新種たんぱく質をつくる鍵となる酵素の原子構造を決定(プレスリリース)
- 公開日
- 2003年05月19日
- BL41XU(構造生物学I)
平成15年5月19日
東京大学
理化学研究所
東京大学は、理化学研究所と共同で、人工的なアミノ酸を組み込んだ新種たんぱく質を合成する鍵となる酵素の原子分解能での立体構造を、大型放射光施設(SPring-8)を利用してX線結晶構造解析によって決定しました。これに基づいて、新種たんぱく質の合成法を飛躍的に進歩させることにも成功しました。この研究は、我が国で推進している「タンパク3000プロジェクト」の成果の1つです。 本研究成果は、米国の科学誌 Nature Structural Biology 2003年6月号に掲載される。印刷に先立ち、Advance Online Publication, 19 May 2003 に発表される。 (論文) |
概要
地球上のあらゆる生物は、DNAのもつ遺伝情報に基づいて、細胞の中でたんぱく質を合成しています。実際に生物を形作り、生命活動をコントロールしているのは、たんぱく質であり、わずか20種類のアミノ酸(グルタミン酸やシステインなど)からできています。 DNAの遺伝情報を正しくたんぱく質のアミノ酸配列に反映するために、遺伝暗号の翻訳が転移RNA (tRNA) を介して行われます。翻訳が規則正しく行われるには、特定のアミノ酸が、正しいtRNAと結びついていなければなりません。その両者を選び出して、「暗号解読表」の通りに結合させるのが、アミノアシルtRNA合成酵素と呼ばれる酵素群です(以下、合成酵素と略)。
合成酵素を、遺伝子工学を用いて改変すると、暗号解読表を人為的に書き換えることができます。例えば、天然で使われる20種類のアミノ酸以外の、全く新しいアミノ酸と新しいtRNAを結びつける合成酵素を作れれば、新しいアミノ酸を特定の塩基配列に結びつけることができます (図1)。今年1月になって米カリフォルニア大学のグループが、合成酵素の一種であるチロシルtRNA合成酵素 (TyrRS) を普通の大腸菌に組み込むことによって、新しいアミノ酸をたんぱく質に取り込む新しい細菌を作り出すことに成功しています。この成果は、「スーパー細菌」などの名前でマスコミにも大きく取り上げられました。しかし、原理的にはこの方法であらゆるアミノ酸をたんぱく質の材料として取り込ませることが可能であるにもかかわらず、大きな壁、すなわちこれまでにないアミノ酸をtRNAに結合させるようなTyrRSをつくることは容易でない、という問題がありました。それは、TyrRSの原子構造が決定されていなかったためです。そこで、我々のグループは、実際に新しい細菌をつくるのに使われるTyrRSのアミノ酸とtRNAの認識の様子を、原子レベルの分解能で明らかにすることを試みました。
東京大学(理学系研究科)と理化学研究所の共同研究グループは、このたび「スーパー細菌」の作製に用いられたTyrRSと、tRNA、およびアミノ酸の一種であるチロシンとの複合体の立体構造を、大型放射光施設SPring-8の構造生物学IビームラインBL41XUを利用して、0.195 ナノメートル (ナノは10億分の1) という、原子レベルでの観測に成功しました (図2)。
その結果、TyrRSがアミノ酸を深いポケットで識別していました。以前にも似た構造は報告されていましたが、重要な部分で異なっていました。また、特定のtRNAだけを結合するために、TyrRSがtRNAの塩基を原子レベルで緻密に認識している様子も明らかとなりました。この様子は、これまで報告されていた、似た酵素の認識とは全く異なっていました。
実際に、観測された原子構造をもとにして、TyrRSのアミノ酸結合ポケットを人工的にデザインすることで、新しいアミノ酸やtRNAを強く認識させることに成功しました。こうして作られた人工的なTyrRSは、「スーパー細菌」の工業や医薬への応用性を飛躍的に高めることができると考えられます。
TyrRSの詳細な原子構造が明らかとなったことで、現在医薬品の設計に用いられている、コンピュータを用いた分子設計の方法によって、今までよりずっと高い確度で新しいアミノ酸をtRNAに結合させることが可能となります。それはあらゆる新しいアミノ酸をたんぱく質の材料として用いることができる、ということにつながります。そのような新しいアミノ酸を構成要素として持つたんぱく質は、ダイオキシンなどの有害物質の分解や医薬品となる有機分子の合成を行う酵素のように工業的に有用な酵素や、生体内で働く制がんたんぱく質などの医薬品として働くような「スーパーたんぱく質」の開発に大いに役立つと期待されます。さらに、tRNAの認識も解明されたことで、細菌のみならず、より高等な生物にもスーパーたんぱく質を作らせることができるようになると期待されます。例えば、ウシなどにスーパーたんぱく質を作らせることができれば、乳からたくさんのスーパーたんぱく質を単離することができるので、医薬品を大量かつ安価に作れると期待されます。基礎研究においても、ヒトに近い生物に新しいアミノ酸を導入したときの効果を調べることができるようになり、医療への応用性や安全性が詳しく調べられるようになるでしょう。今後は、今回決定された原子構造をもとにして、それらの応用を目指して研究を進めています。 (特許出願中)
《参考資料》
tRNAとチロシンが結合している
<用語解説集>
- DNA
デオキシリボ核酸の略語。糖とリン酸からなる二本の鎖がらせん状になり、その間をアデニン (A)、グアニン (G)、シトシン (C)、チミン (T)の四種類の塩基がはしご状に並んだ構造を持つ。この塩基の並び方が遺伝情報として、「生命の設計図」を記述している。つまり、その塩基の並び方に基づいて特定のアミノ酸配列をもったたんぱく質が作り出される。
- たんぱく質
DNAのもつ遺伝情報を反映して生体機能を実際に制御したり、生体を形作ったりする主要な高分子。基本材料は20種類のアミノ酸であり、それらがDNAの持つ情報に基づいて、規則正しく鎖状につながり、折り畳まってできる。
- RNA
リボ核酸の略語。DNAと同じく糖、リン酸、塩基からなるが、糖と塩基の種類が異なる。大きく分けて、伝令RNA (mRNA)、転移RNA (tRNA)、リボソームRNA (rRNA) の3種類がある。いずれも、たんぱく質の生体内での合成に関わる分子である。DNAに記録されている塩基配列としての遺伝情報は、いったん同じ塩基配列の形でmRNA に伝えられる。これを遺伝情報の転写という。後者二つは遺伝情報の翻訳に関わる。
- 翻訳、転移RNA(tRNA)
伝令RNAに伝えられた情報は、塩基配列として存在する。それをアミノ酸配列の形に直し、たんぱく質を合成する生命現象が翻訳と呼ばれる。伝令RNA上の塩基配列は、暗号のようなもので、3塩基ごとに区切ることができる。それぞれの三つ組塩基の配列がひとつのアミノ酸を規定しているが、その対応関係を与えるアダプターが転移RNA(tRNA)である。ひとつのtRNAはひとつの特定のアミノ酸を結合でき、特定の三つ組塩基にしか結合することができない。細胞の中では、リボソームと呼ばれる大きな高分子複合体の上で伝令RNAとtRNAが結びついてたんぱく質が合成されるが、それによって塩基配列からアミノ酸配列への情報の変換が厳密に行われる。
- アミノアシルtRNA合成酵素、チロシルtRNA合成酵素 (TyrRS)
アミノアシルtRNA合成酵素は、ほとんど全ての生物で20種類のアミノ酸それぞれに対応して、20種類存在し、特定の転移tRNAと特定のアミノ酸を結びつける酵素。それによって、翻訳のための「暗号解読表」が形成される。TyrRSは、20種類存在する合成酵素のうちのひとつであり、アミノ酸のひとつであるチロシンを認識して、特定のtRNAに結合する酵素である。
<本件に関する問い合わせ先> 横山 茂之 |
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