高濃度ホウ素ドープダイヤモンド超伝導体の電子構造を世界で初めて解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2005年12月01日
- BL25SU(軟X線固体分光)
平成17年12月1日
岡山大学
(財)高輝度光科学研究センター
物質・材料研究機構
早稲田大学
広島大学
岡山大学大学院自然科学研究科の横谷尚睦教授らは、(財)高輝度光科学研究センターの中村哲也、松下智裕、室隆桂之各研究員、物質・材料研究機構の長尾雅則特別研究員、高野義彦主幹研究員、早稲田大学理工学部の竹之内智大氏、川原田洋教授、広島大学の小口多美夫教授らと共同で、低温で超伝導(1)を示す高濃度ホウ素(ボロン)ドープ(2)ダイヤモンドの電気伝導を担う電子構造(3)を解明することに世界で初めて成功しました。 (論文) |
1.研究背景
不純物を微量にドープした半導体は、バンド理論と不純物準位により非常によく理解されており、これが現代の情報化社会を支えるエレクトロニクス技術の根幹をなしています。しかし、もっと高濃度に不純物をドープした場合について電気伝導の機構はよく分かっていませんでした。ところで、宝石として知られるダイヤモンドは、最も硬い物質であると同時に、高い熱伝導率や大きなバンドギャップ(8)を持つ半導体であり、その優れた特性を生かして光検出器等の半導体デバイスとしての応用研究が行われていました。2004年に高濃度ホウ素ドープダイヤモンドが超伝導を示すことが発見されると、超伝導を理解する上で高濃度ドープにより金属的伝導を担う電子構造の起源を知ることが急がれていました。
2.研究手法および成果
本研究では、ホウ素濃度を系統的に制御した単結晶薄膜を合成できるCVD(Chemical vapor deposition:化学気相堆積)法で作製した高濃度ホウ素ドープダイヤモンド薄膜を用いました。この試料の合成は早稲田大学で行い、その超伝導性は物質・材料研究機構において確認しました。実験は、播磨科学公園都市(兵庫県)の大型放射光施設(SPring-8)の軟X線固体分光ビームラインBL25SUの高輝度軟X線を用いた、軟X線角度分解光電子分光という実験手法を用い行いました。軟X線角度分解光電子分光は、固体内電子のエネルギーと運動量に分解した価電子帯の電子構造を直接観測できる手法であり、世界的に見てもSPring-8以外の施設ではほとんど不可能です。この手法は、固体内電子のエネルギーと運動量の関係を理論的に得ることのできるバンド計算との比較が容易に行えるため、電気伝導を担う電子構造の同定に力を発揮します。ダイヤモンドのバンド構造自体は非常によく分かっており、価電子帯は運動量空間での運動量原点にエネルギー最大値を持つことが知られています(図1)。実験では、ホウ素濃度を系統的に変化させた試料に対しフェルミ準位(9)付近を詳細に研究し(図2)、広島大学で行ったバンド計算と比較しました。その結果、電子構造がダイヤモンドのバンドとほぼ同じであること、およびドープ量を変化させるに従い、このダイヤモンドバンドにホールが導入されることを観測することに成功しました。このことは、高濃度ホウ素ドープダイヤモンドにおいては、ダイヤモンドバンドに導入されたホールが金属的伝導に重要な役割を担うことを示しています。
3.今後の展開(本研究の意義)
今回の研究は、基礎科学において高濃度ホウ素ドープダイヤモンドにおける超伝導の機構解明に重要な知見を与えます。同時に、応用面においても高濃度ダイヤモンドの電子構造に実験的な基礎を与えることになります。このことは、今後のダイヤモンドデバイス開発に向けての設計図を与えたことに対応します。Si やGe 等の半導体においては常圧下で超伝導性は発見されていませんが、今回のホウ素ドープダイヤモンドは常圧下で超伝導性を示します。このようなダイヤモンドの超伝導は、ダイヤモンド自体の高い熱伝導率や大きなバンドギャップ等の優れた性質と、電気抵抗0により無発熱で電流を流し続けられる等の超伝導特性とを組み合わせることで、省エネルギーや地球環境保護という人類が現在直面している課題に対応しうる新しいデバイスを生み出す可能性を持ちます。
<参考資料>
右の試料ほどホウ素ドープ量が増加します。図中の色は、光電子強度を示し、黒から赤そして黄色になるほど強度が強くなっています。強度が強い部分がバンドに対応します。バンド1と2からなる放物線状の曲線は、最低ドープ試料においては頂上を示します(左図)が、ドープ量が増える(中)に従い頂上は見えにくくなり、最高ドープ試料(右図)では頂点が切断されているようにみえます。このことは、ホウ素ドープに伴いバンドの頂上にホールが導入され、バンドがフェルミ準位に対して相対的に上方に移動していることを示しています。
<用語解説>
- (1)超伝導
ある種の金属の抵抗が、その物質に固有な温度以下でゼロになる現象。
- (2)ドープ
結晶中に少量の不純物を添加すること。半導体においてはドープによって、電流担体(キャリアー)濃度、キャリアー種を制御できる。IVA族のダイヤモンド(炭素 元素記号:C)に 電子数の一個少ないIIIA族のホウ素(元素記号:B)をドープするとホールが導入される。
- (3)電子構造
物質を構成する電子の状態のこと。物質中の電子のエネルギーと運動量における分布で表される。
- (4)不純物準位
結晶が不純物を含む場合、不純物の周りに電子が捕らえられている状態に対応する電子のエネルギー準位のことで、普通は母体結晶に固有なバンド構造のエネルギーギャップ(禁止帯)の中に現れる。
- (5)光電子分光
光電効果を利用して物質の電子状態を測定する手法。物質にあるエネルギーより高いエネルギーの光を当てると、電子(光電子)が物質から放出される。これを光電効果という。(図1参照)放出光電子の放出方向と運動エネルギーを測定することにより(角度分解光電子分光)、物質内部の電子の運動量とエネルギーを測定することができる。光電効果に対する説明は1905年アインシュタインによって光の粒子性を仮定することにより与えられた。今年は、この発見から100年目にあたり国際物理年として様々な行事が世界的に行われている。
- (6)バンド(エネルギーバンド、エネルギー帯)
結晶中の電子がとることのできる連続的なエネルギー準位。
- (7)ホール
電子の抜け跡(孔)。見かけ上正の電荷を持つ。
- (8)バンドギャップ
結晶中の電子がとることの出来ないエネルギー領域。半導体では、フェルミ準位(9)がバンドギャップ中に位置する。
- (9)フェルミ準位
物質中の電子が持つ最高エネルギー。フェルミ準位近傍の電子構造が、物質の電気的性質を左右する。
<本研究に関する問い合わせ先> (高濃度ホウ素ドープダイヤモンド試料に関して) (高濃度ホウ素ドープダイヤモンド試料の超伝導性に関して) <SPring-8についての問い合わせ先> |
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