低温高圧下のCd-Yb合金で多くのパターンの原子配置転換現象を観測(プレスリリース)
- 公開日
- 2006年04月04日
- BL22XU(JAEA 量子構造物性)
平成18年4月4日
独立行政法人日本原子力研究開発機構
独立行政法人日本原子力研究開発機構【理事長 殿塚 猷一】(以下、「原子力機構」と言う)は、大型放射光施設(SPring-8)の放射光X線を用いて、カドミウム-イッテルビウム(Cd-Yb)合金1)において、合金内部に規則的に配列するカドミウムの原子団2)が、冷却および加圧することにより敏感に向きを変え、原子団同士が8種類ものパターンに及ぶ向きの揃え方を示すことを発見した。これは、準結晶3)物質群が新奇な(多様な)低温高圧特性を持ち得ることを示した世界初の成果である。通常、合金内部の原子配置は低温高圧下では固定されたままであるが、今回このように多様な変化を示したのは、この合金の「準結晶」に関連した特性が現れたことによると考えられ、合金内に新しいタイプの遠隔的な原子間作用(電子-格子相互作用4))が発生したことを示唆するものである。 (論文) |
背景
1984年にイスラエルのシュヒトマンが電子回折法により発見した「準結晶」は、それまで知られていた結晶やアモルファスでは考えられない物質で、結晶では許されない5回対称性を有している。通常の結晶は並進対象性を持つことから、電子線回折像は1、2、3、4、6回の回転対称性のみしか許されないが、準結晶はそれに収まらない対称を示しており、その特異な性質についてはいまだ謎が多く、準結晶の発見は今までの結晶学の基盤を根底から揺るがすものであったといわれている。そのような準結晶の特性の解明は、基礎科学的にも、準結晶触媒などの開発に向けた実用化の面でも重要視されている。
実験条件(図1参照)
今回、原子力機構では、準結晶解析の鍵を握る「近似結晶」と呼ばれるCd-Yb合金単結晶について、新現象探索のため、幅広い温度圧力領域で(-268℃〜常温、常圧〜5万気圧)網羅的にSPring-8の放射光によるX線回折実験を実施した。
今回実験対象としたCd-Yb合金単結晶の結晶構造及びそこに現れる原子団の構造を図1に示す。合金中には、Cd四面体型原子団(4Cd)を更に3つのシェル(20Cd, 12Yb, 30Cd)で取り囲んだ正二十面体型の大きな原子団が存在する。この大原子団は、図のように体心立方 (bcc)構造を組むように配列している-図には、大原子団のうちCd四面体原子団とYbシェルのみ示した- 。Cd四面体原子団は、外側のシェルに囲まれているために、隣でも1.35 nmと互いに遠く離れている。また、その方位は、常温常圧では、互いにばらばらの向きを向いている。(1 nmは100万分の1 mm)
実験手法(図2参照)
今回実施した低温・高圧下でのX線回折実験装置の配置は、図2のとおりである。
単結晶試料をダイアモンドアンビルセル(DAC)に封入し、試料に高圧力をかける。DACは冷凍機に取付け、DACごと試料を冷やす。低温高圧状態になった試料に放射光X線を照射し、試料から散乱される回折X線を2次元検出器(イメージングプレート)に記録する。この回折X線のパターンから物質内部の原子配列情報が得られる。
回折X線パターンは、冷凍機ごと試料を回転させながら撮影し、あらゆる方向の原子配列情報を取得する。
(DAC :対向する2つのダイアモンドのアンビルで試料室を挟み、押し込みながら圧力を発生させる装置)
結果(図3参照)
Cd-Yb合金は正二十面体型大原子団を積み重ねた構造をとるが、今回の実験で、大原子団の中心にある4原子からなるカドミウム原子団が、その4面体形状の凸部を互い違いに向けて並ぶなど、合計8種類もの配列パターンを示し、それらが温度圧力に応じて組み替わることを観測した。この物質は、Cd-Yb準結晶とは同一の大原子団を持ち、その隣接関係が共通するなど構造類似性が高く、また、原子団同士に及ぶ作用の分析に適している。特に今回は、隣以上に離れた位置にある4面体原子団の間に働く遠隔的な作用の存在が初めて明らかとなった。また、合金中を動き回る電子を介して働くと考えられるこの新作用によって、多様な変化が生じたことも明らかにされた。
図3に今回の実験で見出された低温・高圧下でのX線回折パターンとCd四面体の配向秩序構造を示す。体心立方(bcc)構造であることを示す常温常圧の回折パターンに比べて、低温高圧下(2.7万気圧170K、および、 5.2万気圧170K)の回折パターンには、矢印で示したように新しいスポット(261,351,5/2 11/2 1,7/2 9/2 1)が現れている。これは、向きが互いにばらばらだったCd四面体が、図のように秩序だった配向に変化したことを示している。ここでは、代表的な2種類の配向秩序構造を示したが、温度圧力に応じてその他5種類におよぶ配向秩序構造が出現した。(170Kは-103°C)
意義・波及効果
今回の成果は、結晶でもアモルファスでもない第3の固体と言われる「準結晶」の特異な性質の解明の突破口になると考えられる。更には、今回、多様な変化を引起す原因としてその存在が示された新しいタイプの電子-格子相互作用を利用することにより、準結晶の構造と安定性の関係について研究が進み、準結晶物質に対する理解が飛躍的に進むと予測され、準結晶の触媒、磁性などの実用材料への応用につながる可能性がある。具体的には、触媒の科学と技術に新展開をもたらす触媒活性化メカニズムの解明や耐久性に優れた低温活性触媒の開発、磁性材料や熱電材料などの開発に繋がるものと期待される。
<参考資料>
合金中には、Cd四面体型原子団(4Cd)を更に3つのシェル(20Cd, 12Yb, 30Cd)で取り囲んだ正二十面体型の大きな原子団が存在する。この大原子団は、図のように体心立方 (bcc)構造を組むように配列している(図には、大原子団のうちCd四面体原子団とYbシェルのみ示した)。Cd四面体原子団は、外側のシェルに囲まれているために、隣でも1.35 nmと互いに遠く離れている。また、その方位は、常温常圧では、互いにばらばらの向きを向いている。(1 nmは100万分の1 mm)
単結晶試料をダイアモンドアンビルセル(DAC)に封入し、試料に高圧力をかける。DACは冷凍機に取付け、DACごと試料を冷やす。低温高圧状態になった試料に放射光X線を照射し、試料から散乱される回折X線を2次元検出器(イメージングプレート)に記録する。この回折X線のパターンから物質内部の原子配列情報が得られる。回折X線パターンは、冷凍機ごと試料を回転させながら撮影し、あらゆる方向の原子配列情報を取得する。 (DAC :対向する2つのダイアモンドのアンビルで試料室を挟み、押し込みながら圧力を発生させる装置)
体心立方(bcc)構造であることを示す常温常圧の回折パターンに比べて、低温高圧下(2.7万気圧170K、および、 5.2万気圧170K)の回折パターンには、矢印で示したように新しいスポット(261,351,5/2 11/2 1,7/2 9/2 1)が現れている。これは、向きが互いにばら ばらだったCd四面体が、図のように秩序だった配向に変化したことを示している。ここでは、代表的な2種類の配向秩序構造を示したが、温度圧力に応じてその他5種類におよぶ配向秩序構造が出現した。(170Kは-103°C)
<用語解説>
1 カドミウム-イッテルビウム(Cd-Yb)合金
Cd-Yb合金は組成比の僅かな違いで、準結晶にも近似結晶にもなる。特に、準結晶は2種類のみの元素からなる準結晶の初めての例である。また、準結晶と近似結晶との構造類似性が高いのもこの合金系の特徴である。
2 原子団
いくつかの原子が集団で1つの働きをするもの、化合物の分子の中にふくまれている特定の原子の集まりのことを言う。
3 準結晶
正二十面体型の原子団が組合さって更に大きな正二十面体型構造を作るという操作を次々と繰り返して得られるような無限の入れ子型構造を持つ物質。Cd-Yb合金準結晶は正二十面体型で立体的だが、他の合金では五角形型の平面的な準結晶も存在する。準結晶では、原子が規則的に配列しながらも、通常の結晶のような周期的構造は持たない。また、結晶では許されない五回対称性や正二十面体対称性を持つことも特徴である。
4 電子-格子相互作用
物質中の原子位置の変化、つまり、格子変形が起こったときに、電子系エネルギーの変化も引き起こす場合、電子-格子相互作用が存在すると呼ぶ。Cd-Yb合金中のCd四面体クラスターにおいては、クラスター間を移動する電子が各々のクラスターの配向の影響を受けることにより、結果的にクラスター配向同士に相互作用が生じていると考えられる。
5 結晶、アモルファス、準結晶 : 一般的な説明
地球上の固体は、結晶とアモルファス、準結晶に分類することが出来る。結晶は、3次元的に規則正しく原子が配列し、三次元的に点と線の集まりとして編み目模様で表すことが出来る。それを空間格子といい、各直線の交点を格子点、結晶に対する空間格子が結晶格子である。空間格子の概念に基づく並進対称性(単位胞を周期的にずらすことにより空間を埋める)が結晶の基本である。
一方、アモルファスの構造は、結晶のような並進性が全くないので、格子と言う概念があまり役に立たない。アモルファス金属の場合は原子が不規則に配列しているために、その中には結晶に見られるような転位は見られないことから金属として変形を起こす機構はないが、原子集団が少しずつ位置をずらすことで変形をもたらし、大きく変形する。また、結晶でないために、物体の内部に働く力を分散することが出来るので粘り強くなり、強さと粘さを合わせ持つ優れた機械的性質を有している。
準結晶は1984年Shechtmanらが液体急冷したMn合金中に、正20面体対称性を有する新しい相を発見したもので、並進対称性を有する結晶の回転対称性は2回、3回、4回および6回に限られており、準結晶のように正20面体のように 5回対称性を有する物質は従来の結晶学では考えることが出来なかった。準結晶は結晶学にまったく新しい概念を導入し、結晶学そのものの一般常識を覆すほどの発見と認識されている。
6 近似結晶
準結晶の一部を切出して、それを周期的に並べた構造を持つ物質。今回研究されたCd-Yb合金は、対応する準結晶に見られる正二十面体型原子団を、準結晶中に現れる隣接関係を取りながら周期配列させた構造を持つ。近似結晶の研究は準結晶の局所的性質の理解を進めるのみならず、準結晶との比較により、準結晶の特異な配列構造自体がもたらす性質を抽出させることができる。
7 X線回折実験
波長の短い電磁波であるX線が結晶格子によって回折される現象を利用して物質の結晶構造を調べ、結晶内部で原子がどのように配列しているかを決定する実験。
(イメージングプレート(IP): 結晶にX線を当てると、散乱されたX線が波の干渉によって特定の方向に強め合い、反射として出てくる、その反射されたX線を特殊フイルム(イメージングプレート)に記録すると、反射は点となって見ることができる。)
8 準結晶の実用材料への応用
実用化されたものとして、微細なアルミニウム準結晶粒子を、アルミニウム結晶合金中に均一に分散させた高温での強度に優れかつ高延性で加工性に富む新合金がある。この合金は、耐摩耗性や耐衝撃性にも優れているなどこれまでのアルミニウム合金にない特徴を持ち合わせている。
Al-Cu-Fe準結晶の触媒効果は、準周期構造故に細粒化しやすい利点、Al, Cu, Feの組成比とこれらの元素が原子レベルで均質に混ざっているなどから優れた触媒作用を生み出したもので、さらに準周期構造を活かしたもの、準結晶触媒の活性が触媒の本質的変化によることの利用、触媒活性機構の解明、低温活性や耐久性への対応など、新たな展開が期待されている。
軽量材として現用のMg合金の耐久性、加工性、腐食性などターゲットにした準結晶分散Mg合金、今回の、Cd系近似結晶において観察された温度、圧力による様々な相転移現象から準結晶の多様性を利用する実用研究、ボロン系半導体準結晶、強磁性や超伝導準結晶などに研究者の期待が高まっている。
<本研究に関する問い合わせ先> 独立行政法人日本原子力研究開発機構 (報道対応) <SPring-8についての問い合わせ先> 財団法人高輝度光科学研究センター |
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