わずかな構造変化でタンパク質が獲得する機能のメカニズムを解明- 剛体変化と局所変化の2成分に分類する新構造評価方法を確立 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2005年07月20日
- BL44B2(理研 物質科学)
- BL45XU(理研 構造生物学I)
平成17年7月20日
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
・ 実在が証明されていなかったHalf-of-the-sites reactivity現象を初めて捉える
・ タンパク質の微小な構造変化を評価する新方法「多重重ね合わせ法」を確立した
・ 新しいAIDS治療薬の開発につながる可能性がある
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、タンパク質の微少な構造変化を捉える新しい方法を導入し、新薬開発にもつながる新しいタイプの酵素反応メカニズムを、酵素の結晶構造解析結果により解明しました。播磨研究所先端タンパク質結晶学研究グループ多量体タンパク質構造解析研究チーム(国島直樹チームリーダー)等による研究成果で、この研究は、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」の一環として実施したものです。 (論文) |
1.背景
生体内でさまざまな働きをするタンパク質の中には、単一のポリペプチド鎖※2がいくつか規則正しく会合※3 した多量体をつくって初めて機能を発揮するものが数多くあります。この多量体の形成は、生物学的に極めて重要であるとともに形成メカニズム解明の研究が盛んに行われています。多量体タンパク質構造解析研究チームでは、タンパク3000プロジェクトの一環として、好熱細菌の一種で原子生物学のモデル生物として注目されているThermus thermophilus HB8※4や超好熱古細菌の一種Pyrococcus horikoshii OT3※5といった好熱生物由来タンパク質の結晶構造※6を決定し、これらの立体構造のデータを活用してタンパク質の多量体化とタンパク質機能との相関関係を体系的に解明することを目指した研究を展開しています。
今回結晶構造を決定した多量体タンパク質は、このタンパク質に特異的なリガンド※7が結合する際に引き起こされるわずかな構造変化により、大きなリガンドの効果的な認識などの機能を獲得しています。しかし、この構造変化が小さすぎるため、従来の構造評価方法では機能との因果関係を調べることができませんでした。そこで当チームでは、「多重重ね合わせ法」という新しい構造評価方法を導入し、構造の変化と獲得する機能の関係を明らかにする事にしました。
2.研究手法と成果
本研究で明らかにしたのは、35年以上も前から理論的に存在が予測されていたにもかかわらず実在が確認されていなかった「Half-of-the-sites reactivity」と呼ばれる現象です。この現象は、会合して働く多量体酵素において、複数ある活性部位のうち半数しか使わないという、一見無駄にも見える現象です。
対象としたタンパク質は、生分解性プラスチックの分解に関与することで知られている酵素「アシルコエンザイムAチオエステラーゼPaaI」で、4量体と呼ばれる会合状態をとり、大きなリガンドであるアシルコエンザイムA※8を効果的に認識し、その分解反応を触媒するという酵素機能を発揮しています。今回、大型放射光施設(SPring-8)の理研構造生物学 II ビームラインBL44B2及び理研構造生物学 I ビームラインBL45XUを用いてX線回折データを取得し結晶構造を決定したところ、その結晶構造は4量体に4箇所存在する活性部位のうち2箇所にしかリガンドを結合していませんでした(図1)。このことは酵素反応中に起きる非対称なリガンド結合を結晶中にキャッチしたことを示していて、Half-of-the-sites reactivity現象の実在を酵素で初めて明らかにしたことになりました。
これまでHalf-of-the-sites reactivity現象は、リガンドの結合による多量体タンパク質の構造変化が原因で引き起こされるであろうと予想されていました。今回解析した酵素においても、当研究チームによる様々な異なる結晶型※9の検討や関連酵素の結晶構造との比較からその可能性が示唆されました。しかし4量体の4つのサブユニット※10を別々の剛体とすると、サブユニット間相対配置変化は回転角度にして2度程度と小さく、従来の構造評価方法では機能との因果関係を十分説明することはできませんでした。そこで研究チームでは、構造変化を剛体変化と局所変化という2つの成分に分類し、多量体タンパク質の微小な構造変化を精密に調べ、データ化することにしました(多重重ね合わせ法;図2)。
その結果、リガンド結合と4つの活性部位の構造変化に明らかな協同性※11が認められました。すなわち、2つのリガンド分子が4量体の2つの活性部位に結合することで発生する2度程度のサブユニット間の剛体変化が、残りの2つの活性部位の構造に影響を及ぼし、それ以上のリガンド結合を妨げていました(非対称な誘導適合機構※12;図3)。このことは、対象とした酵素PaaIが、その非対称誘導適合機構によってHalf-of-the-sites reactivity現象を引き起こすことを証拠付ける結果となりました。多量体酵素の非対称誘導適合機構には、大きなリガンドの効果的な認識や、残った活性部位へのエフェクター※13結合による酵素反応調節などの生物学的意味があると考えられ、さらに立体構造を利用したタンパク工学などの研究が飛躍すると考えられます。
3.今後の期待
研究チームでは、今回導入した手法を様々な多量体タンパク質に適用することで、多量体化とタンパク質機能の相関関係を体系的に解明することを目指しています。その結果得られる成果は、多量体タンパク質の未知の機能を制御したり新薬を開発したりすることに大いに役立ちます。例えば、本研究でとりあげた4量体酵素PaaIのヒトにおける類似タンパク質であるIII型チオエステラーゼ※14は、HIVの感染により活性化されることが知られ、今回解明された非対称誘導適合機構は、その活性化に関係している可能性があり、従って新しいAIDS治療薬の開発につながると期待されます。
<参考資料>
リガンドであるコエンザイムAを2分子結合したPaaIタンパク質4量体の結晶構造をリボン図で示した。4つのサブユニットは色分けで区別し、リガンド分子は空間充填モデル(球が連なったもの)で描いてある。4箇所ある活性部位のうち2箇所だけにリガンド結合が見られる。
剛体変化: |
局所変化: |
剛体変化リガンド方向成分: |
局所変化リガンド方向成分: |
O: 回転中心 |
L: 一次重ね合わせ後のリガンド原子 |
P: 一次重ね合わせ後のリガンド認識原子 |
S: 二次重ね合わせ後のリガンド認識原子 |
R: 対照のリガンド認識原子 |
図2 多重重ね合わせ法
多量体タンパク質にリガンドが結合したことによる構造変化を精密に記述する多重重ね合わせ法の原理を模式的に示した。一言で表現すると、リガンド未結合タンパク質の立体構造とリガンド結合タンパク質の立体構造との間で、対応する原子の重ね合わせを複数順序立てて行うことにより、多量体タンパク質で起こる複雑な構造変化をいくつかの成分に分解する。例えば、まず一次重ね合わせにより、リガンド結合タンパク質を対照のリガンド未結合タンパク質に分子全体で重ね合わせた後、各々のサブユニットで二次重ね合わせを行う。リガンド分子中の1原子(リガンド原子)を認識しているタンパク質分子中の1原子(リガンド認識原子)に注目すると、一次と二次の間の認識原子移動はサブユニットを剛体と考えたときの対照原子からの配置変化(剛体変化;SP)を、二次重ね合わせ後の認識原子と対照原子間の差はサブユニット内部の局所的な変形(局所変化;RS)を意味する。さらに、リガンド原子と認識原子の相対位置に注目すると、剛体変化および局所変化により、認識原子が正味リガンド原子に接近した分(リガンド方向成分;SP及びRS)を計算できる。
PaaIタンパク質4量体とそのサブユニットの構造変化(剛体変化)を模式的に示した。卵型をした4量体の4分の1がひとつのサブユニットである。サブユニット中の丸印は酵素の活性部位を意味する。リガンドであるコエンザイムA分子はこん棒状の物体として描いてある。一番左のリガンド未結合型を構造変化の対照とし、中央の2つリガンドが結合した結合型(2タイプある)において各サブユニットがどれだけ剛体として動いたかを調べた。結合型における青い輪郭のサブユニットでは比較的大きい剛体変化が起きている。それら主な剛体変化(2度程度)のおおまかな回転軸および回転方向をサブユニットに合わせて示してある。これらの剛体変化が残り2つの活性部位の構造に影響を及ぼし、それ以上のリガンド結合(一番右の型)が妨げられる。
<用語解説>
- ※1 アシルコエンザイムAチオエステラーゼPaaI
生分解性プラスチックの構成要素であるフェニル酢酸と呼ばれる物質の分解に関与するタンパク質で、今回の研究でフェニル酢酸の代謝中間体であるフェニルアセチルコエンザイムAを分解する酵素活性を持つことが確かめられた。
- ※2 ポリペプチド鎖
アミノ酸がペプチド結合と呼ばれる共有結合で鎖状につながった分子を指す。
- ※3 会合
ポリペプチド鎖どうしが水素結合やファンデルワールス相互作用などの非共有結合的な相互作用で寄り集まることを指す。
- ※4 Thermus thermophilus HB8
高度好熱菌の一種。高度好熱菌由来のタンパク質は安定で熱に強く、結晶化率も高いため、21世紀の新たな研究分野となる原子生物学(システムズバイオロジー)のモデル生物として期待されている。
- ※5 Pyrococcus horikoshii OT3
超好熱古細菌の一種。理研の元主任研究員堀越弘毅が1992年に発見した。高度好熱菌同様、由来タンパク質は安定で熱に強く結晶化率も高い。真核生物の祖先の1つであると考えられるため、真性細菌である高度好熱菌と並行して網羅的な構造解析を進めることで真核生物タンパク質の基本構造がカバーできると期待される。
- ※6 結晶構造
結晶のX線回折像から得られる物質の立体構造を指す。X線結晶構造解析は原子レベルのタンパク質立体構造を得るための強力な手段であり、SPring-8で得られる強力かつ良質なX線は信頼性の高い構造決定に役立つ。
- ※7 リガンド
タンパク質に特異的に結合する物質の総称で、酵素の基質や生成物、反応を調節するエフェクターなどが含まれる。低分子量物質の場合もタンパク質のような高分子量物質の場合もある。
- ※8 アシルコエンザイムA
生体内における重要な補酵素であるコエンザイムAに様々な生理活性物質がチオエステル結合と呼ばれる共有結合により結合した物質の総称。分子量は1000程度で、リガンドとしては大きい部類に入る。PaaIは、その一種であるフェニルアセチルコエンザイムAをリガンドとして結合し分解する。
- ※9 結晶型
タンパク質結晶はタンパク質分子が規則正しく詰め込まれる(パッキングする)ことで形成されるが、同じタンパク質でもパッキング様式の違いにより異なる結晶ができることがあり、これを結晶型の違いと呼ぶ。異なる結晶型から得られた複数の結晶構造を比較することで、タンパク質分子の構造変化を多角的に検討することができる。
- ※10 サブユニット
多量体タンパク質を構成する各々のポリペプチド鎖を指す。
- ※11 協同性
ここでは多量体タンパク質において1つのサブユニットの構造変化が他のサブユニットの機能に変化をもたらすことを指す。他のサブユニットの機能を促進する場合を正の協同性、抑制する場合を負の協同性という。本研究で見られたものは極端な負の協同性と考えることができる。
- ※12 誘導適合機構
タンパク質の構造がリガンドの結合によって活性型に変化するメカニズムを指す。本研究で見られたものは極端な負の協同性を伴った新しいもので、非対称誘導適合機構と呼ぶ。
- ※13 エフェクター
タンパク質の機能を調節する働きをするリガンドを指す。
- ※14 III型チオエステラーゼ
PaaIと同様、アシルコエンザイムAを分解する酵素活性を持つが、立体構造はまだ決定されていない。HIVの主な病原因子であるNefタンパク質により活性化を受けるため注目されている。
<本研究に関する問い合わせ先> (報道担当) <SPring-8についての問い合わせ先> |
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