大型放射光施設 SPring-8

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下部マントルにおける炭酸塩鉱物の安定性と新しい高圧相― 二酸化炭素の全地球規模での長期的循環過程の解明に資する飛躍的な成果 ―(プレスリリース)

公開日
2004年01月01日
  • BL10XU(高圧構造物性)
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの一色麻衣子(理工学研究科博士課程大学院生)と入舩徹男教授らのグループ(東京工業大学、海洋科学技術センター、高輝度光科学研究センター、日本原子力研究所、名古屋大学との共同研究)は、地球深部に存在する最も重要な炭酸塩であるMgCO3(鉱物名マグネサイト)の超高圧下での結晶構造変化を実験的に解明するとともに、地球温暖化の原因ともなる二酸化炭素の固体地球深部における長期的循環モデルの構築につながる実験データの取得に成功した。

平成16年1月1日
愛媛大学
(財)高輝度光科学研究センター

愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの一色麻衣子(理工学研究科博士課程大学院生)と入舩徹男教授らのグループ(東京工業大学、海洋科学技術センター、高輝度光科学研究センター、日本原子力研究所、名古屋大学との共同研究)は、地球深部に存在する最も重要な炭酸塩であるMgCO3(鉱物名マグネサイト)の超高圧下での結晶構造変化を実験的に解明するとともに、地球温暖化の原因ともなる二酸化炭素の固体地球深部における長期的循環モデルの構築につながる実験データの取得に成功した。
 炭酸塩鉱物は二酸化炭素を海洋底堆積物として固定し、海洋プレートの沈み込みとともに地球深部にもたらすため、大気圏・海洋・固体地球を含む全地球規模での二酸化炭素の長期的大循環を解明する上で重要な役割を果たす物質である。しかしMgCO3マグネサイトのマントル深部における安定性については、これまで不十分な実験データしか得られていなかった。本研究は、大型放射光施設(SPring-8)の高圧構造物性ビームライン(BL10XU)のダイヤモンドアンビル型超高圧発生装置を用い、世界で初めてX線その場観察による地球のマントルほぼ全域に対応する条件下でのマグネサイトの相転移実験に成功した。
 この結果、1)マグネサイトが地球マントルの広範な温度圧力で安定であること、2)地球の核の圧力に近い115万気圧で未知の高圧相(マグネサイトII)に相転移すること、3)予想されたCO2などを排出する分解反応が120万気圧までは起きないことが明らかになった。また、マントル底部にもたらされたこのような炭素が核に溶け込む可能性や、マントル・核境界付近におけるマグネサイトIIの分解により発生したCO2が、マントル物質の熱い上昇流(ホットプリューム)のきっかけとなる可能性が示された。

 本研究成果は、イギリスの科学雑誌Nature2004年1月1日号に掲載された。
論文タイトル:”Stability of magnesite and its high-pressure form in the lowermost mantle”:最下部マントルにおけるマグネサイトとその高圧相の安定性

 大気中の二酸化炭素や大陸地殻の炭酸塩鉱物は、海水中に溶け込み化学的に沈澱する、あるいはサンゴや有孔虫などの死骸として、厚さ数百メートルに達する海洋底堆積物を形成している。このような堆積物は、海洋プレートの最上部を構成し、日本近海などの海溝付近でマントル深部に沈み込むが、沈み込みの過程で、比較的浅い(数10~100 km程度)マントル最上部で炭酸塩鉱物の一部は二酸化炭素を含む相へと分解し、火山ガスとして再度地表に放出されるとともに、残りのマグネサイトを主成分とする炭酸塩は、更にマントル深部にもたらされることになる。
 炭酸塩鉱物は、この様に二酸化炭素を海洋底堆積物として固定し、海洋プレートの沈み込みとともに二酸化炭素を地球深部にもたらすため、大気圏・海洋・固体地球を含む全地球規模における二酸化炭素の長期的大循環を解明する上で重要な役割を果たす物質である。

 本研究では、地球深部に存在する最も重要な炭酸塩である天然のMgCO3(鉱物名マグネサイト)を粉末にし、ダイヤモンドアンビル型超高圧発生装置(DAC)を用いて圧力を加え(図1)、さらにレーザー光を用いて試料を加熱することにより、地球マントルのほぼ全域に対応する温度圧力条件下(圧力30 - 120万気圧、温度2700℃)に置かれた試料に対してSPring-8の強力なX線を照射し、その場観察を行った。また、試料から得られたX線回折パターンを解析することにより、結晶構造を同定するとともに、様々な温度圧力条件下におけるマグネサイトの安定性について調べるため、同様な実験を地球マントルのほぼ全域に対応する温度圧力条件下で繰り返し行った(図2)。

 実験の結果、マグネサイトは110万気圧程度までは安定であり、予想されたMgCO3からMgO+CO2やMgO+C+O2といった混合相への分解反応は見られなかったが、115万気圧付近で、マグネサイトは新しい結晶構造の高圧相(マグネサイトII)へと相転移することが明らかになった。マグネサイトIIは温度を下げても高圧下では安定であったが、常温常圧下にとりだすことは不可能であった(図3)。本研究ではマグネサイトIIの結晶構造を決定するには至っていないが、高温高圧下でのマグネサイトIIの密度は5.2 g/cm3程度と、常温常圧下のマグネサイトの約2倍程度高密度であること、及びこのようなマグネサイトおよびその高圧相であるマグネサイトIIがほぼマントル全域で安定であることが明らかにされた(図4)。

 地殻や上部マントル中では、炭素の存在量が隕石などから予想される値に比べて欠乏している(“missing carbon”=失われた炭素)ことが知られているが、その原因はよくわかっていない。本研究の結果、MgCO3が分解せずに下部マントル最下部に達し、マントル・核境界に存在するD”層(2700 - 2900 km)において炭素の豊富な貯蔵庫(リザーバー)を作るか、あるいは核の熔融鉄に溶け込んでいることが強く示唆された。
 D”層における急激な温度上昇により、マグネサイトIIの一部は分解 (MgO+CO2)し、これにより放出されたCO2はD”層に存在する物質の融点を下げ、ホットプリュ-ム発生の一因となる可能性も示唆される(図5)。また、もしこの領域が強い還元的雰囲気ならば、CO2はCに還元されてダイヤモンドとして存在する可能性もあると言える。

    特徴と意義
    1)SPring-8の強力かつ微小なX線を利用することにより、MgCO3の下部マントル条件下おけるX線その場観察に初めて成功した。また圧力領域も従来のMgCO3の研究を大幅に上回り、ほぼマントル全域に相当する条件でのX線その場観察実験を実現することができた。
    2)MgCO3は下部マントルの最下部を除く全域で、CO2を発生する分解反応を経ずに核・マントル境界近くまで達することが分かった。
    3)地球の“失われた炭素”は、マントル最下部あるいは核に存在するとともに、D” 層には多量のダイヤモンドとして存在する可能性があることが分かった。
    4)マントル最下部に至ったマグネサイトIIは、高温下でCO2を発生し、プリューム発生の引き金となる可能性があることが分かった。
    5)CO2の長期的循環過程の解明のためには、大気・海洋・地殻などの地表付近だけではなく、マントル全体および核をも含めた全地球システムとして捉える必要性があることが示唆された。
    今後の課題
    1) マグネサイトIIの結晶構造や密度変化の解明、また分析電子顕微鏡を用いた詳細な組織観察の実施。
    2) D”層領域におけるマグネサイトIIの安定領域、分解の可能性、酸素雰囲気の影響、Feとの反応などに関する実験の実施。
    3) より現実的で複雑な化学組成を持つ海洋底堆積物の高温高圧相転移実験の実施。
    4) 大気圏-海洋域-生物圏-固体地球の全地球規模での長期的炭素循環モデルの定量化。

《参考資料》

図1 ダイヤモンドアンビルセル内部の構成
図1 ダイヤモンドアンビルセル内部の構成

 


図2 レーザー加熱DACを用いた放射光実験
図2 レーザー加熱DACを用いた放射光実験

 


図3 MgCO3のX線回折プロファイルの圧力・温度に伴う変化
図3 MgCO3のX線回折プロファイルの圧力・温度に伴う変化

 


図4 MgCO3の相関係と地球内部の温度変化
図4 MgCO3の相関係と地球内部の温度変化

 


図5 実験結果に基づいた地球深部における炭素の大循環モデル
図5 実験結果に基づいた地球深部における炭素の大循環モデル

 


<用語解説>

    ダイヤモンドアンビル型超高圧発生装置(DAC)
     2個のダイヤモンド単結晶により試料をはさみ、力を加えることにより高い圧力を発生させる装置。最高300万気圧に達する圧力の発生例もあるが、試料容積が極端に小さく、高温高圧下でのX線回折その場観察による鉱物の相変化の報告は、従来100万気圧程度までに限られていた。
    地球マントル
     地球の薄皮である地殻と中心部の核の間の深さ30 km~2900 kmの部分。かんらん石など硅酸塩鉱物でできており、地球の体積の8割を占める。
    相転移
     圧力や温度の変化により、物質の原子配列が急激に変化して、新しい構造に至る現象。例えば炭素でできた石墨(炭)は5万気圧、1500℃くらいでダイヤモンドへと相転移する。
    D”層
     地球のマントルと核の境界に存在する厚さ200 km程度の層。地震波速度や密度の異常な変化が見られ、沈み込んだ海洋プレートがたまっている、あるいは熔融鉄の核と硅酸塩のマントルが激しく反応している場と考えられている。急激な温度勾配の存在が予想される。
    ホットプリューム
     主に核・マントル境界に起源を持つ高温のマントル上昇流。南大平洋やアフリカなどの下に存在する巨大ホットプリュームはスーパープリュームと称されて、地表において活発な火山活動をもたらしている。

 

<本件に関する問い合わせ先>
愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター
教授  入舩 徹男
E-mail: irifune@dpc.ehime-u.ac.jp
Tel: 089-927-9645 / Fax: 089-927-8167

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター
  広報部長  原 雅弘
E-mail: hara@spring8.or.jp
Tel: 0791-58-2785 / Fax: 0791-58-2786


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