大型放射光施設 SPring-8

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高品質電子パルス圧縮“速度集群”の実証- 極短パルス高輝度X線発生に前進 - (プレスリリース)

公開日
2003年07月25日
 
東京大学大学院工学系研究科附属原子力工学研究施 上坂充教授、飯島北斗助手、高輝度光科学研究センター(JASRI/SPring-8)、放射線医学総合研究所の研究グループは、新方式の電子パルス圧縮“速度集群”の実証と、これによる1ピコ秒(10-12 秒)の電子パルス発生に成功した。

 平成15年7月25日
東京大学
(財)高輝度光科学研究センター
放射線医学総合研究所

 東京大学大学院工学系研究科附属原子力工学研究施 上坂充教授、飯島北斗助手、高輝度光科学研究センター(JASRI/SPring-8)、放射線医学総合研究所の研究グループは、新方式の電子パルス圧縮“速度集群”の実証と、これによる1ピコ秒(10-12 秒)の電子パルス発生に成功した。これはミラノ大学のLuca Serafini 教授がその理論を提唱した方式で、従来のような大きな電磁石を5台程度必要とする磁気パルス圧縮気を用いずソレノイド磁場中の加速管内で圧縮を行うものである。横方向エミッタンスとビームサイズが保持されながら縦方向にパルス圧縮できる画期的手法で、従来の磁気パルス圧縮器がもつ横方向エミッタンス、およびビームサイズ増大の深刻な問題を回避できる手法を実証したことになる。圧縮効率は磁気パルス圧縮器と同等であるが、今まで磁気パルス圧縮器が占めていた空間の分、格段に小型化できる利点を持つ。同時に医療機器、特に毛細血管等の動的撮影のためのX線発生装置実証機への大きな前進となる。

1. 研究の背景
 近年、電子線形加速器およびレーザーを利用した極短電子・X線パルス発生の要求は、自然科学分野のみならず医療・工業分野においてもますます強くなっており、同時に装置の小型化、簡素化の要求も強く、これらの技術開発は世界中で行われている状況である。また、レーザーコンプトン散乱による短パルスX線発生や自由電子レーザーで高輝度X線を発生させる場合でも高品質の極短電子ビームが不可欠である。これまで世界中で行われている極短電子パルス発生は磁気パルス圧縮器を用いて行われてきた。特にX線は医療分野で広く使われており、その高品質化の要求はますます強くなっている。
 一方我々の研究室でも、これまで医療用小型加速器開発、および極短パルス電子ビーム、X線発生の研究を行ってきた。前者は放射線医学総合研究所の取りまとめの基に、X-band 加速管を用いた血管動的撮影のためのX発生装置であり、マイクロ秒からピコ秒までの時間領域をカバーする装置である。後者は同施設が所有するS-band 加速器においてポンプ & プローブ法による水の吸収実験に用いられている。ここで電子ビームの短パルス化はシケイン型の磁気パルス圧縮器を用いてきた。ポンプ & プローブ法の時間分解能は電子ビームの圧縮度で決定されるため、ビームの極短パルス化は重要な要因である。
 “速度集群”はイタリアで計画中のX線自由電子レーザー発生のためのSPARC計画で採用される予定であるが実験による実証はまだ行われていない。そのためこの方式の実証は世界初になるとともに、加速器小型化への大きな前進となる。

2. 内容
 “速度集群”に対する実証実験は同施設におけるS-band 電子線形加速器装置、18L で行われた。18L は入射器にマグネシウム-フォトカソードRF 電子銃を用いており、ここから発生する4MeV(メガエレクトロンボルト、1メガエレクトロンボルトは106 エレクトロンボルト)のエネルギーを持つ電子ビームを加速管に入射させる。ここで従来の加速器であれば、十分な加速エネルギーを得るために加速勾配の最も強いタイミング、すなわちRF 位相90 度付近に電子ビームがのるタイミングで入射させるが、“速度集群”ではRF 位相0 度付近に電子ビームを入射させる。4MeV の電子ビームはその速度が光速よりもわずかに遅いため、ビームは加速されながら位相90 度に近づく。このとき加速勾配の傾きから、ビームの先頭よりも後方の方が高い加速勾配に位置するために圧縮が起きる。加速管中のソレノイド磁場は圧縮中のビームの発散をその収束力で抑え、結果、ビームエミッタンス、サイズの増大を起こさせない。今回の実証実験では最大加速勾配9MV/m(RF 位相90 度での勾配)、長さ約2m の加速管を用いた。ソレノイド磁場の強さは300Gauss としている。圧縮されたビームは、キセノンチェンバーで可視光(チェレンコフ光)に変換しその光のパルス幅をフェムト秒ストリークカメラで測定した。

3. 成果
 RF 電子銃からの電子ビームの加速管への入射位相を、90 度付近から徐々に0 度に変えながら、電子ビーム(1nC/bunch)が圧縮されてく状態を観測し、最短で1ピコ秒の圧縮を確認した。圧縮後の電子ビームのエネルギーはおおよそ10MeV 程度と見積もられる。この成果は今後、物理・化学・医療における高時間分解能X線分析の実現、医療・工業用加速器のさらなる小型化に大きく貢献するものと期待される。

 


《参考資料》

図1
図1 放射線医学総合研究所取りまとめによる先進小型加速器開発プロジェクトと“Virtual Laboratory”の概念図。

図2
図2 Xバンド小型硬X線源装置の完成予想図。

図3
図3 従来の電磁石を用いた磁気パルス圧縮装置の概念図。

電子パルの先頭のエネルギーを低く、後方のエネルギーを高くし、電磁石を用いて行路差を作り圧縮する。


図4
図4 S-band 電子線形加速器の概念図。

これまでの圧縮方式では磁気パルス圧縮器が必要であったため全長で約8.5m になるが“速度集群”では磁気パルス圧縮器を必要としないため約3.5m にまで小型化できる。


図5_1
図5_2
図5 マグネシウム-フォトカソードRF 電子銃(上)と電子銃を取り付けたS-band 加速器(下)。

図6
図6 “速度集群”中の電子パルスの運動。

RF 位相の速度は光速に等しく、電子パルスの速度は光速よりもわずかに小さい。そのため電子パルスのRF 位相に対する相対的な位置は徐々に90°付近に移動する。


図7
図7 圧縮前と圧縮後の電子バンチのストリークカメラによる画像とそのプロファイル。

<用語解説>

    磁気パルス圧縮
    電子ビームの持つエネルギーの広がりを磁場中で行路差に変換して圧縮する方式。
    エミッタンス
    ビームの品質を表すパラメータの1つ。小さいほど良い品質を表す。この値が大きいとビームを収束できない。
    ポンプ & プローブ法
    放射線化学実験でよく用いられる分析法。ポンプビームで標的の状態を変化させ、プローブビームでその状態を観測する。当施設ではポンプビームに極短電子パルスを、プローブビームにフェムト秒レーザーを用いている。電子ビームとレーザーのパルス幅、二つのビームの同期精度が分析の時間分解能を決める。

 

<本件に関する問い合わせ先>
東京大学大学院工学系研究科附属原子力工学研究施
 上坂 充
電話番号 029-287-8421  FAX番号 029-287-8488

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター 広報部 原 雅弘
E-mail: hara@spring8.or.jp
電話番号 0791-58-2785  FAX番号 0791-58-2786

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