高温超伝導のメカニズム解明に新たな展開- 放射光X線によって超伝導をもたらす電子状態のベールを剥ぐ -(プレスリリース)
- 公開日
- 2005年08月10日
- BL11XU(JAEA 量子ダイナミクス)
平成17年8月10日
日本原子力研究所
国立大学法人東北大学
日本原子力研究所(理事長 岡俊雄)及び国立大学法人東北大学(総長 吉本高志)は、共同で、大型放射光施設(SPring-8)の原研材料科学 II ビームラインBL11Xの放射光X線を用いて、ペロブスカイト型酸化物の高温超伝導現象を起こしている電子励起状態の直接観測に成功し、電子が強い相関を持った異常金属状態が超伝導を起こす重要な鍵であることを確認した。この強い相関を持った電子の正体の詳細がつかめれば、電子同士を引き付ける機構が解明され、室温で超伝導が起こる物質創製の可能性が高まると期待できる。これは、日本原子力研究所 石井賢司研究員、東北大学金属材料研究所 筒井健二博士らによる成果である。 ペロブスカイト型の結晶構造を持つ銅酸化物がある温度 (転移温度: TC) 以下で電気抵抗が零になる超伝導現象が1986年に発見され、20年近くが経過したが、そのメカニズムは十分には理解されておらず、実験・理論の両面からチャレンジしなければならない現代物理のフロンティアの問題となっている。 (論文) |
1.背景
超伝導は、ある温度 (転移温度: TC) 以下で電気抵抗が零になる現象を言い、リニアモーター等は、絶対零度(-273℃)付近、極限の低温下で金属の電気抵抗が零になるそのような現象を利用したものである。超伝導現象の魅力は、室温で超伝導が発現する物質ができると電気エネルギーを全くロスすることなく送電することが可能となり、エネルギー革命が実現することである。
しかし1986年、ベドノルツ・ミューラーがLa系酸化物による超伝導体を発見するまでは、転移温度が最高でも23.2 K(-250℃)であった。ミューラーによって約40 Kの超伝導酸化物が発見されてから続々とTCが40 Kを越える銅酸化物が発見され、現在は約150 KのTCを持つものが発見されている。窒素の液化温度(77 K)を超えるものは、金属系超伝導体と比較して転移温度が著しく高い事から高温超伝導体と呼んでいる。図1に銅酸化物高温超伝導体の結晶構造および転移温度の歴史的変遷を示す。いくつかの銅酸化物で高温超伝導体が発見されているが、その特徴として、
(1) 絶縁体である母物質に電子や正孔をドーピングすることで超伝導になる。
(2) 2次元のCuO2面を持っている。
が挙げられる。なぜこのような高い転移温度を持つのかは、発見以来20年近く経った今も、物質科学の重要テーマとして研究が行われている。その発現メカニズムに関しては、未だ確定した見解が得られていない。
2.実験概要
原研が設置した共鳴非弾性X線散乱実験装置の写真及びその概念図を図2に示す。この装置の特徴は、入射X線エネルギー幅を狭くできる分光器と、試料で散乱されたX線のある特定エネルギーだけを検出器に入れることのできるアナライザーを有していることである。本装置をSPring-8の原研材料科学 II ビームラインBL11XUに設置し、銅酸化物超伝導体の母物質で、正孔をドーピングすることによって超伝導が発現するYBa2Cu3O7-δ(δは、直接は酸素欠損量であるが正孔のドーピング量と関係する)、電子をドープすることによって超伝導が発現するNd2-xCexCuO4(xがドーピング量を表す)で、それぞれ最高のTCを持つδ=0.05, x=0.15の単結晶試料を準備し、超伝導を担う電子のエネルギーと運動量状態を同時に直接、観測することに成功した。なお、試料の製作は、それぞれ、国際超電導産業技術センター田島研究室、東北大金属材料研究所山田研究室により行われた。
3.実験データ・成果
1.YBa2Cu3O7-δの場合:
δの変化に対する相図を図3に示す。δを1から減少させてくると約0.7から超伝導が発現する。今回実験したものは、δが0.05で、TCは93 Kの超伝導体である。この結晶構造の特徴は、単位胞内に2次元のCuO2面と1次元のCu-O鎖があり(図1参照)、δを大きくするということは、Cu-O鎖の酸素を抜いていくことになる。電子の運動状態の異方性に関連してCuO2面とCu-O鎖に関わる電子状態を区別して観測することに成功した。
図4は、共鳴非弾性X線散乱強度の方向依存性を見た実験結果、理論計算を示す。実験データは電子の運動量状
態 が(0, π)、エネルギーが約2eVのところ(緑円内)で鋭いピークが観測されている。理論計算でもCu-O鎖での電子の運動量状態が(0, π)、エネルギーが約2eVのところで鋭いピークが現れている。
同じように運動量状態が(π, π)のところでも実験と理論とが良い一致を示している。これに引き換え、運動量状態が(π, 0)の方向では全体に幅の広いスペクトルが実験で観測され、理論計算もそのような傾向が予測されている。
実験で得られた(0, π)での鋭いピークはCu-O鎖の電子状態からの寄与であるとする異方的な電子相関を取り入れた理論計算が予測するものと一致している。このように、理論計算と比較することによって超伝導をもたらす電子の運動状態をCuO2面とCu-O鎖とを分離して観測したのは世界で初めてである。この結果からCuO2面とCu-O鎖上での電子の間に働く相互作用は、前者のほうが強いことが判り、更なる詳細な実験を進めることによって、CuO2面やCu-O鎖が超伝導特性にどのような働きをしているのかを解明できるものと期待できる。
2.Nd2-xCexCuO4の場合:
図5にNd2-xCexCuO4の相図および結晶構造図を示す。この結晶構造から解るようにNd2-xCexCuO4もまたCuO2の2次元面を持っている。Nd2-xCexCuO4は電子ドープ系として知られており、Nd, Ceがそれぞれ3価、2価の元素であるため、xを増やしていくことは、結晶構造図に示されるCuO2面に電子をドーピングしていくことになる。実験に用いた試料は、x=0.15、TCが25 Kの超伝導体でる。
実験で観測された、散乱ベクトルの方向によってエネルギースペクトルが変化する様子を図6(上)に示す。図で赤色は散乱X線強度が強いことを表す。運動量状態(q)が(0,0)付近で、~2eVを中心にした強いピークが観測され、また、電子の伝播する方向が(π,0), (π,π)の両方において、qが大きくなるにつれてスペクトルの中心が高いエネルギーにシフトしていきながらスペクトルの幅が広くなっていくと言う特徴が観測されている。重要なことは東北大金属材料研究所前川教授のグループの筒井健二博士らによって開発された異方的な電子相関を取り入れた理論計算がこの実験データを定量的に説明できることである。
このように実験と理論計算でよい一致が得られたということは、超伝導をもたらしている電子は、金属状態で非常に強く相互作用をしている「異常金属」状態であることを実験的、理論的に確認したことになり、今後の超伝導体開発に重要な知見を与えたことになる。
<参考資料>
・X線をプレモノクロメータ(図ではダイヤモンド111)で~2eVのエネルギー幅の単色X線に整形。
・モノクロメーターでは2枚のSi結晶によって∼100meVのエネルギー幅の狭い単色X線にする。
・ミラーで横方向100μのビームサイズに整形、結晶に入射。
・試料によって散乱されたX線は、球面に整形されたアナライザー結晶(図ではGe)でX線エネルギーが選択されかつ検出器位置に集光され散乱強度として観測される。
図2 共鳴非弾性X線散乱装置の写真と概念図
図4 共鳴非弾性X線散乱強度の方向依存性を見た実験データと理論計算
図中、(0,π)、(π,π)等の記号は散乱ベクトル(入射X線の運動量ベクトルと散乱X線の運動量ベクトルとの差)の方向を意味する。
<用語解説>
ペロブスカイト型酸化物:
ペロブスカイトはロシアの鉱物学者 Aleksevich von Perovski にちなんで命名されたCaTiO3の鉱物名であり、一般にABX3の結晶構造で表現される。そして、AイオンとBイオンの原子価が足して平均で3価になるような組み合わせで構造が成立っている。代表的な化合物としてはセラミックコンデンサーに使われているBaTiO3が有名である。
異常金属状態:
通常の金属状態では電子が近似的に相互作用をしていないものとして取り扱うことができるが、異常金属状態では電子同士が強く相互作用をしながら電子が電荷を運んでいる状態をいう。
母物質:
発見されている酸化物高温超伝導体は、ペロブスカイト型構造ABX3のままでは絶縁体であり、これを母物質と呼んでいる。このA-サイトに価数の異なる原子を置換していれることにより正孔や電子を導入することになり超伝導が発現する。
共鳴非弾性X線散乱法:
X線を物質に入射すると、そのエネルギーの一部が物質内の電子の励起に使われ、残りのエネルギーが再びX線として放出される。このときの放出されたX線のエネルギーと放出された方向を観測することによって電子のエネルギー状態と運動量状態を同時に計測する方法を非弾性X線散乱法という。更に、SPring-8のような第三世代大型放射光源からの指向性が高く且つ絞られたX線のエネルギーを、ある原子の電子凖位に合わせる事によって原子上の電子を選択的に強く励起し、放出されるX線エネルギー及び方向を観測して電子のエネルギー及び運動量を測り、電子状態の全体像を解明する実験方法を共鳴非弾性X線散乱法という。
エネルギー状態、運動量状態:
物質中の電子の状態を表すには、量子力学的に表すことによって電子の性質が良く理解できる。すなわち電子を波として考え、電子の進む方向とそのときの波長を示したものが運動量状態で、そのときの電子の持つエネルギーをエネルギー状態という。
X-Ray PHYSICS のゴードン会議:
アメリカのゴードン財団がサポートする歴史ある会議(1931~)で、テーマ別に100以上の会議が毎年開催される。会議は、研究実績の高い研究者を、参加者として100名程度に絞り、それぞれに2~3つのトピックスが選ばれる。トピックスには、discussion leaderが選ばれ(招待され)最近の研究を紹介しながらそのトピックスの分野の世界の情勢を概観し、招待講演者の研究の概要、講演後の討論を主催する。
X-RAY PHYSICSは、1987年に第1回目が開始され、放射光の発展とともに活発になってきた。今回は第15回目である。
<本研究に関する問い合わせ先> <SPring-8についての問い合わせ先> |
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