ウラン化合物の電子状態の直接観測に成功(プレスリリース)
- 公開日
- 2006年04月10日
- BL23SU(JAEA 重元素科学)
平成18年4月10日
独立行政法人日本原子力研究開発機構
独立行政法人日本原子力研究開発機構【理事長 殿塚猷一】(以下、「原子力機構」と言う)は、東京大学【総長 小宮山宏】、京都産業大学【学長 坂井東洋男】、大阪大学【総長 宮原秀夫】と共同して研究を行い、大型放射光施設(SPring-8)の放射光を用いることにより、ウラン化合物の電子状態の直接観測と、その理論的な解釈に世界で初めて成功した。これは、原子力機構・量子ビーム応用研究部門・先端物質電子構造研究グループの藤森伸一研究員らによる成果である。 (論文) |
背景:
ウラン化合物は、超伝導、強磁性、反強磁性およびそれらの共存など、他の物質系では見られない多様な物性を示すことが知られている。これらの性質は、ウラン化合物内で電気的・磁気的な性質を決定している5f電子が、お互いに相互作用を持って避けあいながらも、結晶中をある程度自由に移動していることに起因している。5f電子は非常に複雑な振る舞いを示し、その統一的な理解は非常に困難であると同時に、現代の物性物理学の挑戦的な課題である。また、ウラン化合物における超伝導は、銅酸化物高温超伝導と共通のメカニズムを持つという指摘もあり、その解明は非常に重要である。
ウラン化合物において、5f電子がどのようなバンド構造やフェルミ面を形成しているかを知れば、ウラン化合物の物理的性質の起源を理解することが可能である。軟X線放射光を用いた角度分解光電子分光(SX-ARPES)を行うことにより、最も重要な化合物内部の5f電子が作るバンド構造やフェルミ面を調べることが可能である。しかしながら、放射性のためにウラン化合物は実験的な取り扱いが難しく、さらに軟X線角度分解光電子分光法は非常に高い実験精度が必要になるため、その実現は非常に困難であった。
実験:
今回、世界トップクラスの光強度とエネルギー分解能を持ち、さらに放射性物質の取り扱いが可能なSPring-8の原子力機構専用ビームラインBL23SU(JAEA重元素科学ビームライン;図1上)において、角度分解光電子分光装置(図1下)を用いて、UFeGa5高品位単結晶に対してSX-ARPES実験を行った。
図2(a)(b)に実験結果から得られたバンド構造を示す。今までの実験手法では5f電子は観測されず、理論との詳細な比較は不可能であった。得られた実験結果は、5f電子を遍歴電子とした相対論的バンド理論によるバンド構造(図2(c)(d))と比較的良い一致を示している。
図3(a)に実験的に得られたフェルミ面を示す。図において、強度の強い部分(明るい部分)と強度の弱い部分(暗い部分)の境界がフェルミ面に対応している。バンド計算によるフェルミ面(図3(b))と比較すると、大きなドーナツ状の構造など、特徴的な構造が非常に良く再現されていることが分かる。これらの結果を総合すると、UFeGa5の電子状態は、このバンド理論によって非常に良く記述されることが明らかとなった。ウラン化合物のバンド構造とフェルミ面が直接観測され、バンド理論によって説明されたのは、今回が世界で最初のケースである。また同時に、この実験手法がウラン化合物の電子状態を調べる上で、非常に有力な実験手法であることが明らかとなった。
<参考資料>
装置は、RI実験棟内に設置されている。
(a)(b)今回実験的に得られたUFeGa5のバンド構造。電子の運動量の異なる2方向の測定を行った。 (c)(d)相対論的バンド理論によるバンド構造。 図で色の濃い部分が実験的に観測される部分である。実験と理論は比較的良い一致を示している。
(a)今回実験的に得られたUFeGa5のフェルミ面。(b)相対論的バンド理論によるフェルミ面。左図で明るい部分と暗い部分の境界となる部分が線で示されている。実験と理論は良い一致を示している。(c)バンド計算による3次元的なフェルミ面の形状。色は5f電子の寄与を示しており、赤い部分ほど寄与が大きいことを示している。
<用語説明>
1) 5f電子
ウラン化合物の超伝導や磁性などの起源となる電子。ウラン原子を構成する92個の電子のなかでも、比較的高い運動エネルギーを持つが、その軌道の空間的な広がりは大きくないという特徴を持つ。そのため、化合物を形成した際には、結晶中を動ける状態と、動けない状態の中間的な複雑な性質を示し、理論的な取り扱いが難しい。
2) バンド構造とフェルミ面
固体中の電子は周期的な原子の並びの間を運動しているが、その原子の周期性により、電子の取りうるエネルギーと運動量の間に固有の関係が生まれる。この電子のエネルギーと運動量の関係を表した曲線をバンド構造と呼び、この構造から固体中の電子の性質を知ることができる。電子はエネルギーの低いバンドから順に占有されてゆくが、あるバンドが途中までしか占有されない場合物質は金属となり、占有された部分と占有されない部分の境界をフェルミ準位と呼ぶ。このフェルミ準位に存在する電子の運動量を、運動量空間中に示すと3次元的な形状となるが、これをフェルミ面と呼ぶ。それぞれの金属は固有のフェルミ面形状を持っており、その形状は金属の性質が特徴付けるため、「金属の顔」とも呼ばれる。
3) 角度分解光電子分光
物質に紫外線などの光を照射し、試料表面から放出される光電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内の電子状態を調べる実験手法を光電子分光法と呼ぶ。この手法により、物質内の電子のエネルギー分布を直接観測することが可能である。角度分解光電子分光では、光電子の角度分布も計測し、固体内の電子の運動量を計測することが可能であり、バンド構造とフェルミ面を実験的に決定可能である。
4) 相対論的バンド理論
結晶中の電子のエネルギーと運動量の関係を計算する理論をバンド理論と呼ぶ。ウランの5f電子は速度が光速に近くなる場合もあるため、より現実に近い電子状態を計算するには、相対論的効果を取り入れることが重要になり、相対論的効果を取り入れた計算を相対論的バンド理論と呼ぶ。
<本研究に関する問い合わせ先> (報道担当) <SPring-8についての問い合わせ先> |
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