大型放射光施設 SPring-8

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放射光で高温超伝導の発現機構解明に迫る- 室温超伝導体は作れるのか - (プレスリリース)

公開日
2005年01月18日
  • BL35XU(高分解能非弾性散乱)
日本原子力研究所は、大型放射光施設(SPring-8)の放射光X線を用いて高温超伝導体の原子の振動である格子振動を観測することにより、格子振動が高温超伝導の発現機構に関連していることを確認した。

平成17年1月18日
日本原子力研究所
東北大学金属材料研究所
財団法人高輝度光科学研究センター

 

日本原子力研究所(理事長 岡saki.gif俊雄)は、大型放射光施設(SPring-8)の放射光X線を用いて高温超伝導体の原子の振動である格子振動を観測することにより、格子振動が高温超伝導の発現機構に関連していることを確認しました。高温超伝導の発現機構解明が進めば、室温で超伝導を呈する物質が創られる可能性が高まると期待できます。これは、日本原子力研究所 福田竜生研究員、水木純一郎グループリーダー、東北大学金属材料研究所 山田和芳教授、高輝度光科学研究センター Alfred Baron主幹研究員らによる成果です。

 高温超伝導の発現機構については、電荷や電子スピンの揺らぎが電子間に引力を及ぼすというモデルなどが考えられてきました。しかし、発現機構に関する決定的な実験的証拠を挙げるには至っていないため、未だ確定した見解が得られていません。

 今回の実験では、高温超伝導体として最初に発見されたぺロブスカイト型酸化物の棒状単結晶を用いました。この試料では電気伝導の主体であるプラスの電荷を持った正孔の濃度が試料の軸方向で連続的に変化し、正孔の濃度の違いによって、絶縁体から超伝導体、さらに通常の金属状態と異なる性質が発現するため、1つの試料で系統的に物性を調べることができます。この試料に、SPring-8の共用ビームライン(高分解能非弾性散乱ビームラインBL35XU)において可能となった高品質の放射光を利用した高いエネルギー分解能を有するX線非弾性散乱測定を行うことにより、結晶中のCuとOの結合距離の伸縮を伴う格子振動(結合伸縮モードと呼ぶ)が正孔の濃度を変えることによってどのように変化するのかを系統的に観測することに成功しました。この結果、結合伸縮モードのエネルギーの変化と超伝導に転移する温度(TC)の変化とが一対一の対応があることが明らかとなり、TCの変化に対応して変化する物理量を初めて捉えることができました。これにより高温超伝導においては電荷や電子スピンの揺らぎだけでなく格子振動も加わった全く新しい機構が存在する可能性が高まったことになります。
 今回の発見を設計指針とすることにより、将来的には、室温においても超伝導状態が維持される物質が創製される可能性があります。このような物質が創られれば、常温での電力の蓄積が可能になったり、電気の送電ロスがゼロになるなど、エネルギー革命につながることも期待されます。

 本成果は、平成17年2月、米国物理学会の学術誌“Physical Review B: Rapid Communications(オンライン版)”に掲載される。

(論文)
"Doping dependence of softening in the bond-stretching phonon mode of La2-xSrxCuO4 (0 lt.gif x lt.gif 0.29)"
T. Fukuda, J. Mizuki, K. Ikeuchi, K. Yamada, A. Q. R. Baron, and S. Tsutsui

1.背景
 超伝導現象は、マイナスの電荷を持つ電子がお互いに引力を及ぼしあってペアを作る結果として電気抵抗が完全にゼロとなる現象である。1950年代にこの不思議な現象を説明する理論(BCS理論)が提唱され、電子同士に引力を及ぼす原因は、結晶を構成している原子の振動(格子振動)であるということが明らかとなり、BCS機構とよんでいる。超伝導現象の魅力は、室温で超伝導が発現する物質ができると電気エネルギーを全くロスすることなく全世界に配送することが可能となり、エネルギー革命が実現することである。しかし1987年までに発見された超伝導体は、超伝導が発現する温度(TC)が、最高でも23 K(-250℃)であり、BCS理論も40 Kを越えるものは無いであろうと予測されていた。ところが、1987年にペロブスカイト型銅酸化物で、まずTCが約40 Kを示すものが発見され、物性物理学の分野に大きなインパクトを与えた。その後続々とTCが40 Kを越える銅酸化物が発見され、現在は約150 KのTCを持つものが発見されている。BCS理論ではこのような高い転移温度を持つものはないと予測されていたために、この銅酸化物の超伝導発現には格子振動が媒介しない新しい発現機構が必要であるとして、発見以来20年近く経った今も、物質科学の重要テーマとして研究が行われているが、その発現機構に関しては、未だ確定した見解が得られていない。これまでの有力な発現機構としては、電子同士が強く相互作用しているという強相関電子系であることに起因した電子スピン・電荷の揺らぎ等が重要と考えられている。しかし、それらを示唆する実験事実が多く観測されてはいるが、観測された物理量と超伝導との因果関係が明らかでないために議論が戦わされている。

2.今回の成果
 このような状況の中、我々は銅酸化物超伝導体で最初に発見されたLa2-XSrXCuO4に注目し、X線非弾性散乱法により格子振動の詳細を測定した。この物質は、図1に示すようにSrの濃度, X, を増やしていくとX=0.04付近から超伝導が発現しTCはXとともに増大、0.15付近で最大となってからはXの増大とともに逆に減少し、X‾0.3近傍で超伝導が消失する。このようにXを変えることでTCを系統的に変化させることができ、この変化に対応して物質のどのような物理量が変化しているのかを実験的に確かめるのに格好の物質である。今回、図2に示すように単結晶でありながら試料の軸方向でXが連続的に変化する試料作成に成功した。X線非弾性散乱法は、X線ビームサイズが100ミクロン程度に集光することによって可能となり、X線が照射される試料位置を制御するだけでXの変化による格子振動の変化の様子を系統的に観測することができた。特に注目した格子振動は、図3に示すようなCu-Oの結合伸縮モードといわれるもので、この格子振動は図4に示すように波数ベクトル、z、(振動の波長の逆数に対応するもので、振動が進む方向の情報も含まれている。)が1から0.5に小さくなると振動のエネルギーが低くなっていくことが観測され(格子振動の分散関係とよばれる。)、低くなる度合はXの値が大きくなるに従って大きくなっていくことが観測された。この各Xにおける振動エネルギーの最大値と最小値の差(ソフト化の大きさ)のX依存性を示したのが図1で、Xの増加とともに大きくなりX=0.15付近で増加傾向が止まっていることが発見された。Xの増加とともにソフト化の大きさが直線的に増加するとの予想に比べれば、斜線で示した領域はそれから明らかに外れており、これを格子振動が異常にソフト化した領域と見ることができる。この形は、同じ図1で示したTCのX依存性と見事に対応している。すなわち、Xを変えることによってCu-Oの結合伸縮モードのソフト化の大きさが変わり、その結果としてTCが変化したと考えることができる。このようにTCの変化に一対一の関係を持って変化する物理量が発見されたのは今回が初めてであり、この結果、超伝導発現にはCu-Oの結合伸縮モードの格子振動が重要な働きをしていることを実験的に明らかにしたといえる。これによりスピンあるいは電荷の揺らぎだけでなく格子振動も加わった全く新しい機構の存在の可能性が高まった。
 今回の発見には、(1)濃度傾斜を持つ単結晶の超伝導体の作成に成功したこと、及び(2)高輝度、高エネルギーの第三世代の放射光源を利用することによりX線非弾性散乱実験が可能となったことにより、格子振動の系統的な変化を観測できたことが大きく寄与している。


<参考資料>

図1 ソフト化の大きさのSr 濃度依存性と、超伝導転移温度(T<sub>c</sub>) との関係
図1 ソフト化の大きさのSr 濃度依存性と、超伝導転移温度(Tc) との関係

ソフト化の大きさ(格子振動のエネルギーの低下)は、Sr 濃度の増加とともに一様に増加していく事が期待されたが、測定の結果、x~0.15 あたりで増加の割合が減少する事が明かになった。これは、一様に増加していく部分(緑の直線)以外に異常なソフト化(ハッチの部分)が存在することを示しており、この異常なソフト化の領域のSr 濃度依存性が、丁度、超伝導転移温度(Tc) の変化に対応している。この事から、測定した格子振動(結合伸縮モード)の異常なソフト化部分が超伝導と密接な関係にあることが示唆される。

 


 

図2 実験に用いた、濃度勾配のある高温超伝導試料 La<sub>2−x</sub>Sr<sub>x</sub>CuO<sub>4</sub>
図2 実験に用いた、濃度勾配のある高温超伝導試料 La2−xSrxCuO4

高温超伝導物質の一つであるLa2−xSrxCuO4 は、Sr 濃度(x) を混入することによって低温で超伝導を示す。用いた試料は円筒形をしており、その軸方向に沿ってSr 濃度が変わっている。X 線ビームの大きさは小さい(~100μm)ため、この試料を用いて測定位置を変えることにより、他の測定条件は一定に保ったまま容易にSr 濃度依存性を測定できる。

 


 

図3 La<sub>2−x</sub>Sr<sub>x</sub>CuO<sub>4</sub> の結晶構造(左) と、結合伸縮モードにおけるCuO<sub>2</sub> 面内での原子の動き(右)
図3 La2−xSrxCuO4 の結晶構造(左) と、結合伸縮モードにおけるCuO2 面内での原子の動き(右)

高温超伝導体には銅原子と酸素原子とで構成されるCuO2 面が共通に存在し、この面内の酸素の動きが高温超伝導の発現に重要な役割を果たしていると考えられている。本研究では、銅原子と酸素原子の結合距離の変化を伴う、結合伸縮モードと呼ばれる格子振動を測定している。

 


 

図4 測定された結合伸縮モードの分散関係
図4 測定された結合伸縮モードの分散関係

Sr 濃度の増加とともに、ソフト化(エネルギーの低下)が大きくなっていることが分かる。

 


<用語解説>

    酸化物高温超伝導体
     超伝導体とは、ある温度以下で電気抵抗がゼロになる状態を示す物質のことをいい,この温度のことを臨界温度又は超伝導転移温度(TC)と呼ぶ。超伝導が初めて見いだされたのはTC=4.15 K(-269°C)の水銀である。オランダのカマリン・オンネスが1911年に発見した。単一の原子からなる金属では,Pb(鉛),Nb(ニオブ)などがそれぞれ7 K,9 K以下で超伝導体となる。酸化物高温超伝導体とは、銅酸化物を含む色々な物質で発見されたTCの高い酸化物の超伝導体のことで,単体元素の超伝導体に比べてがTCが高いことが特徴である。1986年にスイスでペトノツとミューラーによって初めて発見された。水銀などを含む銅酸化物では,TC=150 Kにもなる。
    格子振動
     結晶中の原子(格子)の振動のこと。振動の駆動力は熱であるが、絶対零度においても、不確定性原理から原子(格子)は振動している。
    ペロブスカイト型酸化物
     ペロブスカイト型酸化物(下図)はABO3と表され、周期表にあるほとんどの金属元素がその構成元素となるため、非常に多くの物質が存在する。また、A,Bの組み合わせによって様々な物性(例:強誘電性、超伝導性、プロトン伝導性)を示すため、重要なセラミック材料の一つである。 
    perovskite.gif
    放射光X線非弾性散乱
     物質に入射するX線のエネルギーと試料から散乱されるX線エネルギーとの差を測定することにより、物質内に存在する励起状態を観測するもので、SPring-8のような第三世代大型放射光X線が利用できるようになって可能となった実験手段である。
    正孔
     固体の結晶構造の中の電子が欠落した部分で、あたかも正の電荷を持った電子のようにふるまう。半導体などでは、この正孔が自由電子とともに電荷の移動を担う「キャリア」としての働きをする。本来、固体中は負の電気量を持った電子で満たされているが、結晶の中に不純物を極少量混ぜる事などにより、電子の欠けた点(正孔)ができる。


 

<本研究に関する問い合わせ先>
日本原子力研究所関西研究所 放射光科学研究センター
構造物性研究グループ  水木 純一郎
Tel:0791-58-2635/Fax:0791-58-2740
原研ホームページ:http://www.jaea.go.jp

<SPring-8についての問い合わせ先>
(財)高輝度光科学研究センター
   広報室  原 雅弘
E-mail:hara@spring8.or.jp
Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786