高度好熱菌リン酸マンノース転移酵素の構造解析に成功 - 蛋白コンソとの初の共同研究成果 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2004年07月09日
- BL32B2(創薬産業)
平成16年7月9日
独立行政法人理化学研究所
蛋白質構造解析コンソーシアム
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と蛋白質構造解析コンソーシアム(以下蛋白コンソ※1)は、高度好熱菌において、耐熱性のリン酸マンノース転移酵素(Phosphomannomutase)の立体構造を決定しました。理研播磨研究所ハイスループットファクトリー構造解析第2研究チームの国島直樹チームリーダーらと蛋白コンソの研究グループによる成果です。 (学会発表) |
1.共同研究の背景
日本製薬工業協会(製薬協)では、タンパク質およびその複合体の立体構造解析がゲノム創薬の中心的技術であるとの認識から、2001年6月に蛋白コンソを設立し、2002年5月に世界最高の性能を備えたSPring-8に創薬産業BLを完成させました。このタイミングは、タンパク3000プロジェクト(2002年4月〜2007年3月)と一致しています。蛋白コンソの所有する創薬産業BLは理研の構造ゲノムBL2本は、同じ光学系・測定系を保有しています。
創薬産業BLは、創薬ターゲットタンパク質の精密な立体構造を求めるために最大限に活用され、高活性かつ高選択性で副作用の少ない新薬が誕生することが期待されています。しかし、新薬誕生への道のりは長く、さらに各社の研究成果は高度の機密情報を伴うことから多くの場合は速やかな公開が困難であり、創薬産業BLの有効性と蛋白コンソの解析に対するポテンシャルを短期間の間に具体的に示すことは困難でした。そこで、蛋白コンソは、タンパク3000プロジェクトの中心的実施機関である理研との共同研究を通して、タンパク質のX線結晶構造解析の新しい方法論を習得しながら、その研究成果を速やかに公開して我が国の製薬企業におけるタンパク質構造情報に基づく合理的創薬およびゲノム創薬の実現に貢献することを目指しています。
2.共同研究の成果
共同研究では、創薬産業BLの多波長異常分散(MAD)※4の適応、自動結晶化観察ロボットシステム(TERA)※5を含めた理研播磨ハイスループットファクトリー(HTPF)※6の基盤技術を最大限に活用する体制で臨みました。今回、共同研究グループは、タンパク3000プロジェクトの一部である「高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクト」から耐熱性のリン酸マンノース転移酵素としては初めての構造であるThermus thermophilus※3 HB8由来の リン酸マンノース転移酵素 の構造解析に成功しました(図)。構造は、創薬産業BLで測定したMADデータセットにより解き、1.7Å分解能で決定しました。
リン酸マンノース転移酵素は細菌からヒトに至るまで、生合成経路に存在するタンパク質で、マンノース6-リン酸をマンノース1-リン酸へ触媒する酵素であり、その機能解析により、創薬への貢献が期待されています。即ち、構造解析に成功したリン酸マンノース転移酵素の立体構造は、構造既知の緑膿菌由来リン酸マンノース転移酵素またはウサギ由来リン酸グルコース転移酵素に類似し、4つのドメインを持つハート型状の構造をとっていることが分かりました。今回構造解析に成功したリン酸マンノース転移酵素は耐熱性が高いために、実験を行う上で非常に扱いやすいと考えられ、今後、さらに相同あるいは類似タンパク質の構造解析が進めば、立体構造上のリン酸マンノース転移酵素の反応メカニズムが明らかになり、ヒトにおけるリン酸マンノース転移酵素欠損による糖タンパク質糖鎖不全症候群へのタンパク製剤、あるいは特異的に細菌のバイオフィルム形成阻害を狙った抗生物質等の新薬開発は大きく進展することでしょう。
3.今後の展望
本共同研究を通じて、理研播磨研究所の研究施設・基盤技術が製薬業界との連携によって成果を公開できたことは、社会貢献の意味でも大きな成果と言えます。タンパク3000プロジェクトでは、数を念頭に置くことで、これまで、タンパク質のX線結晶構造解析の大きな障害であったタンパク質の培養・精製、結晶化、ならびにデータ測定を、システマティックに行うための技術開発が進み、我が国のタンパク質構造解析に関する基盤は、確実、かつ、画期的にポテンシャルを上げています。今後は、本共同研究を発展させると共に、蛋白コンソ加盟各社の標的タンパク質構造解析にもその研究技術等を活用する方策を推進したいと考えています。その結果として、我が国の製薬企業におけるタンパク質構造情報に基づく新薬創製を実現して、国民の健康に貢献することを目指します。
<参考資料>
<用語解説>
- *1 蛋白質構造解析コンソーシアム
日本製薬工業協会(以下製薬協)加盟の22社(エ−ザイ、大塚製薬、キッセイ薬品工業、協和発酵工業、三共、塩野義製薬、大正製薬、大鵬薬品工業、武田薬品工業、田辺製薬、第一製薬、大日本製薬、中外製薬、帝人ファ−マ、日本新薬、日本たばこ産業、万有製薬、藤沢薬品工業、三菱ウェルファ−マ、明治製菓、持田製薬、山之内製薬;五十音順)で構成される。
- *2 大型放射光施設(SPring-8)
大型放射光施設(SPring-8)は、世界最高性能の放射光を発生することができる大型の研究施設で、平成3年から日本原子力研究所と理化学研究所が共同で、兵庫県の播磨科学公園都市に建設を開始し、平成9年10月に供用が開始された。本施設は、国内外の産学官の幅広い分野の研究者に広く開かれた共同利用施設として様々な研究開発に利用されており、その管理・運営は、財団法人高輝度光科学研究センタ−(JASRI)が行っている。
- *3 高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクト
高度好熱菌 Thermus thermophilus(サーマス サーモフィルス)HB8 細胞内のあらゆる生命現象を生体分子の立体構造に基づき理解しようというプロジェクトである。高度好熱菌は、立体構造解析の有利さ、および今後の系統的機能解析、さらに、各論的研究グループや、バイオインフォマティクスグループとの連携などによって、21世紀の新たな研究分野となる原子生物学(システムバイオロジー)のモデル生物として期待されている。
- *4 多波長異常分散(MAD)
X線結晶構造解析法の一つ。一連の金属原子のX線散乱能は波長に強く依存することを利用してタンパク質結晶構造を決定する。従来の方法では、構造決定のためには複数種の重金属原子(原子量の大きい金、白金、水銀など)を結合したタンパク質の結晶が必要だったが、この方法ではただ一種の金属原子を結合した結晶を用意すれば解析が可能になる。ただしこの方法では、波長可変のX線を使う必要があること、信号が微弱なため従来よりも輝度の高いX線源が必要でありかつ精度の高い測定が必要となる。以上の理由から、この方法はSPring-8のような放射光実験施設を使ってはじめて可能になった。
- *5 自動結晶化観察ロボットシステム(TERA)
SPring-8の放射光を用いたタンパク質の構造解析に使用する結晶を自動生成するとともに、結晶の成長状況を管理できる“オールインワン”のロボットシステムである。理研播磨研究所、竹田理化工業株式会社、エステック株式会社、アドバンソフト株式会社が共同開発した。
- *6 ハイスループットファクトリー(HTPF)
理化学研究所の構造ゲノム科学プロジェクト「構造プロテオミクス研究推進本部」の一環として、網羅的にタンパク質の立体構造解析を進めるなかで、結晶構造解析をより早く、より効率的に実施するために必要な自動化要素技術開発を行うとともに、タンパク質のデータベースを中核とする統合システムとして稼動することを目指している。
本研究に関する問い合わせ先: <共同研究成果関連事項> 蛋白質構造解析コンソーシアム 共同研究ワーキンググループ 独立行政法人理化学研究所播磨研究所 研究推進部 (報道担当) <SPring-8についての問い合わせ先> |
- ひとつ前
- 放射光を使ってナノ結晶の原子構造を迅速に決定する方法を開発- セラミックスの縞状ナノ細線の結晶構造と縞状パターンの決定に適用、ナノテク材料の迅速評価への応用展開が期待される -(トピックス)
- 現在の記事
- 高度好熱菌リン酸マンノース転移酵素の構造解析に成功 - 蛋白コンソとの初の共同研究成果 -(プレスリリース)