ナノスケール細線をシリコン内部に敷設- ‘目で見えない光’で100万分の1ミリの人工細線構造を検証 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2005年09月14日
- BL13XU(表面界面構造解析)
平成17年9月14日
財団法人 高輝度光科学研究センター
独立行政法人 物質・材料研究機構 ナノマテリアル研究所
(財)高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)坂田修身主幹研究員、(独)物質・材料研究機構(理事長 岸輝雄) ナノマテリアル研究所 三木一司ディレクター、(独)物質・材料研究機構 若手国際研究拠点フェローのDavid Bowler博士らが、ナノスケール細線を結晶中に敷設する新手法の開発と、予想された通りに敷設されている事の検証に成功した。本研究成果は、文部科学省 科学技術振興調整費 総合研究「新しい情報処理プラットフォームのためのアクティブ原子配線網に関する研究」(平成17年3月終了)、同振興調整費 戦略的研究拠点育成「若手国際イノベーション特区」及び(財)高輝度光科学研究センターの大型放射光施設(SPring-8)の高輝度シンクロトロン放射光(表面界面構造解析ビームラインBL13XU)の共同利用課題として行われたものである。 (論文) |
1.研究の背景
ナノメートル・スケール*の構造体はナノ構造と一般的に呼ばれるが、それらはその構造形態によって、0次元の超微粒子、ドット、1次元のワイヤ、チューブ、2次元のナノ薄膜、3次元のナノバルクと分類できる。そのうち、ナノ微粒子は触媒や化粧品に既に実用化されているが、現状では、ナノ構造体の多くは応用に向けた探索的な研究開発の途上である。特に、1次元のナノ構造は、そのサイズ効果に起因する優れた電気的特性(例えば、バリスティック伝導、半導体的性質や金属的性質の発現など)のため、ナノ・エレクトロニクス素子(論理演算素子、記憶素子など)への応用が期待されている。
ナノ・エレクトロニクス素子を作製するには、複数のナノ構造を組み合わせた機能階層化(アーキテクチャー化)*が必須である。これまで作製されたナノ構造は、単独構造のものが多かったが、単独では素子構造は実現できない。原子レベルの配線機能、演算機能を付与するには、複数の構造を組み合わせていく事になる。原子細線の埋め込み技術は、その実現のキー・テクノロジーである。埋め込み技術を用いると、細線構造を複雑に組み合わせたクロス構造(配線構造)などを形成できたり、配線構造上に他の微細構造を配置したりすることが可能になる。だが、埋め込みプロセスの加熱処理によって、蒸発や拡散が起こり、その構造が失われる問題がある。ナノ構造の場合には、構造を形成している原子の数が少ないため、構造から僅かな原子が失われるだけで、構造の破壊や消滅が容易に生じてしまう。つまり、構造を残した状態で埋め込む方が遥かに難しい。こういった構造形成には新しい作製手法や概念が必要である。
結晶中に埋め込まれた構造の観察は、表面のように直接観察できないため、一般的に難しい。構造を破壊して電子顕微鏡で観察するなどの手法が良く用いられるが、試料作製時に微細な構造が破壊される可能性も高く、非破壊法でその構造を解明されることが理想的である。非破壊法の代表である、これまでに確立されたX線技術と高輝度シンクロトロン放射光とを組み合わせても、今回対象としているようなナノ構造の構造評価は至難の業である。測定した試料では、1モノレイヤー(原子層1枚分)の約1/10とビスマス原子細線の体積が微量であり、信号強度が微弱すぎて構造を評価できなかった。ナノ構造に適したナノ計測手法の開発が必要とされていた。
ナノ構造の作製には、作製手法の開拓と適切なナノ計測の採用に加えて、計算機科学を駆使したナノシミュレーション*技術の利用が必要である。構造作製中に起きている現象は複雑である。ナノ計測で判明した構造情報を基にして、実際に得られているナノ構造をモデル化することにより、一貫した研究・材料開発が遂行できる。本研究成果では、このシステム的な研究が重要である事も示している。
2.実験の内容・結果及び今回明らかになったこと
(独)物質・材料研究機構 ナノマテリアル研究所三木ディレクターのナノアーキテクチャーグループは、基板シリコン(001)表面上に自己組織化により成長したビスマス原子細線の作製に成功している。走査型プローブ顕微鏡*像(図1)によると、原子レベルにおいて完全性の高い、長さ0.4 μm、幅1.5 nmのビスマス原子細線が存在している。この上にシリコンをエピタキシャル成長させて、ビスマス原子細線を埋め込む(敷設する)技術を開発した。ビスマス原子のサイズはシリコン原子より大きいため、ビスマス原子細線がシリコン結晶中に埋め込まれると大きな歪を生じる。この歪によって、シリコンのエピタキシャル成長中に、ビスマス原子細線のビスマスが、成長中のシリコンと入れ替わる(表面偏析現象)。この現象のため、ビスマス原子細線は破壊され、シリコン中に埋め込むことができない。この問題を解決するために、一時的にサーファクタント*と呼ばれる第3のプロセス材料を利用した。成長中だけ、原子細線とは違う構造のビスマス原子層(サーファクタント)で表面を覆う。成長中、この層が常に表面に存在することで、表面偏析を回避することができ、ビスマス原子細線構造をシリコン中に埋め込むことが可能となる。最終的に表面に残留したサーファクタント材料は、埋め込みプロセス終了後、エッチング薬品により除去することができる。結晶成長により原子細線を埋め込むことができたのは、今回の報告が初めてである。
シリコン内部にビスマス原子が細線を保持したまま埋め込まれていることは(財)高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)坂田修身主幹研究員らによって逆格子イメージング法*と呼ばれるX線回折の方法を利用して実験的に実証された。シリコン内部に埋め込まれたビスマス原子は非常に微量であるため、ビスマス細線からの回折X線は微弱である。それにもかかわらず構造の解析を行うには広い立体角にわたって回折データの収集が必要となる。これらの要求を満たすべく、坂田主幹研究員らは、強力な放射光利用と組み合わせて、迅速かつ検出感度の高い回折データの収集が可能である2次元検出器(イメージングプレート)を利用した測定手法(逆格子イメージング法)を開発した。これにより、ビスマス原子細線の原子数は、原子層1枚分の約1/10程度と極めて微量であるにもかかわらず十分な回折信号を得ることができた。図2は高エネルギー単色X線を試料表面にすれすれの角度で入射(図2(a);測定配置)し、2次元検出器によって記録されたビスマス原子細線構造からの回折X線イメージ(図2(b);イメージの結果の例)を示す。図2(b)の左図は、右図の四角の枠内の拡大図を表している。左図の1/2, k=0, -1/2と数字で示された下にある縦線(回折図形)を観察できたことが、ビスマス原子が細線構造を保持したまま埋め込まれている証となる。これらの(回折)線は、埋め込まれたビスマス原子細線中のビスマス原子のペア構造*(図3において後述)から生じる特徴的な回折図形である。これらの(回折)線を観察できたことから、予想通りに原子細線の埋め込みに成功していることが明らかになった。
(独)物質・材料研究機構 若手国際研究拠点フェローのDavid Bowler博士(現所属はロンドン大学)が、X線回折法で得られた構造情報を基にして、最適な原子構造モデルを求めた。構造をモデル化する計算機科学手法(ナノシミュレーション)として、密度汎関数法と呼ばれる方法を用いた結果、明らかになった埋め込み前と埋め込み後の構造モデルを図3の上下に示す。実験的に得られた重要な構造知見は、ビスマス原子細線の一次元構造が維持されていること、ビスマス原子がペア構造を維持していることである。ナノシミュレーションによると、ビスマス原子は原子一個でシリコン結晶中に構造をつくることができるが、ビスマスペア構造を壊すと、ビスマス原子をペア構造から引き抜くエネルギー損失に加えて、引き抜かれたビスマス原子をシリコン中に置換配置するエネルギー損失も負う。この2重の損失は非常に大きいため、ペア構造は保持されるべきである。単独ビスマス原子構造とペアビスマス原子構造の存在比率をナノシミュレーションによって求めると、ビスマス原子細線を埋め込むプロセスの温度(400度)では1:40,000になる。これは、実験的に観測されたペア原子構造が理論的にも安定であることを示している。
3.工学的な利点と今後の展開及び期待できること
今回の研究成果は、ナノ構造のエレクトロニクスへの実用化に欠かせない、機能階層化(アーキテクチャー化)ナノ構造の実現を大きく前進させるものと期待される。原子細線を結晶中に埋め込む技術が実証できたことで、結晶内にクロス構造(配線構造)を実現する夢が近づいた。ビスマス原子細線にように自己組織的に形成される材料を使って、より高次の構造を指向する研究が、今後盛んになると予想される。
シリコン中に埋め込まれたビスマス原子細線の原子数は、原子層1枚分の約1/10程度と極めて微量であるにもかかわらず十分な回折信号が得られたこと、回折イメージを一度のX線の露出(わずか数分間)で記録できたことから、逆格子イメージング法がナノ構造の迅速、かつ超高感度測定に極めて有効であることが明らかになった。このため逆格子イメージング法を超高感度なナノ計測X線回折法と呼ぶに相応しいものである。高輝度高エネルギーX線を用いた逆格子イメージング法が超高感度なナノ計測回折法として新たに有効であることが分かったので、今後は高輝度シンクロトロン放射光(ビームラインBL13XU)の共用課題に、多くのナノ構造材料の評価手段として利用していくことになり、大型放射光を利用した本分野の研究開発が一層推進されるものと期待される。
4.謝辞
本研究成果は、文部科学省 科学技術振興調整費 総合研究「新しい情報処理プラットフォームのためのアクティブ原子配線網に関する研究」(平成17年3月終了)」、文部科学省 科学技術振興調整費 戦略的研究拠点育成「若手国際イノベーション特区」、科学研究費補助金(基盤研究C、課題番号16510096)及び(財)高輝度光科学研究センターの大型放射光施設(SPring-8)の高輝度シンクロトロン放射光(表面界面構造解析ビームラインBL13XU)の共同利用課題として行われたものである。関係各位に深く感謝します。
- (キーワード)
超高感度なナノ計測X線回折法、逆格子イメージング法、埋め込み型ビスマス原子細線、機能階層化(アーキテクチャー化)、ナノ構造、ナノシミュレーション
- (研究成果の一番の特徴)
原子細線を結晶中に埋め込む技術の開発に成功したこと。超高感度なナノ計測X線回折法により、ナノ構造(原子細線)が設計通りに埋め込まれていることを検証するのに成功したこと、さらに、最新のナノシミュレーションによって、埋め込み型ビスマス原子細線の構造解明に成功したこと。
<参考資料>
白い線がビスマス細線構造で、幅1.5 nm(原子8個分に相当)、長さが0.4μmで全く欠陥が無い特徴を持つ、理想的な原子細線構造である。本研究成果では、この細線構造を結晶成長によりシリコン内部へ敷設することに成功した。
逆格子イメージング法における高エネルギー単色X線を利用したすれすれ入射の配置図(a)。回折X線の2次元検出器に記録したイメージの全体図((b)の右図)とその枠内の拡大図((b)の左図)、左図の“回折線”はビスマス原子が細線構造を保持したまま埋め込まれている証である。
埋め込み前のビスマスの細線構造(上)と、シリコン結晶中に埋め込み後のビスマスの細線構造(下)。紫色の球がビスマス原子、それ以外の球がシリコン原子を表わす。埋め込み前には、ビスマス原子2個が隣り合うペア構造であり、埋め込み後もこのダイマー構造が残っている。このペア構造が残っている事はX線構造解析で初めて明らかになった。
<用語解説>
- 1.ナノメートル・スケール
10の−9乗メートルの長さ。例えば、DNA分子の太さがおよそ2ナノメートルである。
- 2.原子のペア構造(ダイマー構造)
2個の分子や原子が重合して一体化したものをダイマーと呼ぶ。ここでは、隣り合うビスマス原子同士が結合したものをさす。学術的にはダイマー構造と呼ばれる。その結合ボンドの方向が細線の方向と一致することが本研究の知見の一つである。
- 3.走査型プローブ顕微鏡
対象試料表面を微小な探針で走査することによって三次元形状を高倍率で観察する顕微鏡の総称。とくに図1で用いた装置は走査型トンネル顕微鏡と呼ばれるもので、1982年G. BinnigとH. Rohrerによって作り出された実験装置。非常に鋭く尖った探針を導電性の物質の表面または表面上の吸着分子に近づけ、流れるトンネル電流から表面の原子レベルの電子状態、構造など観測するもの。トンネル電流を使うことからこの名がある。
- 4.X線逆格子イメージング法
高エネルギー単色X線回折と2次元X線検出器を組み合わせて、多数のX線回折を同時に記録する方法。とくに、1次元ナノ構造、2次元ナノ構造の解析に有効である。これまで、この方法が迅速構造評価法であることを坂田らは既に報告していた。今回初めて、極微量なナノ構造解析にも適用できる超高感度な方法であることを実験的に示した。
- 5.ナノシミュレーション
ナノ構造の原子構造の設計において、理論シミュレーション計算技術を用いることを指す。ここでは、表面構造を設計するのによく使われる、密度汎関数理論(Density Functional Theory)に基づく計算シミュレーションが用いられている。
- 6.サーファクタント
直訳は界面活性剤で、結晶成長中に、成長しようとする結晶構造と異なる第3の材料で表面を覆う材料のことを指す。この材料により、異なった結晶同士の界面を平坦にすることなどの構造制御が行いやすくなる。第3の材料として、結晶を構成している元素と違うものが用いられるのが一般的だが、同じ元素を使ったのは本報告が初めてである。
- 7.機能階層化(アーキテクチャー化)
ナノメートル・スケールの構造(ナノ構造)は、これまで作製されたものは単独構造のものが多かったが、実用的なデバイス構造の作製には、複数のナノ構造を組み合わせる必要がある。ナノ構造同士を原子細線で配線して、ナノスケールの素子構造を作製し、更に素子構造同士を配線して回路構造作製し、最終的には実用的な機能を持つ電子機械構造を作り出す。これらは機能的には異なった階層が混在していることを示している。建築物に例えて、アーキテクチャー化と呼ぶ。
<本研究に関する問い合わせ先> 埋め込み型ビスマス原子細線、ナノシミュレーションに関して <SPring-8についての問い合わせ先> <物質・材料研究機構に関する事項> |
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