高グリシン血症の原因となるTタンパク質の立体構造を解明- 構造情報からの新たな治療に光 (プレスリリース)
- 公開日
- 2005年07月08日
- BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
平成17年7月8日
国立大学法人徳島大学
国立大学法人大阪大学
国立大学法人熊本大学
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
・ Tタンパク質の構造が原子レベルで明らかにされ、Tタンパク質の異常でおきる高グリシン血症の発症メカニズムを、立体構造に基づき解明
・ Tタンパク質が触媒する部分反応の分子レベルでの解明
・ 細菌とヒトのTタンパク質の違いが明らかになり、研究対象としてのヒトタンパク質の重要性を示唆
国立大学法人徳島大学(青野敏博学長)、国立大学法人大阪大学(宮原秀夫総長)、国立大学法人熊本大学(元達郎学長), 独立行政法人理化学研究所播磨研究所(野依良治理事長)は、世界で初めてヒトのグリシン※1開裂酵素系Tタンパク質の立体構造を決定し、ヒトの遺伝病である高グリシン血症を引き起こすメカニズムを分子レベルで解明しました。徳島大学分子酵素学研究センターの池田和子助手、藤原和子助教授、本川雄太郎名誉教授、大阪大学蛋白質研究所保坂晴美・吉村政人両特任研究員、山下栄樹助手、中川敦史教授、熊本大学藤間祥子助手、理研播磨研究所(飯塚哲太郎所長)メンブレンダイナミクス研究グループ翻訳後修飾による動的調節機構研究チーム谷口寿章チームリーダー(徳島大学教授)らとの共同研究成果です。 (論文) |
1.背 景
グリシン開裂酵素系はP、H、TおよびLタンパク質で構成される複合酵素系で、生体内でグリシン分解反応を触媒します。先天性代謝異常症の一つである高グリシン血症患者では、この酵素系のPあるいはTタンパク質の遺伝子に変異が認められ、分解されなかったグリシンが体液中に高濃度に蓄積し、痙攣、無呼吸症など様々な神経症状を呈します。患者は新生児期発症型(重篤度が高く生後数週間で殆どが死亡)と後期発症型(神経症状は認められるものの重篤度は幅があり生存可能)に分類されますが、約85%がPタンパク質遺伝子に、のこり約15%がTタンパク質遺伝子に変異を持つことが知られています。これら遺伝子変異と発症型との関係を分子レベルで解明することで、本症の診断、治療に新たな展開が期待されますが、発症メカニズムは、PおよびTタンパク質ともに、これまでは細菌タンパク質の高次構造に基づいたヒトタンパク質モデルからの推測によるものでした。
2.研究手法と研究成果
Tタンパク質は分子量約4万の葉酸依存性酵素で、グリシン※1がPタンパク質によって脱炭酸されて生じたアミノメチル部分(Hタンパク質の補欠分子族※2であるリポ酸※2に共有結合した反応中間体となっている)を、テトラヒドロ葉酸※2を補酵素としてアンモニアとメチレンテトラヒドロ葉酸とに分解します。
今回、ヒトのタンパク質を大腸菌中で組み換え発現させて精製したタンパク質から最大で0.02×0.03×0.7 mm程度の針状結晶が得られました。大型放射光施設(SPring-8)の生体超分子複合体構造解析ビームラインBL44XU(大阪大学蛋白質研究所)で2.0 Åでの回折像が得られ、Pt原子置換体を用いたSAD法※3によって構造を決定しました。またソーキング法※4によって得た補酵素誘導体(5-CH3-H4folate)との結合型の解析と、変異タンパク質の酵素学的分析を併せて行いました。
ヒトTタンパク質は、3つのドメイン※5がクローバー葉状に配置された構造をしており、中央に5-CH3-H4folateが結合する空洞を有します(図1 AとB)。この空洞はいくつかの張り巡らされた水素結合ネットワークで支えられていて、高グリシン血症で変異が同定されたアミノ酸の多くが、これらネットワークを中心的に支えていることが明らかとなりました(図2)。加えてこれらアミノ酸は、触媒反応、補酵素との結合、全体構造の維持などそれぞれ固有の役割を果たしていて、アミノ酸の変異により、それらの機能が障害されて程度に差のある発症に至る事が示唆されました。例えば、Asp248※6のヒスチジンへの置換はTタンパク質の全体構造に大きな変化をもたらしますが、Gly241※6のアスパラギン酸あるいはArg292※6のヒスチジンへの置換は局所的な変化をきたします。Tタンパク質の変異のうち最も頻度の高いArg292のヒスチジンへの変異体は、生理的基質である5,10-CH2-H4PteGlu4に対する親和性が200分の1近くまで低下するものの、十分な濃度があれば酵素活性は野生型と殆ど変わらないことが分かりました。つまり、診察により、Arg292のヒスチジン置換が発見されれば5,10-CH2-H4PteGlu4を高める治療法の開発が考えられるのです。
細菌のTタンパク質の構造からの類推では、患者で変異が認められるGly241, Asp248, Arg292の3つのアミノ酸残基が同一の水素結合ネットワークを構成していると結論づけられましたが、実際にはAsp248とGly241、Arg292は別の水素結合ネットワークに属しており、上述のように役割も異なることが示唆されました。
3.今後の展開
今回ヒトTタンパク質の結晶構造解析を行い、変異タンパク質の酵素学的分析と併せて、酵素反応機構および発症メカニズムの分子レベルでの解明に成功しました。Tタンパク質はHタンパク質と1:1の複合体を形成します。今回得られたヒトTタンパク質の構造にマメのHタンパク質をカップリングさせたところ、構造的にマッチし、反応機構をうまく説明できるモデルが得られました。今後、反応中間体(アミノメチルリポ酸)を持つHタンパク質とTタンパク質および葉酸誘導体からなる複合体を結晶化して、構造と反応機構を分子レベルで検証する必要があります。
また、ヒト由来のTタンパク質から構造を解析、発症メカニズムの解明に成功したことで、高グリシン血症への治療法に大きく貢献することでしょう。
<参考資料>
これらアミノ酸残基の多くが葉酸補酵素が結合する空洞に面していて、触媒反応、補酵素との結合、全体構造の維持などそれぞれ固有の役割を担っている
N末端側とC末端側を貫通するトンネルがあり,ここに葉酸補酵素が位置する
<補足説明>
- ※1. グリシン
グリシン (NH2CH2COOH) は、体内に含まれるアミノ酸の中で、最も単純な形を持つアミノ酸。多くの種類の蛋白質では、グリシンはわずかしか含まれていないが、ゼラチンやエラスチンといった動物性蛋白質のうち、コラーゲンと呼ばれるものに多く含まれる。
- ※2. 補酵素、葉酸、テトラヒドロ葉酸、補欠分子族、リポ酸
酵素のタンパク質部分に可逆的に結合して酵素作用を助ける補因子で非タンパク質性の低分子化合物。Tタンパク質の場合、葉酸(ビタミンの一つで抗貧血因子)の還元型であるテトラヒドロ葉酸を補酵素とする。また酵素のタンパク質部分に共有結合している補因子を補欠分子族と呼び、リポ酸がHタンパク質の補欠分子族である。
- ※3. SAD法
通常,タンパク質のX線結晶構造解析では,ネイティブ結晶と1つ以上の重原子誘導体の測定データ,あるいは,2つ以上の異なる波長での重原子誘導体の測定データを必要とする.しかし今回の構造解析では,1つの白金誘導体の結晶を用いて,SAD法と呼ばれる1つの波長での測定データのみを用いた位相決定法により構造解析に成功した.この方法は,データ収集に要する時間と労力を減らすことができるが,高い精度の回折強度データ収集を必要とする。
- ※4. ソーキング法
低分子化合物が結合したタンパク質の結晶を得る方法の一つ。タンパク質の結晶を低分子化合物を含む溶液に浸して結合させる。
- ※5. ドメイン
タンパク質を構成している基本構造のこと。
- ※6. Gly241, Asp248, Arg292
タンパク質の中のアミノ酸の種類と番号を示す。それぞれ241番目のグリシン、248番目のアスパラギン酸、292番目のアルギニンを表す。いずれも高グリシン血症患者で変異が同定されたアミノ酸残基である。
<本研究に関する問い合わせ先> 国立大学法人大阪大学・蛋白質研究所・プロテオミクス総合研究センター 国立大学法人大阪大学・蛋白質研究所・プロテオミクス総合研究センター 独立行政法人理化学研究所・播磨研究所・メンブレンダイナミクス研究グループ 独立行政法人理化学研究所・播磨研究所 <報道担当> 独立行政法人理化学研究所 広報室 <SPring-8についての問い合わせ先> |
- 現在の記事
- 高グリシン血症の原因となるTタンパク質の立体構造を解明- 構造情報からの新たな治療に光 (プレスリリース)