放射光を使ってナノ結晶の原子構造を迅速に決定する方法を開発- セラミックスの縞状ナノ細線の結晶構造と縞状パターンの決定に適用、ナノテク材料の迅速評価への応用展開が期待される -(トピックス)
- 公開日
- 2004年07月06日
- BL13XU(表面界面構造解析)
平成16年7月6日
(財)高輝度光科学研究センター
東京工業大学
(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)の坂田修身主幹研究員と東京工業大学・応用セラミックス研究所の吉本護助教授の共同研究グループは、ナノメートルサイズの細い縞状ナノ細線の結晶構造を、高エネルギー放射光X線を用い数分以内の短時間撮影から決定することに世界で初めて成功した。高さ約0.5ナノメートル(原子4層分)、幅約20ナノメートル、長さ数ミリメートルに及ぶ酸化ニッケルからなる縞状ナノ細線配列は、独自のレーザー分子線エピタキシー法で作製した。世界最大の放射光施設であるSPring-8の放射光X線は、通常のX線発生装置に比べ、約1億倍の輝度を持っており、今回開発した構造解析手法は、酸化物などの無機材料だけでなく、ナノテク応用分野で注目されているカーボンナノチューブやDNAなどのナノテク材料の迅速な評価にも適用できそうである。 (論文) |
1.背景および研究内容
これまでのナノ結晶の構造解析手法としては、X線回折スポットを1個ずつ“しらみつぶし”的に測定するため、時間と手間が非常にかかり、迅速な構造解析手法の開発が待ち望まれていた。そこで、本研究では、高エネルギーの放射光を用い、多数のX線回折スポットを同時に撮影することで、ナノ結晶の構造解析時間を大幅に短縮することに成功した。本研究は、文部科学省ナノテクノロジー総合支援プロジェクトの支援を受けて実施された。
具体的には、サファイア単結晶上の原子ステップ上に育成された高さ0.5nm、幅20 nmの酸化ニッケル(NiO)のナノ細線を大気中においたものを試料とし、シンクロトロン放射光(ビームライン:BL13XU)を用いて、多数の回折スポットとして可視化することができた。
記録された回折スポットの全体パターンは、ナノ細線の内部結晶構造、および、基板に対する方位と対応している。そのため、回折パターンからナノ細線の内部結晶構造、および、基板に対する位置関係が決定できた。さらに、それら個々の回折スポットの幅などから、ナノ細線における原子配列のごくわずかな乱れぐあいも決定できた。さらに多数のナノ細線の縞間隔も、1個の回折スポットから評価できた。
2.今回開発した解析方法の特徴
(1)ナノ結晶の原子構造の評価時間の大幅な短縮:数時間から数分へ。
(2)大気中にあるナノ結晶の内部の原子配列を簡便に精密決定できた。
(3)ナノ細線からなる縞状パターンの空間的な配列も構造と同時決定できた。
(4)ナノ材料評価に広く使われている走査型プローブ顕微鏡では、ナノ結晶内部の構造や結晶の品質などを知ることは大変難しいが、本方法では、これらを容易に知ることが可能である。
(5)本法は、温度・雰囲気など色々な環境下で測定でき、しかもナノ物質の時間変化の追跡も可能である。
3.本手法の工学的な応用
この方法では、対象はかならずしも表面にあるものだけでなく、表面下に埋もれたナノ結晶の構造解析にも適用できる。さらに、対象によっては数秒以内で構造解析が可能になるので、タンパク質などの時間変化しやすい材料でもナノ構造をすばやく決定することができるようになるかもしれない。さらに、放射光バンチ周期と組み合わせると、ナノ秒・オーダのダイナミックな表面・薄膜構造解析の可能性がある。
本研究の一部は、文部科学省ナノテクノロジー総合支援プロジェクト、平成14、15年度文部科学省科学研究費、および、平成15年度(財)ひょうご科学 技術協会・放射光共同利用研究のサポートを受けた。また、文部科学省・東京工大21世紀COEプログラム「産業化を目指したナノ材料開拓と人材育成」の 支援を受けた。
<参考資料>
<用語解説>
- 1. X線結晶構造解析と回折現象
0.1nmぐらいのX線の波長は、物質中の原子と原子の距離と同程度である物質が規則正しく並んだ結晶によって回折される。回折されたX線の強度を詳しく解析することにより、結晶内の原子構造やナノ結晶群の周期配列構造を解明することができる。
- 2. 大型放射光施設(SPring-8)
兵庫県播磨科学公園都市にある大型放射光施設(SPring-8)は、世界最高輝度のX線を発生させることができる。これは従来のX線発生装置から得られる光の明るさに比べおよそ1億倍も明るく、極微量の試料からも回折X線を測定することができ、その物質構造や物質変化をつきとめることができる。
- 3. 放射光
光速に近い高エネルギーの電子または陽電子が磁場中を通過すると、磁場によって軌道を曲げられ,そのとき軌道の接線方向に電磁波(光)を出します(下図)。この現象をシンクロトロン放射、このとき放出される電磁波を放射光といいます。放射光はマイクロ波からX線にいたる広い範囲の連続スペクトルを持っているが、アンジュレータと呼ばれる光源から放出される放射光は準単色で波長が可変で、指向性がよく、偏光しています。このため、現在では真空紫外からX線に至る波長領域の最も優れた光源として、科学技術の広い分野で用いられるようになっています。
- 3.レーザー分子線エピタキシー法
半導体薄膜合成で広く用いられているMBE(分子線エピタキシー)法とエキシマレーザーによるレーザ−アブレーション成膜法を組み合わせた新しい成膜法であり、レーザーMBE法と呼ばれる。多元素系の酸化膜合成に適した薄膜形成技術として注目されている。原子層を一層毎に制御しながら、結晶性の高い薄膜を低温で容易に形成できるのが特長である。この方法を使って、自然界にない酸化物ナノワイヤーやナノドットなどが合成でき、酸化物ナノテクノロジーの強力なツールになっている。
- 4. ナノ細線結晶
半導体、金属、セラミックス(酸化物)、高分子、などにおいて、断面サイズがナノメートルオーダーで、長さがミクロン以上のものを作製して、小型集積回路や量子素子の配線材料、分子デバイスや薄型ディスプレーなどの電子放出源、高効率触媒、などへの応用が期待される。
- 5.酸化ニッケル(NiO)
NiOは、緑色で塩酸に溶け、従来から各種磁性材料の原料,触媒,磁器着色剤などの用途がある。融点は1960℃。反強磁性体でネール温度は構造変態点と同じ247℃。最近ではp型透明半導体として触媒や電極などとして有用である他、有機発光デバイスにおける正孔(ホール)注入層としての応用研究も盛んに行われている。
<本研究に関する問い合わせ先> 東京工業大学 応用セラミックス研究所 <SPring-8についての問い合わせ先> |
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