心筋梗塞やがん治療の点からも注目され、研究が進められている。
2.研究の成果と意義
「輸送蛋白質がどのようにしてATPの化学エネルギーを使ってイオンを輸送しているか」は現代生物学の主要な課題の一つである。豊島教授グループが2000年に発表した、カルシウムを結合した状態(カルシウムを運搬する前の状態)の立体構造は既に世界的に著名な生化学の教科書に詳しく紹介されている。今回の研究ではカルシウムを運搬し終わった状態(カルシウムは結合していない)の立体構造がSPring-8を用いたX線結晶解析によって解明された。この二つの状態の立体構造を比較することによって、ポンプ蛋白質が極微スケール(大きさ14ナノメートル)の手押しポンプのようにしてカルシウムイオンを運搬していることがわかった。同時に、このポンプの強力な阻害剤であるタプシガーギン(thapsigargin)の結合様式が判明し、膜蛋白質を標的とする薬物のデザインに関し、重要な指針が得られた。さらに、本研究で得られた構造から、心筋でこのポンプを調節している膜蛋白質であるフォスフォランバンの結合部位も予測できるため、ある種の心筋梗塞の治療薬の開発に結びつく可能性もある。
このような構造研究にあっては結晶から良質の回折パターン(構造データ)を得ることが出発点であるが、構造単位が非常に大きかったため、実験室でのデータ収集はまったく不可能であり、最新鋭の光発生装置と大きな検出器を備えたSPring-8の生体超分子複合体解析ビームラインが必須であった。
カルシウムポンプの構造変化
カルシウム結合部位の構造変化
<用語の説明>
- ・カルシウムポンプ
カルシウムイオンを濃度勾配に逆らってATP(アデノシン三燐酸)のエネルギーを使って運搬するタンパク。
- ・ポンプ蛋白質
光エネルギーや化学エネルギーを使い、生体膜を横切るイオンの能動輸送をおこなう酵素の総称。これらの酵素がつくるイオン勾配は、共輸送や対向輸送などによって二次的に使用されるので、一次性能動輸送系とも呼ばれる。
- ・アデノシン三燐酸(ATP)
人の身体運動は、全て骨格筋の活動による。筋活動の為のエネルギーは筋中に蓄えられているアデノシン三燐酸が利用され、これが分解してADP(アデノシン二燐酸)と燐酸に分かれる時に放出される大きなエネルギーが筋肉を動かす。
- ・膜蛋白質
生体膜を構成しているタンパク質の総称。特に、生体膜の表面に付着しているものを膜表在性タンパク質、内部に埋もれているものを膜内在性タンパク質と呼ぶ。内在性タンパク質では疎水性アミノ酸の含有率が高く、界面活性剤で可溶化される。
- ・フォスフォランバン
52のアミノ酸残基からなる膜貫通蛋白質。主に心筋に存在し、心筋小胞体のカルシウムポンプを制御。心臓疾患のターゲット分子として注目されている。
<本研究に関する問い合わせ先> <SPring-8についての問い合わせ先> |
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