超高密度状態で金属アルミニウムの新たな結晶構造を解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2006年02月03日
- BL10XU(高圧構造物性)
平成18年2月3日
兵庫県立大学
(財)高輝度光科学研究センター
(兵庫県立大学大学院物質理学研究科(研究科長 川村春樹)と財団法人高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)は共同で超高密度状態における金属アルミニウムの結晶構造を解明する研究を進めてきた。今回、アルミニウムの粉末X線回折実験を330万気圧におよぶ超高圧状態で世界に先駆けて行い、面心立方(fcc)構造から六方最密充填(hcp)構造*1への相転移*2の観測に成功した。このアルミニウムの相転移は多くの理論研究者により予言されてきたが、アルミニウムは剛性率が低く軽元素物質であるため超高圧下でのX線回折実験が困難とされ、この予言の実験的検証には至っていなかった。今回の観測によって四半世紀に亘る理論予言がやっと検証されることになった。同時にs-d 電子転移*3がこの相転移の引き金になっていることも裏づけられた。観測された相転移の圧力と比体積(V/V0=0.504)は理論予言値と一致するもので、近年の計算物理における第一原理計算法*4の精度の高さを検証する結果となった。なお、この研究成果は2月3日(日本時間)に発行されるアメリカ物理学会出版のPhysical Review Letters に掲載される。 (論文) |
1.背景と動機
地球やこれを取り巻く他の惑星そして宇宙の星々の内部は、私たちに身近な一気圧の何万倍、何百万倍もの超高圧力が加わった高密度状態の世界である。大部分の物質はこのような超高圧環境に置かれている。そのため地球惑星科学においては高密度状態における新たな物質観を求めた研究がより重要性を増している。しかし、超高圧下での高密度固体の凝集状態、とりわけその結晶構造を理論的に予言することは固体電子論の問題の中でも難しい事の1つとされてきた。ところが近年、第一原理計算法を用いた計算物理の飛躍的な進歩により、超高密度状態下で様々な物質において新たな結晶構造を持つ高圧相の出現が予言されている。特に、アルミニウム(Al)はfcc構造(図1)を持つ典型的な単純金属であることから、高圧下の圧縮性や構造安定性に関する数多くの理論及び実験研究が行われてきた。その理論研究の共通した結果として圧力誘起のfcc-hcp-bcc逐次相転移が予言されていた。このうちfcc-hcp相転移は200万気圧もの超高圧下で、体積が常圧下の半分にまでも圧縮されたときに起こると予測された。Alは構造や電子状態が単純な金属であるため、これら計算法の妥当性をテスト(試験)するモデル物質と考えられ、1982年の予言から25年近くの間、この相転移の実験的検証が注目されそして繰り返し呼びかけられてきた。しかし、Alは剛性率が低く軽元素であるため超高圧下での実験が困難で、この構造転移の検証には至っていなかった。
2.本研究の成果
本研究はAlの構造相転移の解明を目的に、ダイヤモンドアンビルセル(DAC)超高圧発生装置*5を用いて地球の内核に相当する330万気圧まで圧力を発生し、SPring-8の高圧構造物性ステーションBL10XUにおいてAl粉末のX線回折実験を繰り返し行った(図2)。その結果、fcc-hcp-bcc逐次相転移のうちfcc-hcp相転移を217±8万気圧で観測した(図3)。観測された相転移が起こる圧力と比体積(V/V0=0.504)は理論予言値と一致した(図4)。高密度極限のAlでは、fcc構造に比べれば対称性の低いhcp構造の方がむしろ安定化する。このことは一気圧では起こり得ないs-d転移という電子状態の変化が相転移の発現機構に大変重要な役割を果たしていることの証拠である。今回の実験では、圧力と体積の詳細な関係からAlの圧縮特性が決定されたほか、fccからhcpへの相転移に伴う体積減少(ΔV/V)が1 %と小さく、広い圧力域でfccとhcp相が共存する(図4)ことなど、理論研究からは考察されていなかった相転移現象の詳細が明らかにされた。また理論的に予言されているfcc-hcp-bcc逐次相転移のうち、hcp-bcc相転移は330万気圧という更に高い圧力下まで観測されず、hcp相は非常に安定であることも分った。
このような、X線回折実験における圧力領域の飛躍的な拡大はDACを使った圧力発生技術の進歩と第三世代放射光の登場によるものである。
今回の300万気圧を超える超高圧実験の成功で、木星内部に存在すると考えられている金属水素*6の実験的検証に向けた研究に弾みが付くとみられる。
<参考資料>
2つのダイヤモンドで上下から押さえつけることで高圧力を発生させる。ガスケットは圧力を逃がさないためのシール材。 (320GPaは約316万気圧)
(a) ▽がhcp、●がfccの回折のピークを示している。
(b) ★が白金圧力マーカーからの回折線 これにより圧力を測定している。
右上に示した部分(原子体積7~9Å3、圧力180~350万気圧)は臨界圧力付近の拡大図
<用語解説>
- 1) 最密構造(稠密充填構造)
同じ大きさの球を最も密に積み重ねた構造。球を平面上に最も密に並べると六方対称を持った配列が得られる。このような層をさらに密に積み重ねると、簡単な周期性を持ったABC, ABC,…の構造とAB, AB,…の構造との2種類の最密構造が存在し、前者を立方最密充填構造(fcc)、面心立方構造とも呼ばれる。そして後者を六方最密充填構造(hcp)という(図1)。立方最密充填構造にはAg, Au, Al,Cu,Ptなどが、六方最密構造には、Mg, Ti, Zn, Zrなどがある。
- 2) 相転移
圧力や温度の変化により物質の原子配列が急激に変化して、新しい構造に至る現象。例えば炭素でできた石墨(炭)は5万気圧、1500℃くらいでダイヤモンドへと相転移する。
- 3) s-d 電子転移
金属原子に属する外殻のs軌道はd軌道に比べ広い空間を占めているが、この金属に高い圧力が加わり圧縮されるとs軌道を占める電子(s電子)の運動エネルギーが原子の内側に局在して分布するd電子に比べ相対的に高くなる。そのためs軌道からd軌道への電子の遷移が起こり、原子の体積の減少をもたらす。この電子の遷移をs-d 電子転移という。アルミニウムでは超高圧下で電子が3s軌道から3d軌道に遷移し、3d軌道がつくる3dバンドを電子が占有するようになる。
- 4) 第一原理計算法
原子や分子さらには結晶の電子構造の計算において基底関数の組を仮定し、その計算には近似をできるだけ使わずに行う比較的規模の大きい非経験的な理論計算を言う。近年、計算機の急速な進歩に伴い、この方法を使った理論研究が飛躍的に進展している。
- 5) ダイヤモンドアンビルセル(DAC)高圧発生装置
ダイヤモンドの単結晶を利用した超高圧力を発生させるための装置。1対のダイヤモンドからなるアンビルを対向させてその間に試料を挟んで加圧できる。静的手段による超高圧発生装置として最高到達圧力を誇っている。
- 6) 金属水素
凝縮した水素分子に高い圧力を加えていくと、分子結晶の状態から各原子の1s電子が伝導帯を形成して金属状態に移ることが量子力学的理論を基に予測されている。その臨界圧力は理論的に400万気圧程度と推測されているが地球上では実現していない。木星の内部は金属水素になっていると言われていて、高圧物理学の究極の目標となっている。
<本研究に関する問い合わせ先> 財団法人高輝度光科学研究センター <SPring-8についての問い合わせ先> |
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