カルシウムポンプ蛋白質のカルシウム閉塞機構を解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2004年07月01日
- BL41XU(構造生物学I)
平成16年7月1日
東京大学
(財)高輝度光科学研究センター
東京大学・分子細胞生物学研究所 豊島近教授と大学院生の水谷龍明氏(現在、東京大学医学系研究科免疫学教室)は大型放射光施設(SPring-8)の共用ビームラインBL41XU(構造生物学 Iビームライン)を用いて、エネルギー源であるATPの類似体が結合した状態のカルシウムポンプ1)(ポンプ蛋白質の1種)の立体構造を決定し、ATPの結合がポンプ蛋白質に結合したカルシウムを閉じ込める機構を解明することに世界で初めて成功した。この研究の詳細は英国科学雑誌NatureにArticleとして発表され、印刷に先立って6月30日にインターネット上で公開された。 (論文) |
細胞の内外でのイオン(ナトリウム、カリウム、カルシウム等)の濃度は大きく異なっており、生体は、そのようなイオンの濃度差を信号の伝達に使っている。たとえば、筋肉の収縮は筋小胞体と呼ばれる袋に貯えられたカルシウムイオンが、筋肉細胞中に放出されることによって起こる。そのような濃度差を作り出しているのが、イオンポンプ2)と呼ばれる蛋白質(ポンプ蛋白質)であり、生体膜を貫通して存在する膜蛋白質3)の一種である。
ポンプ蛋白質には、ほとんどすべての細胞に存在するナトリウム・カリウムポンプや胃のpHを調節するプロトン・カリウムポンプ、銅の排出に関係するポンプ等がある。その中でも、ナトリウム・カリウムポンプは、それを発見したデンマークのSkouに1997年度のノーベル賞が与えられたほど重要な蛋白質群である。
筋小胞体カルシウムポンプは、筋収縮のために筋細胞中に放出されたカルシウムを筋小胞体中に再び取り込むポンプであり、このポンプの活動によって筋肉は弛緩する。カルシウムは生体反応の制御に最も広く使われるイオンであり、カルシウムポンプは心筋梗塞やがん治療の点からも注目され、研究が進められている。たとえば、最近、抗マラリア薬の標的分子がカルシウムポンプであることが発見され話題になった。
このように、ポンプ蛋白質は生体の機能の維持に不可欠な蛋白質群であり、その活動に消費するATPは全ATPの25%に相当するといわれている。
豊島教授グループはSPring-8を用いて、この重要な蛋白質によるイオンのポンプ機構を追及してきており、既に、カルシウムを結合した状態(カルシウムを運搬する前の状態:図2左)とカルシウムを運搬し終わった状態(カルシウムは結合していない)の立体構造をSPring-8を用いたX線結晶解析によって解明し、2000年と2002年にNature誌上に発表、大きなインパクトを与えた。今回の研究では、反応サイクルの次の段階である、ATP結合状態の立体構造を明らかにした。(実際には、ATPそのものでは反応が進んでしまうので、反応が進まないATP類似体を使っている。)
その結果、ATP類似体は3つある細胞質ドメイン(N, P, A)を強く結びつけ、そのドメインの一つ(Aドメイン)を傾斜させること、それによって10本ある膜貫通へリックスの一本を引っ張り上げイオン通路の入り口をふさぎ、結合したカルシウムイオンを閉じ込めている(閉塞する)ことがわかった。つまり、ATPが5ナノメーター(分子全体の大きさは14ナノメーター)も離れたイオン通路のゲートを遠隔制御している。このように、分子機械である蛋白質内の制御機構の重要な一例が明らかになった。
このような構造研究にあっては、結晶から良質の回折パターン(構造データ)を得ることが出発点であるが、膜蛋白質の結晶はX線を回折する能力が低いためSPring-8の高輝度ビームラインが必須であった。
この研究は主に文科省学術創成研究費によって行われたものである。
<参考資料>
左はカルシウムイオンが結合しているが、ATPが結合する前。
右は、ATPの類似物が結合した後。リボンはαへリックスを矢印はβシートを表している。
左下には反応スキームを示す。黄色で示した二つの状態の構造を較べている。
点線の矢印はATP結合した際の動き。
3つある細胞質側ドメインの配置を変えて、膜貫通へリックスの一本を引っ張り上げ、イオンの入り口をふさぐ。
<用語解説>
1) カルシウムポンプ
カルシウムイオンを濃度勾配に逆らってATP(アデノシン三燐酸)(注)のエネルギーを使って運搬するタンパク。
(注)アデノシン三燐酸(ATP):人の身体運動は、全て骨格筋の活動による。筋活動の為のエネルギーは筋中に蓄えられているアデノシン三燐酸が利用され、これが分解してADP(アデノシン二燐酸)と燐酸に分かれる時に放出される大きなエネルギーが筋肉を動かす。
2) イオンポンプ
光エネルギーや化学エネルギーを使い、生体膜を横切るイオンの能動輸送をおこなう酵素の総称。これらの酵素がつくるイオン勾配は、共輸送や対向輸送などによって二次的に使用されるので、一次性能動輸送系とも呼ばれる。
3) 膜蛋白質体
生体膜に存在するタンパク質の総称。特に、生体膜の表面に付着しているものを膜表在性タンパク質、内部に埋もれているものを膜内在性タンパク質と呼ぶ。内在性タンパク質では疎水性アミノ酸の含有率が高く、界面活性剤で可溶化される。
<本研究に関する問い合わせ先> <SPring-8についての問い合わせ先> |
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