金属と絶縁体のミクロな混合状態の画像化に成功- 均一な有機物質が示す不均一な金属絶縁体電子相分離状態の実空間画像化 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2005年08月10日
- BL43IR(赤外物性)
平成17年8月10日
東北大学金属材料研究所
財団法人高輝度光科学研究センター
東北大学金属材料研究所の佐々木孝彦、米山直樹、鈴木篤、小林典男と(財)高輝度光科学研究センターの池本夕佳、木村洋昭の共同研究チームは、室温では均一な金属である有機物質が、低温では数10マイクロメーターの大きさの複雑な島状構造をした金属と絶縁体が分離混合した状態(相分離(1))になる様子を実空間画像化することに成功しました。今回の成果は、島状構造、相分離状態の制御が可能になることで電気的に巨大な変化を生み出すことを示しており、新たな概念の有機エレクトロニクスデバイス開発に結びつくことが期待されます。 |
現在、次世代エレクトロニクス材料を開拓する方向として、強相関電子系と呼ばれる物質群、たとえば遷移金属酸化物や有機物質の研究が進められています。強相関電子系物質では、相互に強く影響を及ぼしあった電子の集団が、電気、磁気、光学的に大きな応答性、たとえば超伝導や金属・絶縁体転移など、を示します。これらの現象の解明、開拓は、これまでの概念にはない新しい電子デバイス材料の創製に結びつくものとして、基礎、応用研究が推進されています。
近年、非従来型の高温超伝導や巨大磁気抵抗効果を示す遷移金属酸化物において、ナノメートルスケールの不均一な電子状態が観測され、超伝導や磁気抵抗効果の発現との関連から注目を集めています。この不均一な電子状態は、2元系金属合金における組成が異なる2相の共存による相分離とは異なり、化学組成が均一な構造上で強相関な電子が性質の異なる相となり空間的に共存していると考えられています。
有機物質κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br(図1)は、強相関電子系物質の一つです。この物質は、金属・絶縁体転移の極近傍で、組成的には均一でありながら、金属と絶縁体が島状に分離混合した状態(相分離)になることが示唆されていましたが、実空間で画像化することができませんでした。
今回、佐々木孝彦、米山直樹、鈴木篤、小林典男(東北大学金属材料研究所)、池本夕佳、木村洋昭((財)高輝度光科学研究センター)らは、有機物質の性質を精密に制御する合成手法と、金属・絶縁体状態を空間画像化する新しい測定手法を開発することにより、数10マイクロメーターの大きさの複雑な島状構造を実空間画像化(図2)することに成功しました。また、この金属と絶縁体の相分離状態は、系統的な重水素置換による物質制御の結果、金属・絶縁体転移(3)の極近傍(図3、赤い曲線の近傍、黄色いタイル状の領域で表示)でのみ存在することも明らかになりました。
この有機物質で現れる相分離現象は、物質中の多数の電子が強い反発力を互いに感じることで電子が動けなくなる絶縁状態(モット絶縁体と呼ばれる)と、電子が動きやすくなった金属状態との間で1次の相転移(4)という変化が生ずることで引き起こされていると考えられます。1次相転移は、水と氷の間の融解、凝固などに見られ、そこでは過冷却になると水と氷の共存状態が実現しています。今回の発見は、いわば電子の水(金属)と氷(絶縁体)の共存を画像化することに成功したものです。
室温では均一な金属である有機物質κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brは、低温では、わずかな圧力や分子の置換により、電気的に金属な状態と絶縁体の状態の間を転移(モット金属・絶縁体転移(3))することができます(図3参照)。今回は、構成分子の1つで、この物質の電気的性質をつかさどるBEDT-TTFという分子(5)の水素原子を重水素化した分子で一部を置換することにより(図1参照)、モット金属・絶縁体転移の境界近傍に位置するように物質制御を行いました。このように制御された有機物質において金属と絶縁体が空間分布している様子を観察するために、最先端の大型放射光施設(SPring-8)で得られる高輝度で指向性の高い赤外光(赤外物性ビームラインBL43IR)を利用することにより、局所的な赤外反射スペクトルの2次元走査測定が可能になりました。このとき金属、絶縁体状態を判定するプローブとして、有機物質に特徴的な分子の性質 - 電子状態変化に敏感な周波数変化を示す分子振動(6) - を巧みに利用した新しい画像化手法を開発することが重要でした。
この発見は、強相関電子系としての有機物質における金属・絶縁体転移のメカニズム解明に重要な指針を与えるとともに、今回開発した電子状態の実空間画像化の手法は、原子分解能をもつ走査型トンネル顕微鏡(STM)などと相補的に、より広い領域の電子状態を画像化する新手法として他の物質解析、評価分野への波及効果も期待されます。また、有機物質の金属・絶縁体状態の研究は、大きな応答性を利用した新しい電子デバイス機構の実現を目指していますが、今回発見した金属・絶縁体の島状構造を制御することで応用面での発展にも寄与することが期待されます。
<参考資料>
<用語解説>
(1) 相分離:
異なる性質をしめす領域が空間的に分離しながら共存している状態。融かしたハンダ(すずと鉛の合金)などを冷却するときに、組成の異なる複数の相として分離共存するなどとして見られる。
(2) 強相関電子系:
物質中の電子は、強い反発力(クーロン反発力)を互いに感じながら(相互作用という)、動き回っている。通常の金属ではこの相互作用が遮蔽効果により実効的に弱くなっている。しかし、ある種の遷移金属や希土類金属の化合物や有機物質では、電子間の強い反発力がその物質の性質に直接反映され、種々の特異な物性を生み出している。これらの電子を有する系を強相関電子系という。銅酸化物による高温超伝導体中の電子などがその例であり、現在の物性物理学研究における中心テーマのひとつである。
(3) モット金属・絶縁体転移:
強相関電子系において物質中の電子が強い反発力を互いに感じることにより動けなくなる電気的な絶縁状態(モット絶縁体という)と、圧力や原子、分子の置換等で電子の間で動こうとする力が勝った電気抵抗の小さい金属状態の間での変化。
(4) 1次の相転移:
原子や分子、電子などが多数集まって集団としての性質を有するようになった状態を相という。たとえば水分子(H2O)が多数集まった、水(液体相)、水蒸気(気体相)、氷(固体相)などである。これらの相の間で変化することを相転移という。この相転移のときに体積やエントロピーが不連続的に変化する場合(自由エネルギーの1階微分が不連続) を1次の相転移といい、水と氷の間の融解、凝固などに見られ、そこでは過冷却になると水と氷の共存状態が実現する。
(5) BEDT-TTF分子:
炭素、硫黄、水素からなる平板状の分子。(図1参照) 多くの金属的な電気伝導や超伝導を示す有機物質の主要構成分子のひとつ。
(6) 分子振動:
分子内の原子は、互いの結合により、特徴的な振動の様式、振動数で振動する。光(電磁波)を当てると、個々の分子振動に対応する周波数のエネルギーを吸収するため、光の吸収、反射を測定することで分子振動に関わる原子、またその結合の仕方や分子の構造とその数などを知ることができる。
<本研究に関する問い合わせ先> (財)高輝度光科学研究センター <SPring-8についての問い合わせ先> |
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