大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8新型電子銃のレーザパルス光源の完全な円筒形化を世界で初めて実現 - 電子ビームの高品質化、および高度なレーザ加工産業および医療への応用に期待 -(プレスリリース)

公開日
2006年05月23日
  • 加速器
(財)高輝度光科学研究センター(JASRI、理事長:吉良爽)の加速器部門(熊谷教孝部門長)は、この度、福井県工業技術センター(所長:友田茂)と共同で、高輝度超短パルスレーザビームを完全な形で円筒形状に整形する技術の開発に世界で初めて成功した。

平成17年5月23日
(財)高輝度光科学研究センター

 (財)高輝度光科学研究センター(JASRI、理事長:吉良爽)の加速器部門(熊谷教孝部門長)は、この度、福井県工業技術センター(所長:友田茂)と共同で、高輝度超短パルスレーザビームを完全な形で円筒形状に整形する技術の開発に世界で初めて成功した。
 この技術は、平行性の高い極めて良質の電子ビーム発生などに用いる光陰極高周波電子銃(フォトカソードRF電子銃)用の理想的な光源を得るために開発されたものであり、次世代放射光加速器の飛躍的性能向上に寄与するほか、将来の医療用および産業用加速器の一層の小型化と普及につながるものと期待される。
 超精密加工分野や計測分野などに用いられるレーザビームの場合、一般に理想とされるのは断面において強度分布が一様な円筒状ビーム(フラットトップ形状)である。レーザ光はその光学部品および空中を伝搬する際に、その媒質中の不均一性により断面形状を崩す場合が多い。たとえレーザ出射直後に完全なフラットトップ形状であったとしても、レーザ照射位置にまで伝搬する間に断面形状が崩れてしまうのでビーム整形が必要となる。
 光陰極高周波電子銃では光陰極(フォトカソード)にレーザ光を当てることで、電子ビームを生成する。(財)高輝度光科学研究センターでは高品質電子ビーム生成のために、レーザビームの空間整形と時間波形整形の研究を行っており、福井県工業技術センターではレーザ加工の高精度化のためレーザビームの円筒状化(断面の強度分布を一様にする空間ビーム整形)の研究を行っていた。このような背景から、両者が共通の課題である空間ビーム整形について共同研究を行った。
 空間ビームの整形は、鏡面背後に設置された電極に電圧を印加させることで鏡面形状を変化させることの出来る特殊ミラー(Deformable Mirror;形状可変ミラー、用語集参照)を用いて行うが、各電極とそれに加える制御電圧の組み合わせが膨大であり、手動による最適化は実用上不可能である。このため、遺伝的アルゴリズム(用語集参照)に基づいた自動最適化制御を行う手法とソフトウェアを開発した。
 開発においては、形状可変ミラーの電圧−変位特性などの基礎性能評価および遺伝的アルゴリズムに基づくプログラミングならびに形状可変ミラーの基礎実験を福井県工業技術センターが担当し、チタンサファイヤ・レーザ3倍高調波(元のレーザ波長の3分の1波長のレーザ光でこの場合は紫外光になる)を用いて任意形状のレーザ強度分布をフラットトップ化する実験を(財)高輝度光科学研究センターが担当した。その上で自動制御用アルゴリズムに用いるレーザパラメータの選択やそれらの重み付けなどは両者で実験を行い完成させた。この結果、任意レーザ形状から加工・計測用レーザ光源として利用価値の高いフラットトップ形状や、標準的なガウシアン形状への整形が紫外域でも可能になった。
 一方、時間波形整形にはJASRI加速器部門がパルススタッカーを開発することで、フェムト秒の立ち上がり時間を持つ2〜20ピコ秒の矩形パルスが実現できるようになった。このパルススタッカーとは、まず初段で入射レーザパルス(パルス幅が数ピコ秒以下)を二分割して時間的にずらして重ねることで、入射パルス幅の倍幅のレーザパルスを作る。これを繰り返すことで、パルス幅の長い矩形パルスを作る光学系である。この方法で紫外域まで時間波形整形が出来るようになった。これら空間および時間強度分布の整形技術を組み合わせることで、Sバンド・光陰極高周波電子銃に理想的な光源パルスの形状とされる10〜20ピコ秒の円筒パルスを完全な形で実現したのは世界で初めてである。特にレーザ加工や電子ビーム光源に必要な紫外域まで同技術を可能としたことは、その利用分野が広いため意義が大きい。
 なお、この技術の重要な要素として用いられた「レーザビーム空間整形のための形状可変ミラー自動制御技術」は、平成17年度に(株)ホクシン(福井市)が福井県工業技術センターの研究成果移転制度である「産学官連携対応事業」を活用してソフトウェアの製品化に成功しており、今後のレーザ加工分野での応用が期待されている。また時間波形制御のパルススタッカーは(株)ルミネックスで商品化され、ストリークカメラ等の単パルス光計測機器の較正光源としての応用が期待されている。
 2006年5月24日から米国ブルックヘブン国立研究所で開催される Collaboration Workshop on RHIC electron cooling and high-brightness electron beams, May 24-26, 2006, Brookhaven National Laboratory (RHIC Electron Cooling Group) において、冨澤宏光博士(JASRI)が招待公演を行う予定である(発表タイトル:Laser pulse shaping experiments)。

1.研究の背景
 (財)高輝度光科学研究センター(JASRI、理事長:吉良爽)の加速器部門(熊谷部門長)は、福井県工業技術センター(所長:友田茂)と共同で、レーザの空間強度分布(用語1)の自動最適化システムを開発し、財団が独自開発した時間強度分布(用語2)整形システムと組み合わせ、光陰極高周波電子銃(用語3)(図1)用レーザ光源として最も理想的とされるビーム形状の円筒形化の実現に成功した。
 同財団の加速器部門では、高品質ビームを生成する新型の光陰極高周波電子銃(フォトカソードRF電子銃) を一貫して開発してきている。この技術開発は、学術用途だけでなく、医療用および産業用電子加速器の一層の小型化と普及のような、加速器技術の社会への貢献という面でも期待されている。この新型電子銃では光陰極(フォトカソード)にレーザビームを照射して電子ビームを生成し、そして陰極から飛びだした直後の電子ビームの形状を照射したレーザビームの形状とほぼ同じにすることが出来る。この点でこの電子銃は、従来の熱陰極電子銃(用語3)とは異なり、初めから短パルスの電子ビームを発生させることができる。また、この光陰極は熱陰極に比べて、電子ビームパルスが陰極から出た直後の短パルス形状を最適化することが可能で、平行性の高い極めて良質の短パルス電子ビーム(低エミッタンスビーム(用語4))にすることができる。低エミッタンスを実現するためには、円筒形のレーザを光陰極に垂直に入射することが重要である(図2)。このビームを使えば逆コンプトン散乱(用語5)等による、小型の短パルス・エックス線光源の実現も期待される。
 実用的な高品質X線源を完成させるためには、レーザ光源の安定化とその3次元パルス形状を最適化することが最重要課題とされ、最適形状についての議論が世界中でなされている。しかし、通常のレーザ装置から照射された直後のレーザ光は、光の強さはビーム中心で最も高く、周辺に近づくにつれて弱くなり、裾野が広がった釣り鐘状の空間強度分布をなす。これをガウシアン形状(用語6)と呼ぶ。この光は種々の光学路を通る際に、中間媒質(空気)の温度分布による屈折率の不均一、レンズ光学部品などの表面精度や中心位置ズレによる集光位置のバラツキ、あるいは非線形光学結晶(元のレーザ波長の半分に変換する特殊光学結晶)通過などの為、ガウシアン形状を維持出来ずに空間強度分布を崩す場合が多い。そのため、精密レーザ加工や電子ビーム光源に求められる高強度の超短パルス紫外光源では、形状が不均一に歪んでいるという実情がある。特に、レーザがテラワット出力クラスになると、光学素子の非線形効果や熱歪みのために空間強度分布の歪みが大きくなり、また長期に安定度を維持することが難しいという問題があった。また現状のレーザ整形技術では、その形状の最適化に時間がかかるため、パルス毎の最適化が出来ない。そのために長期に亘り安定なレーザ光源が何よりもまず必要であった。
 そこでJASRI加速器部門では、まずレーザ光源の本質的安定化のためにフェムトレーザス社(FEMTOLASERS Produktions GmbH)のフェムト秒(用語7)シードレーザ(モデル名:SYNERGY)を試験導入し、同社と安定化条件を見出すためのテストと改造を行ってきた。その結果、本年1月から開始した長期連続運転試験で、現時点に至るまで24時間連続で4ヶ月を超えてもレーザの総てのパラメータ(スペクトル幅、中心波長、出力、発振周波数等)が安定であることが確認できた。同時に、レーザ機器の環境安定化のために、レーザ環境試験室を、従来の恒温のみのクリーンルームから恒温恒湿クリーンルームへと整備した。帯電しやすい光学部品に埃が静電気で吸着して高強度レーザにより焦げ付く損傷を未然に防ぐため、湿度を55%に高く維持することで低減することを狙ったもので、レーザ室の湿度を一定に制御すること自体が世界的に例がなく先進的なものである。
 以上の安定化技術により、テラワット出力(ピーク強度)のチタンサファイヤ・レーザからの3倍高調波(波長:263 nm)で1.4%(rms)の安定度を有するビームを1ヶ月間、24時間連続で供給できるようになった。この1ヶ月という期間は、その励起(用語8)用光源であるフラッシュランプの寿命で決まっている。現在、フラッシュランプの印加電圧のみ、手動での調整が1日1回必要であるが、タレスレーザー(株)(Thales Laser Co.,Ltd)との共同で、長期ドリフトが抑えるための自動最適化システムを構築中である。現状で光源となるレーザはその強度変動、空間の位置変動(ポインティング・スタビリティ)、パルス・タイミングの変動(時間ジッター)を極限まで低く抑えられるようになった。このような安定な光源を使ってはじめて、今回のレーザパルスの空間および時間強度分布の整形が可能となった。

2.研究の手法と成果
 その空間強度分布の制御には、形状可変ミラー(Deformable Mirror)(用語9)(図4)と、福井県工業技術センターとの共同研究で完成させた遺伝的アルゴリズム(用語10)に基づいた自動最適化ソフトウェアを用いた。この最適化ソフトウェアにより、任意のレーザ空間強度分布を自由に作り出すことができ、加工分野や高品質電子銃光源に最適形状とされる円筒状ビーム(フラットトップ形状)(用語11)や、レーザに標準的な空間分布形状であるガウシアン分布などを紫外域でも自由に作り出すことができるようになった。この空間分布形状の自動最適化試験は、SPring-8光陰極高周波電子銃用のレーザ光源試験施設(マシン実験棟)で行われ、フラットトップ形状やガウシアン形状に最適化されることを実証した(図3図5)。この自動最適化プログラムは、福井県工業技術センターの技術移転により(株)ホクシン(福井市)で製品化され、今後のレーザ加工分野での応用が期待されている。一方、時間強度分布はJASRI加速器部門がパルススタッカー(用語12)(図6図7)を開発することで、フェムト秒の立ち上がり時間を持つ2〜20ピコ秒の矩形パルスが実現できるようになった。このパルススタッカーは(株)ルミネックスで商品化され、ストリークカメラ(用語13)等の超短パルス光計測機器の較正光源としての応用が期待されている(図8)。これら空間および時間強度分布の整形技術を組み合わせ、Sバンド・光陰極高周波電子銃で理想的とされている光源パルスの形状である、10〜20ピコ秒の円筒形状パルスを、ほぼ完全な形で実現したのは世界で初めてである(図9)。また、精密レーザ加工や電子ビーム光源として必要な紫外域まで同技術を可能としたことは、加速器応用に留まらず、その利用分野が広いため意義が大きい。
 このうち時間整形については、さらにその整形範囲と最適化の自由度をあげるためにサイバーレーザー(株)の空間位相変調器(用語14)(Spatial Light Modulator: SLM)を採用し、最適化アルゴリズムにより電子ビーム形状を直接自動最適化する試験をしている。このSLMとの組み合わせで、レーザビーム整形は3次元方向総て補償光学系(用語15)で完成されることになる。これによりレーザパルス形状を計測して最適化するのみならず、最終的な電子ビームの形状または品質(エミッタンスなど)を直接計測して最適化することが可能となる。尚、このSLMの開発は先進小型加速器プロジェクト(推進室を(独)放射線医学総合研究所に設置)の一環として、医療用小型エックス線光源のための高品質電子ビーム源の予算で実施された。

3.期待される効果
 今回開発された高品質レーザ光源の長期安定化を実現できたことは、高性能光陰極電子銃の実用化への大きな一歩である。このことにより医療用および産業用電子加速器(ライナック(用語16))の一層の小型化と普及、エックス線自由電子レーザ(X-ray Free Electron Laser: X-FEL)、エネルギー回収型ライナック(Energy Recovery Linac: ERL)等の大型放射光施設(SPring-8)用語17)に続く次世代放射光光源および、素粒子フロンティアの究極の加速器と言われるリニアコライダー(用語18)用の偏極光陰極用レーザ光源の開発にも大きく寄与できるものと期待される。今後の課題は装置の小型化と低コスト化である。これにより高品質電子ビームを使った逆コンプトン散乱エックス線光源などの利用が、専門家から産業および医療の現場に広がることを意味し、一層のビーム利用拡大が期待される。
 このレーザパルス整形についての成果は、2006年5月24日から米国ブルックヘブン国立研究所で開催される Collaboration Workshop on RHIC electron cooling and high-brightness electron beams, May 24-26, 2006, Brookhaven National Laboratory (RHIC Electron Cooling Group) において、冨澤宏光博士(JASRI)が招待公演を行う予定である(発表タイトル:Laser pulse shaping experiments)。また、8月に開催される第3回日本加速器学会でも、同博士が高品質電子ビームについて発表を行う予定である。(発表タイトル:レーザパルス3次元形状制御によるフォトカソードRF電子銃の自動最適化)。


<参考資料>

図1 ピルボックス型Sバンド・光陰極高周波電子銃空胴と垂直入射
図1 ピルボックス型Sバンド・光陰極高周波電子銃空胴と垂直入射

レーザビームは電子ビーム出射前方に置かれた(実際は電子ビームに当たらないように脇に逸れている)折り返しミラーで光陰極に垂直に入射される(実際のレーザの入射角度は2度)。このSPring-8ピルボックス型の光陰極高周波電子銃は、2年前に世界最高カソード表面電界に達し、現在に至るまでその記録は破られていない。

 


 

図2 光陰極(カソード)面垂直入射光学系
図2 光陰極(カソード)面垂直入射光学系

入射角は2度以下,写真右端のレーザプロファイラーはカソード面上でのレーザプロファイルと同じになるように,スプリッター(レーザ光を2つに分岐する半透明なミラーの一種)からカソードと等距離に配置。このレーザプロファイルの場所で観測されたレーザの空間強度分布は、光陰極面上と同じである。

 


 

図3 レーザの空間プロファイル最適化の結果
図3 レーザの空間プロファイル最適化の結果

写真上:DMで整形前(左);DMで整形後(右)
画像下:DMで整形前(左);DMで整形後(右)

図は紫外レーザのカソード表面位置での空間強度分布(空間プロファイル)を示す。図の左に形状可変ミラー(Deformable Mirror: DM)の59チャンネル全ての電極印加電圧がゼロの場合を,右に遺伝的アルゴリズ厶により各チャンネルへの印加電圧を自動最適化して円筒状(フラットトップ)に整形した結果を示す。これらのプロファイルはレーザ光を2つに分岐(スプリット)し,その分岐位置(スプリッターの場所)から光陰極(カソード)表面までの距離と同じになる位置で,レーザ・プロファイルモニタ−(スピリコン社製LBA300−PC)を用いて計測した。

 


 

図4 レーザの空間プロファイル整形用の形状可変ミラー(Deformable Mirror: DM)
図4 レーザの空間プロファイル整形用の形状可変ミラー(Deformable Mirror: DM)

上図:DMの写真(左);DMの保護具(右)
右下図:DMのアクチュエータの配置図(59チャンネル)

形状可変ミラーは59個の電極を薄い膜(メンブラン)の裏に配置して電圧をかけることで、そのミラー形状を自由に変えることができる。このメンブランはデリケートなため、クリーニングが難しいのでそのための保護具を作成した。しかし、その可変形状の組合わせは膨大なため自動最適化アルゴリズムが整形には必要になる。

 


 

図5  形状可変ミラーでの自動最適化中の様子
図5 形状可変ミラーでの自動最適化中の様子

写真中、手前側のモニターは、商品化された遺伝的アルゴリズムに基づく空間プロファイル自働最適化ソフトウェアでのレーザビームの空間強度分布の自動最適化の過程を表示している。そのときの空間プロファイルはレーザプロファイラー(スピリコン社製LBA300−PCで計測中)を用いて計測した。写真中奥にあるモニターは光陰極面上でのレーザのスポットイメージを表示している。

 


 

図6  UVパルススタッカー概念図(上図は3段のパルススタッカーを表す)
図6 UVパルススタッカー概念図(上図は3段のパルススタッカーを表す)

まず、パルススタッカーに入射する前に、チタンサファイヤ・レーザのコンプレッサー長を5 cm変えることで、その3倍高調波(THG:263 nm)100 fsから3 psまでパルス幅可変のレーザ光源を用意する。目標とする矩形パルス幅20 psの場合、パルススタッカーを3段目まで用い、8個に分割した2.5 psの入射パルスを全て重ね合わせれば出来ることになる。パルスを重ね合わせるときに干渉効果を低減するために、互いに直交するS偏光とP偏光が交互に並ぶように重ね合わせる。したがって、先の例の場合は、1段目のS偏光とP偏光の光路差を10 ps、2段目を5 ps、3段目を2.5 psにすることで、20 psの矩形パルスが出来る。尚、光学系は偏光スプリッターキューブのみで構成したが、前段は破壊閾値の高いオプティカルコンタクト方式を用い、後段は安価な光学セメント接着方式とするのが合理的である。

 


 

図7  パルススタッカーの構成
図7 パルススタッカーの構成

上写真は切り替え式最大3段目までのパルススタッカーの構成。折りたたみ式のミラー(フリッパー)を立てることでパルススタックを0から3段まで変えることが出来るため、パルス幅は可変である。ここで時間強度分布整形したレーザパルスは、次に形状可変ミラー(デフォルマブルミラー)に送られ、そこで空間強度分布を整形し、最終的に円筒形状ビームになる。

 


 

図8  パルススタッカーにより整形された時間強度分布の様子
図8 パルススタッカーにより整形された時間強度分布の様子

写真は3段目のパルススタッカーでのS偏光とP偏光の光路差を変えることで、レーザの時間強度分布がどのように変わるかを上下の画像で示す。上下それぞれ、左図はストリーク画像と言われるもので縦軸が時間を横軸が空間を表す。右図は左のストリーク画像を時間軸に投影したものでレーザパルスの時間強度分布を表す。

 


 

図9  レーザの時間および空間強度分布整形の全体概念図
図9 レーザの時間および空間強度分布整形の全体概念図

長期安定化されたレーザパルスは、時間的にも空間的にも安定である。時間的に安定とは、パルス幅が一定でパルス間隔も一定である。空間的に安定とはレーザビームの位置が一定で動かないことを意味する。このような光源レーザをまず用意し、パルススタッカーで時間強度分布を整形してから形状可変ミラーで空間強度分布を整形する。このようにしてレーザパルスの進行方向に対して円筒状のレーザパルスを作ることが可能となる。

 


<用語解説>

1.空間強度分布
 レーザ光の進行方向に対して垂直な断面を考える。このとき、縦・横方向の二次元的に、レーザ断面のもつ光強度の分布を空間強度分布と呼ぶ。レーザビームプロファイラ(CCDの一種)などでこの強度分布の測定が可能である。空間プロファイルともいわれる。

2.時間強度分布(時間波形)
 レーザ光の強度が、時間的に変化する場合を考える。空間上のある位置Pで遠方から来るレーザ光の強度を測定した場合、レーザ光が来る前は強度0、レーザ光がPに到達しつつある状態では強度が徐々に大きくなり、レーザ光がPを通過中に強度が最大値に達した後、レーザ光がPを通過完了しつつある際に強度が徐々に小さくなる。この様に、強度の立ち上がりと立ち下がりの状態の分布を時間強度分布と呼ぶ。時間プロファイルとも言われる。空間プロファイルと合わせて、3次元の立体のプロファイルになる(図9)。今回のテーマはその立体形状の整形である。

3.(Sバンド)光陰極高周波電子銃(新型電子銃)
 フォトカソードRF電子銃と一般的にいう。短パルスレーザを陰極(カソード)に照射し、光電効果で発生した電子を、高周波空胴による高電界で加速する電子銃。(これに対して、陰極を熱することで熱電子を生成する方式の電子銃を熱陰極電子銃という。)光陰極高周波電子銃は平行性の良い電子ビーム源として優れている。JASRIで開発した光陰極高周波電子銃は、高周波の周波数が2856 MHz(Sバンド)で、陰極に空胴内壁の銅を用い、円筒型の単空胴(ピルボックス型)を採用している。

4.エミッタンス
 荷電粒子ビームの品質を表すパラメータの1つで、ビームのサイズと平行性の程度を表す。エミッタンスが低い(小さい)ほど良い品質を表し、平行度の高いビームであることを意味する。この値が高い(大きい)とビームをごく小さなスポットに収束できないため、エミッタンスの値を低く維持する電子銃の開発が世界的な競争になっている。

5.逆コンプトン散乱
 高速で運動している電子に光子が弾き飛ばされた結果、光子のエネルギーが高くなる散乱。レーザ光線と電子ビームを用い、この散乱で得られる高エネルギー光ビームのことを逆コンプトンX線、またはレーザ電子光という。

6.ガウシアン形状(分布)
 通常のレーザ装置から照射された直後のレーザ光は、光の強さはビーム中心で最も高く、周辺に近づくにつれて弱くなり、裾野が広がった釣り鐘状の断面形状をなす。これをガウシアン形状と呼ぶ。レーザの空間強度分布として一般に標準的な分布である。

7.フェムト
 SI単位系の補助単位で、1.0×10-15(一千兆分の1)を示す。即ち、1フェムト秒は、一千兆分の1秒のこと。1秒間に地球の周りを7回り半進む光でさえも、1フェムト秒では0.3ミクロン(300ナノメートル、髪の毛の平均太さの300分の1)しか進まない。なお本文中にあるピコ秒は1000フェムト秒に相当する。

8.励起
 レーザ共振器内の媒体が、光が発振可能な状態なった状態。あるいは、レーザ結晶媒体に外部からエネルギーを注入することを示す。高いところに水を汲み上げるようなイメージからポンピングとも言われる。本研究で用いられたテラワット・チタンサファイヤ・レーザの結晶媒体は、フラッシュランプ光で励起したYAGレーザ光を使って励起している。

9.形状可変ミラー(Deformable Mirror(DM);デフォルマブルミラー)
 薄い金属薄膜を鏡面とし、その鏡面背面に高電圧電極を多数配置し、電圧を印加することで薄膜鏡面を部分的に吸引し、反射鏡面の平坦性などの形状を変化させることが可能な特殊鏡(静電引力型)。このほか、圧電素子を用いるタイプ、空圧を用いるタイプなどがある。
 鏡(mirror)を変形する(deform)ことが可能なことからDeformable Mirrorと呼ばれ、補償光学素子(用語15)の一つである。
 本研究で用いた形状可変ミラーは静電引力型、電極数59 ch、各電極電圧可変範囲が0〜250Vで、制御パターンが3.0×10141(141桁の数字)分あり、手動最適化は実行上不可能のものであった。

10.遺伝的アルゴリズム
 遺伝的アルゴリズムとは、制約条件下での最適化問題の近似解法のひとつで、最適化解を遺伝子染色体として扱い、染色体の交叉・突然変異の発生、染色体に対する評価、生存選択を繰り返し、近似解を探索する手法である。
 組み合わせ問題において厳密解を求めるには膨大な計算や時間を要し、それらが実現不可能な場合、近似解を許容することで最適解に近い解を比較的短時間で求めることが出来る。

11.フラットトップ形状(分布)
 ガウシアンの裾野が広がった釣り鐘状の断面強度分布に対し、円筒状の強度分布を持つレーザビーム形状のこと。円筒の外側ではレーザ強度は0、円筒の内側ではどの点においても一定値のレーザ強度を持つことが特徴である。計測用、加工用などに、このフラットトップ型のビームは理想とされる。

12.パルススタッカー
 図6図7に示した超短パルスを時間的にずらして重ねることで、短パルスの矩形波形を作ることができる光学系。アイデアとしては新しいものではないが、安定に再現性をもったものがなく、調整も難しかったので商品として存在しなかった。今回はこれらの問題を解決するために光学部品から設計し直した。

13.ストリークカメラ
 ストリークカメラとは、入射光を電子に変換し、その電子を掃引電極によって高速で上方から下方へ掃引することにより、時間的に変化する入射光強度を画面上で輝度分布として表示・測定する短パルス光測定装置。図8に示したパルススタッカーでのレーザパルスの形状の画像はストリーク像と言われる。一般に縦軸が時間で横軸が空間での位置をあらわす。今回の測定は(株)浜松ホトニクスのFESCA(フェスカ)-200を用いた。このストリークカメラは200フェムト秒(0.2ピコ秒)の超高速光現象までとらえるストリークカメラであり、サブピコ秒の現象をリアルタイムで計測することが可能である。

14.空間位相変調器(Spatial Light Modulator: SLM)
 超短パルス(フェムト秒)レーザの位相と、振幅を変える変調器の一種で、時間波形を整形する装置。フェムト秒レーザパルスの広帯域性を利用し、超短パルスの周波数位相を変調することによって波形を整形する。物質中を透過したりあるいは伝搬したりする間に伸延してしまった短パルスレーザ光のパルス幅を再圧縮する場合にもよく使われる。補償光学素子(用語15)の一つである。

15.補償光学系(Adaptive Optics)
 遠方の像をレンズで投影し結像する場合、理想的な環境では光回折で結像の分解能は決定されるが、実環境下では、例えば温度分布による屈折率の勾配が発生する場合、光路媒体に起因する歪みにより分解能は劣化する。蜃気楼はこの例である。
 また、光学部品(レンズなど)内部の欠陥や、レンズ収差などにより像が歪む事もある。
補償光学系とは、この様な歪み(distortion)や収差の影響を、光波面の補正を行うことで動的に排除するものを言う。例えば、形状可変ミラー(用語9)、空間位相変調器(用語14)などがある。

16.ライナック
 ライナックとは、荷電粒子を直線上に加速するための空洞(共振器)を並べたもので、高周波電界で加速する装置。空洞(共振器)を通過する毎にエネルギーが増加し、段数を多くすることで高いエネルギーまで加速できる。リニアックともいわれる。

17.大型放射光施設(SPring-8)
 兵庫県播磨科学公園都市にある第三世代の大型放射光施設(SPring-8)は、世界最高性能の赤外線からX線までの広い波長域の放射光を発生することができる大型研究施設である。平成9年10月に供用が開始された。SPring-8は、世界最高輝度のX線を発生させることができ、従来のX線発生装置から得られる光の明るさに比べおよそ1億倍も明るく、極微量分析に優れている。本施設は、国内外の産学官の幅広い分野の研究者に広く開かれた共同利用施設として様々な研究開発に利用されており、その管理・運営は、財団法人高輝度光科学研究センタ−(JASRI)が行っている。

18.リニアコライダー
 リニアコライダーとは電子ビームと陽電子ビームをそれぞれ250 GeV(ギガ電子ボルト)に加速して正面衝突させる衝突型加速器である。この加速器により、質量の起源が明らかになる。世界の高エネルギー物理学コミュニティーが10数年来試験開発で競争して進め、その実現可能性を検討してきた次世代の加速器である。2004年、世界で共同して設計を行うためのグローバル設計チームを立ち上げることが決定された。


<本研究に関する問い合わせ先>

 (財)高輝度光科学研究センター
 加速器部門 部門長  熊谷 教孝
 加速器部門 副主幹研究員  冨澤 宏光(技術関連)
  E-mail: hiro@spring8.or.jp
  Tel:0791-58-0851 / Fax:0791-58-0850

福井県工業技術センター
 企画支援室 勝木
 創造研究部 松井
  Tel:0776-55-0664

<SPring-8についての問い合わせ先>

(財)高輝度光科学研究センター
  広報室  原 雅弘
  E-mail: hara@spring8.or.jp
  Tel:0791-58-2785 / Fax:0791-58-2786

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