光がさらに3倍明るく(トピック)
- 公開日
- 2006年01月06日
- 加速器
平成18年1月6日
(財)高輝度光科学研究センター
(財)高輝度光科学研究センター(JASRI、理事長:吉良爽) の加速器部門(熊谷教孝部門長)は、大型放射光施設(SPring-8)の蓄積リングにおいて、従来よりも約3倍明るい高輝度X線をトップアップ運転により長期間安定供給することに成功した。この新しい運転形態(トップアップ低エミッタンス電子ビーム運転)は2005年9月からスタートし、同年のユーザー運転最終日(12月19日)まで運用された。来年以降も、この新たな運転形態で、明るい光を安定に供給していく計画である。 |
1.研究の背景
放射光を用いた精密実験にとって、光の明るさは微弱な信号を高精度で検出する上でもっとも重要な要素の1つである。高輝度の光を実現するには、放射光のもとになる電子を狭い空間に集め、高密度ビーム(電子の固まり)として蓄積しなければならない。これを電子ビームの低エミッタンス化と呼ぶ。電子は水平面内を周回しているが、光を出すことで電子自身がその反跳を受け水平面内の振動を起こす。この振動は主に電子ビーム軌道を曲げる偏向電磁石内で生じるため、電子ビーム収束系の収束力分布の自由度が十分あれば、放射による電子の振動励起を抑制するようそこでの電子ビームの振る舞いを制御する事ができる。
しかしながら、このような収束系では、電子ビーム軌道のエネルギー依存性がこれまでの収束系と大きく異なり、RF加速システムをオフして廃棄される蓄積ビームが入射部チェンバーの一部に衝突し、損傷を起こすという運転上の問題が発生した。さらに、高密度のバンチ内では、電子同士の反発による散乱が促進され、蓄積電子のビーム寿命が著しく低減する。この極端に短いビーム寿命により、多くの実験において高輝度の恩恵(計算値:図-1、実測値:図-2)が半減する結果となった。
より高精度で高機能の実験を効率的に実施できるよう、これらの問題を解決し、高輝度の光を実験ユーザーに安定に供給する運転の導入が強く求められていた。
2.研究の手法と成果
1. 電子ビームの低エミッタンス化
電子ビームの空間的広がり(エミッタンス)を低減する1つの方法として、これまで2つの偏向電磁石間に局在していた軌道のエネルギー依存性(ディスパージョン関数)を電磁石の外側に漏らし、偏向電磁石内でのディスパージョン関数のピークを下げる方法がある(図-3)。これにより電子ビームが光を放射することで生じるエネルギー変化で引き起こされる水平振動を平均的に小さくできる。この場合、ディスパージョンは挿入光源設置部にも分布するようになり、挿入光源からの光のシャープさは、電子ビームのエミッタンスとエネルギー広がりの2つの寄与のバランスで決まる。これはエネルギー広がりが、ディスパージョン関数を介して電子ビームの空間広がりを拡大するように働くからである。
図-4にSPring-8の場合に計算された、光ビームの空間広がり(縦軸左)、挿入光源発光点でのディスパージョン関数の大きさ(縦軸右)と電子ビームエミッタンス(横軸)との関係を示す。図-4で光の空間広がりが極小点を持つ理由は以下のように考えると理解しやすい。2つの偏向電磁石間に局在していたディスパージョン関数を小さくしていくと、電子ビームのエミッタンスはそれに連れて減少する。一方、そこから漏れたディスパージョン関数は、その外側に位置する挿入光源部でのディスパージョンを徐々に大きくし(図-3の右図参照)、エミッタンスが3nmradを切るあたりから急激に増大する(図-4参照)。この結果、光の空間広がりの減少(エミッタンス減少)と増加(ディスパージョン関数の増大)が同時に生じるため、光の空間広がりは電子ビームのエミッタンスに対し、極小値を持つ。光の空間広がりがほぼ極小値となる電子ビームエミッタンス3nmrad(挿入光源ギャップが定位置まで閉じた場合)を実現するため、SPring-8では電磁石システムの一部改造が行われた。
2.入射部チェンバーの損傷対策
低エミッタンス化により、2つの偏向電磁石の間に局在していたディスパージョン関数がリング一周に分布することになる。この結果、6極電磁石(非線形電磁石)と線形ディスパージョンにより誘起される高次の非線形ディスパージョンの分布も大きく変化し、RF加速をオフして廃棄された電子ビームが入射部チェンバーの薄肉部にぶつかり損傷を与えるトラブルが発生した。検討の結果、廃棄ビームの振る舞いは計算機シミュレーションで再現でき、想定できる条件の下で、廃棄ビームはチェンバーの狭い範囲に正確に衝突することが分かった。そこで、廃棄ビームが衝突する部分前方にアルミの散乱体を設置し、廃棄ビームを最初に散乱体に衝突させ、電磁シャワーにより拡散させると共に、薄肉チェンバー部の肉厚を0.7から5mmと十分厚くする設計変更を施し、入射部チェンバーの健全性を確保した。
3.低寿命対策
蓄積ビームのエミッタンスは低エミッタンス化により以前の半分の3nmradに低減した。このため、同じビームフィリンッグ条件では概ねビーム寿命は1/2から1/4に減少し、光の輝度は増加したものの、強度変化が著しく、かえって精密実験の障害となることが分かった。そこで、継ぎ足し入射で平均電流を一定に保つトップアップ運転を導入、高輝度の光を一定の強度で安定に使用できるように蓄積リングの入射機器のパラメータを調整した。
以上の3つの改造や対策、精密な加速器の調整により、3倍明るい光を一定の強度で安定に供給する運転が初めて可能になった。
3.期待される効果
1.輝度で約3倍、光束角密度で約1.5倍の増加が見込まれ、精密実験の測定時間の大幅短縮、実験の高効率化だけでなく、新たな実験の展開をも可能にする。
2.X線マイクロビームのビームサイズがこれまでより水平、垂直ともに約50%減少でき、サブミクロンからナノスケールで展開される局所構造解析の可能性を広げる。
<参考資料>
計算にはSPring-8のBL19が用いられた。従来の輝度(青線)、低エミッタンスの輝度(赤線)は、共に挿入光源のギャップが定位置まで閉まった場合の計算値であり、1st, 3rd, 5thはそれぞれ、挿入光源の1次光、3次光、5次光を表す。
(光のエネルギー:10.4276 keV、バンド幅:1.4 eV)
低エミッタンスの場合は、従来の光束に比べピーク値が約2.7倍に増加していることが分かる。これは輝度の増加率の計算結果(図-1)とほぼ同じ割合になっている。
(理研・石川X線干渉光学研究室 玉作賢治氏提供)
従来の構造(a)に比べ、新しい構造(b)では、偏向電磁石内部でのディスパージョン関数のピークが低く抑えられていることが分かる。
<本研究に関する問い合わせ先> (財)高輝度光科学研究センター (SPring-8に関すること) |
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