タンパク質がRNAをほどいた瞬間をスナップショット - RNAが正常に機能するために必要な折りたたみ構造へと導くメカニズムを解明 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2006年04月21日
- BL41XU(構造生物学I)
平成18年4月21日
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人東京大学
◇ポイント◇
・ RNA-タンパク質複合体の立体構造を決定し、RNA鎖が鋭く曲がっていることを発見
・ 塩基対を解離し、絡まったRNAをほどく仕組みを解明
・ 生殖細胞の分化を始めとするRNAが関わる多くの生命現象の詳細な理解に展開
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人東京大学(小宮山宏総長)は共同で、RNAの形を変えるRNAヘリケースというタンパク質の立体構造を決定し、このタンパク質が、絡まったRNAをほどく仕組みを解明しました。理研ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)タンパク質構造・機能研究グループの横山茂之プロジェクトディレクター、仙石徹リサーチアソシエイト、及び東大大学院理学系研究科生物化学専攻を中心とする研究グループによる成果です。 (論文) |
1. 背 景
RNAは全ての生物において重要な役割を果たしている分子です。DNAが保持している遺伝情報は、RNAに転写された後に、多くはタンパク質へと翻訳されます。また、近年になって、タンパク質をコードしないRNA(non-coding RNA)が機能を担っている例が多く報告され、これまで考えられてきた以上に多彩な役割をRNAが果たしていることが明らかになりつつあります。
RNAはDNAと同様に塩基対を形成することができます。しかし、生体内における両者の存在状態と機能は大きく異なっています。ほとんどのDNAは、相補的な二つの分子のペアとして存在し、塩基対を形成し長い二重らせん構造をつくっています。それに対して、RNAは同一分子内や異なる分子間で複雑に塩基対を形成しながら多彩な折りたたみをつくります。このような性質によってRNAは細胞内で多彩な役割を果たすことが可能となります。また、異なった塩基対を形成することで、同じRNAが動的にその立体構造を変え、それによって生体反応が段階的に進んでいくこともあります。一方で、RNAは、いわば「絡まりやすい」分子であり、時として間違った折りたたみが本来の機能を阻害してしまいます。
RNAヘリケースは、塩基対を壊すことで、そのようなRNAの折りたたみを制御する極めて重要なタンパク質です。ほとんどの生物には多くの種類のRNAヘリケースが存在し、RNAの転写、翻訳、輸送、分解などの様々な生命現象を制御しています。本研究で用いたVasaは、ショウジョウバエで発見された生殖細胞の分化の際に働くタンパク質で、DEAD-boxタンパク質というファミリーに属するRNAヘリケースの一つです。多くの動物でVasaは生殖細胞特異的に発現しており、昆虫からヒトまで共通の生殖細胞分化メカニズムに関与していると考えられていますが、その詳細な機能は分かって いません。
2. 研究手法と結果
RNAヘリケースはRNAの形を変えるタンパク質であるため、働く仕組みを解明するには、RNAヘリケース自体の形を知ることが重要です。研究グループは、X線結晶学※2の手法を用いてVasaがRNAを結合した状態の構造を観測することを試みました。具体的には、VasaとRNAの複合体を結晶化し、大型放射光施設(SPring-8)の構造生物学 I ビームライン(BL41XU)を用いて2.2 Å分解能で立体構造を決定しました(図1)。立体構造中で、VasaはRNAと密接に相互作用しており、その結果、結合したRNAが鋭く曲げられていることが明らかになりました。伸びた形のRNAを仮想的にこの構造と重ね合わせてみると、Vasaが持つ一本のα-ヘリックス※3にぶつかってしまいます(図2)。そのため、このα-ヘリックスが立体障害によりRNAを曲げていると考えられます。このような曲がった構造は、連続して塩基対が形成されているRNAではとりえません。以上の結果から、RNAヘリケースは、塩基対を形成したRNAに結合し、RNA鎖の片側を同じように曲げることにより、付近の塩基対を壊しているという仕組みを持っていることが示唆されました(図3)。
このような仕組みによって、RNAヘリケースは、RNAの形と機能を巧みに制御していると考えられます。RNAは、その「絡まりやすい」性質のため、適切な折りたたみが完全に壊されてしまうと、もとの折りたたみを回復するのは難しいと考えられます。RNAヘリケースは、RNAの複雑な折りたたみ構造中の絡まった部分に直接結合し、それを選択的にほどくことで、周りにできている適切な折りたたみを壊すことなく、解離するべき塩基対だけを巧妙に選んで作用していると考えられます。
3. 今後の展開
RNAが生体内で果たしている多彩な機能については、近年になって爆発的に研究が進み、生物学の中心的なテーマのひとつとなっています。最近注目されているRNAi※4や多数発見されているnon-coding RNAの働きでも、動的に形成される塩基対が本質的な役割を果たしています。そのような動的なRNA立体構造を制御する共通のメカニズムが本研究によって解明されたことにより、この分野での研究が一気に加速すると予想されます。さらに、ヒトにも共通なVasaによる生殖細胞分化などの様々な発生分化、細胞の増殖とがん化などRNAの関与する多様な生命現象のメカニズムの解明にもつながると期待されます。
<参考資料>
Vasaはおもに青色と赤色の二つのドメインからなっており、RNA(緑色)が二つのドメインにまたがって結合している。RNAを曲げるのに重要な役割を果たしているα-ヘリックスを濃青色で示す。
Vasaを分子表面モデルで示す。伸びた形のRNA(黄色)を重ねると、Vasaの α-ヘリックス(ピンク色)と衝突してしまう。実際には、RNAが曲がった形で結合することによりこの衝突を回避している(緑色)。
α-ヘリックス(濃青色)の立体障害によりRNAが曲げられている。
<用語解説>
※1 DEAD-boxタンパク質
RNAヘリケースの最大のファミリーを構成するタンパク質で、転写、スプライシング、翻訳などのRNAが関与する様々な生命現象を制御している。そのアミノ酸配列中に、アスパラギン酸-グルタミン酸-アラニン-アスパラギン酸(一文字表記でD-E-A-D)からなる特徴的な領域を含んでいることから名付けられた。
※2 X線結晶学
結晶にX線を当てた時に得られる回折像から、結晶を構成する分子の立体構造を決定する手法。タンパク質の立体構造を実験的に決定する最も有力な手法のひとつである(タンパク質は非常に小さく、その立体構造を光学顕微鏡で詳細に調べることはできない)。
※3 α-ヘリックス
タンパク質の一部がとる右巻きのらせん形構造。この構造をとることで、タンパク質中の原子がエネルギー的に有利な相互作用を形成することができる。そのため、タンパク質の立体構造においてしばしば現れ、その主要な組立単位のひとつとなっている。
※4 RNAi
RNA interference (RNA干渉)の略で、二本鎖RNAによるタンパク質翻訳の選択的阻害現象のこと。
<本件に関する問い合わせ先> 独立行政法人理化学研究所ゲノム科学総合研究センター 独立行政法人理化学研究所 横浜研究所 (報道担当) <SPring-8についての問い合わせ先> (財)高輝度光科学研究センター |
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