生命の遺伝暗号表を構築するタンパク質の立体構造を解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2005年09月12日
- BL26B1(理研 構造ゲノムI)
- BL41XU(構造生物学I)
平成17年9月12日
国立大学法人東京大学
独立行政法人理化学研究所
東京大学は独立行政法人理化学研究所(理研)と共同で、生命の遺伝暗号表を構築しているアミノアシルtRNA合成酵素のうちの1つ、ロイシルtRNA合成酵素(LeuRS)とロイシン用tRNAの複合体の立体構造を、大型放射光施設(SPring-8)を利用して決定した。LeuRSがどのようにロイシン用tRNAを認識しているかが明らかになり、生命の遺伝暗号表の構築原理が1つ理解された。 (論文) |
生物の生命活動をおもにコントロールしているのは、タンパク質である。タンパク質は、わずか20種類のアミノ酸(ロイシンやグルタミン酸など)からできており、DNAの遺伝情報にもとづいて合成される。この過程を翻訳と呼ぶ。翻訳のときには転移RNA (tRNA) が仲介役となってDNAの塩基情報をタンパク質のアミノ酸と結び付ける。翻訳が規則正しく行われるためには、特定のアミノ酸が、対応するtRNAと正しく結びついていなければならない。その両者を選び出して結合させるのがアミノアシルtRNA合成酵素と呼ばれる酵素群である。すなわち、この合成酵素が(1)アミノ酸と(2)tRNAを規則正しく対応させることによって、遺伝暗号表が構築されているわけである。
20種類のアミノ酸に対応する合成酵素のうち、ロイシンに対応する合成酵素をロイシルtRNA合成酵素(LeuRS)と呼ぶ。LeuRSは(1)ロイシンと(2)ロイシン用tRNAを認識して両者を結合させる。正確な遺伝暗号表が成立するためには、LeuRSはロイシン用tRNAのみを認識して、別のアミノ酸用のtRNAは認識してはならない。しかし実際にどのような仕組みでLeuRSがロイシン用tRNAを認識しているのかは分かっていなかった(謎1)。ロイシンをロイシン用tRNAに結合させる反応はLeuRSの中の「アミノアシル化ドメイン」で起こる。しかし、LeuRSは数千回に一回の割合でイソロイシンという、ロイシンによく似たアミノ酸を誤って認識してしまい、ロイシン用tRNAに結合させてしまう。こんな時、LeuRSは自ら犯してしまった「エラー(イソロイシン)」を直ちに認識し除去する「エラー除去装置」を備えている。具体的にはLeuRSの「校正反応ドメイン」が「エラー除去装置」としてはたらき、ロイシン用tRNAに誤って結合したイソロイシンを切り離すのである。しかしこれまで、アミノアシル化ドメインでロイシン用tRNAにイソロイシンが誤って結合させられた後、どのようにそのイソロイシンが校正反応ドメインへと運ばれるのかは分かっていなかった(謎2)。そこで我々はこの2つの謎を解くために、LeuRSがロイシン用tRNAを認識する様子を明らかにすることを試みた。
東京大学(理学系研究科)と理研(ゲノム科学総合研究センター、タンパク質構造・機能研究グループ)はこのたび、LeuRSがロイシン用tRNAと結合した状態での複合体立体構造を、大型放射光施設(SPring-8)の構造生物学 I ビームラインBL41XUおよび理研構造ゲノム I ビームラインBL26B1を利用し、0.32 ナノメートルという原子レベルで観測することに成功した(添付資料図1)。
その結果、LeuRSは「C末端ドメイン」と呼ばれる部分で、ロイシン用tRNAに特徴的な突き出た長い「可変アーム」の先端を認識していることが分かった(謎1の解明)。また今回の研究ではtRNAの結合のしかたが微妙に異なる2つの複合体構造を明らかにすることができた。そのうちの一方はロイシン用tRNAにロイシンが結合されようとしている状態をとらえたものであった。もう一方はイソロイシンが誤って結合したロイシン用tRNAの端が、校正反応ドメインへと移動する途中の状態をとらえたものであった。後者の状態のとき、校正反応ドメインが少し位置を変えることでイソロイシンが校正反応ドメインへ向かう通り道がつくられていた。これらの2つの状態間では、tRNA中の非常に重要な塩基部分である「認識決定部位」が動いており、異なる様子でLeuRSに結合していた。つまり、認識決定部位の動きが、誤って結合したイソロイシンが校正反応ドメインへと運ばれるのかどうかを決めるスイッチとなっていたのである。エラーが起きたときのみこのスイッチがOFFからONに切り替わり、LeuRSはエラーを除去装置へと運ぶモードに切り替わるのである(謎2の解明)。
観測された原子構造をもとにして、LeuRSとロイシン用tRNAの結合様式を邪魔するような化合物を設計することができれば、それは生物の遺伝暗号表を破綻させることによりはたらく新規の抗生物質として有用となるだろう。またLeuRSのアミノ酸やtRNAの結合部分を人工的にデザインすれば、新しい遺伝暗号表を構築して新規のアミノ酸をタンパク質に導入することも可能である。今後はそれらの応用研究に力を入れていく予定である。この研究は,我が国で推進している「タンパク3000プロジェクト」の成果の1つである。
<参考資料>
<用語解説>
- DNA、「タンパク質」:
DNAはアデニン (A)、グアニン (G)、シトシン (C)、チミン (T)の四種類の塩基の並び方により遺伝情報として「生命の設計図」を記述する。つまり、その塩基の並び方にもとづいて特定のアミノ酸配列をもったタンパク質が作り出される。タンパク質は生体機能を実際に制御したり、生体をかたち作ったりする主要な高分子。基本材料は20種類のアミノ酸であり、それらがDNAの持つ情報に基づいて、規則正しく鎖状につながり、折り畳まってできる。
- 翻訳、転移RNA(tRNA):
翻訳とはDNAの塩基配列情報をアミノ酸配列にし、タンパク質を合成すること。DNA上の塩基配列は、暗号のようなもので、3塩基ごとに区切ることができる。三つ組塩基の配列がひとつのアミノ酸を規定しているが、その対応関係を与えるアダプターが転移RNA(tRNA)。ひとつのtRNAはひとつの特定のアミノ酸を結合でき、特定の三つ組塩基にのみ結合する。
- 遺伝暗号表、アミノアシルtRNA合成酵素:
遺伝暗号表とは、タンパク質を合成するさいに、DNA中の三つ組塩基がどのアミノ酸に翻訳されるかを記した表。遺伝暗号表は転移RNAにどのアミノ酸が結合されるかで構築される。アミノアシルtRNA合成酵素は20種類のアミノ酸それぞれに対応して20種類存在し、特定のアミノ酸を対応する転移tRNAに結びつける。ロイシルtRNA合成酵素(LeuRS)は、アミノ酸のひとつであるロイシンを認識して、ロイシン用tRNAに結合させる。
<本研究に関する問い合わせ先> <SPring-8についての問い合わせ先> |
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