大型放射光施設 SPring-8

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ナノ細孔へのガス吸着の過程の観測に世界で初めて成功 - 高反応性ガス吸着貯蔵物質の設計指針への期待 -(プレスリリース)

公開日
2006年07月04日
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)
大阪府立大学、財団法人高輝度光科学研究センター、京都大学からなる研究グループは、ガス吸着材料として有望な物質である多孔性配位高分子のナノサイズの細孔(ナノ細孔)にガス分子が吸着される過程の観測に世界で初めて成功しました。
平成18年7月4日
大阪府立大学
(財)高輝度光科学研究センター
京都大学

 大阪府立大学(南 努学長)、財団法人高輝度光科学研究センター(吉良爽理事長、以下「JASRI」)、京都大学(尾池和夫総長)からなる研究グループは、ガス吸着材料として有望な物質である多孔性配位高分子※1のナノサイズの細孔(ナノ細孔)にガス分子が吸着される過程の観測に世界で初めて成功しました。
 多孔性配位高分子は極めて規則性の高いナノ細孔をもつ結晶物質で、ガス貯蔵、選択的なガスの分離、触媒などへの応用が期待されている新しい材料です。これまで同研究グループは、酸素や水素、アセチレンなどのガス分子がナノ細孔内で、規則構造をもって吸着することを発見し、これらはNature、Science、Angewandte Chemieなどの科学雑誌に掲載され、新聞紙上でも取り上げられました。特に、爆発性で反応性が高いアセチレンが本材料中で高密度に濃縮しても安定に貯蔵できる機構を、アセチレンガス導入から調べることは基礎および応用の点から重要であり、今回、その吸着過程の中間状態における、ナノ細孔内でのガス分子の配列の様子が明らかになりました。また、アセチレン分子と細孔壁は相互作用が弱い結合状態にあることがわかりました。中間状態の解明によって、相互作用の非常に強いアセチレンの高密度吸着の過程が明らかになりました。このことは、今後、その他の反応性の高いガスの吸着材料の設計指針を与えることになります。
 本研究では、大型放射光施設(SPring-8)粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2)の高輝度放射光を用いたことが、このような吸着過程の中間状態の詳細な構造を、化学結合のレベルで明らかにすることの成功に結びつきました。
 本成果は、大阪府立大学の久保田佳基講師、独立行政法人理化学研究所の高田昌樹主任研究員(JASRI主席研究員兼務)、京都大学の北川進教授らのグループの共同研究によるもので、ドイツ科学雑誌 Angewandte Chemie International Edition の7月24日号に掲載予定ですが、それに先駆けて6月30日にオンライン掲載されました。

(論文)
"Metastable Sorption State of a Metal-Organic Porous Material Determined by In Situ Synchrotron Powder Diffraction"
(日本語訳:放射光粉末回折その場測定により決定された多孔性配位高分子へのガス吸着中間相の構造)
Yoshiki Kubota, Masaki Takata, Ryotaro Matsuda, Ryo Kitaura, Susumu Kitagawa, Tatsuo C. Kobayashi
Angewandte Chemie International Edition 45 (30), 4932 - 4936 (2006), published Online 29 June 2006.

背景
 多孔性配位高分子は、極めて規則性の高いナノサイズの細孔(ナノ細孔)を持つ結晶物質で、その優れたガス吸着能を利用して、ガス貯蔵や選択的なガス分離など様々な応用が期待されています。金属イオンと有機分子を組み合わせて作られるこれらの物質は分子レベルでナノ細孔を設計することができ、また化学合成が比較的容易に行えます。合理的な設計・合成のために、ナノ細孔内に吸着されたガス分子の位置や、ナノ細孔を構成する骨格構造の情報は欠かせないものです。このような観点から、私たちはX線結晶構造解析によってこの物質へのガス吸着構造を調べ、酸素[1]や水素[2]、アセチレン[3]などのガス分子がナノ細孔内で、規則構造をもって吸着されることを発見しました。また、ガス分子とナノ細孔壁との相互作用の様子についても知ることができました。
 特にアセチレンについては、他のガス分子とは異なりナノ細孔とガス分子が非常に強い相互作用をもって、反応性の高いアセチレンを高密度で吸着していることもわかっています。このアセチレンについては、吸着等温線やX線粉末回折データから、吸着状態が不安定な中間状態があることがわかっていましたが、この中間状態においてガス分子がどのような状態にあるかはわかっていませんでした。これまでの吸着構造の研究では、飽和吸着状態におけるガス分子の配列ならびに骨格構造が調べられてきましたが、ガス分子導入から飽和吸着状態に至るまでの過程の構造情報は全く明らかにされていませんでした。
 多孔性配位高分子の骨格構造は、吸着材としてよく知られているゼオライト※2のように強固なものではなく、配位結合や有機分子に由来する柔軟性の高さに大きな特徴があります。そして、吸着されるガス分子の大きさや形状に合わせて骨格が大きく変形する例も報告されています。このようなダイナミックな構造変化を伴う系において、吸着過程全体をとおして構造情報を得ることは大変重要です。
 本研究では大型放射光施設(SPring-8)粉末結晶構造ビームライン(BL02B2)の高輝度放射光を用いた粉末回折データのガス吸着その場測定を行い、アセチレン吸着過程に観測される中間相の結晶構造解析を行いました。

研究手法
 実験はSPring-8粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2(*)において、大型デバイシェラーカメラ※3とガス導入システムを組み合わせて行いました。北川グループで合成された銅配位高分子粉末をガラスキャピラリに充填し、そこにアセチレンガスを導入しました。吸着ガス圧力と温度をコントロールすることによって、粉末回折データのその場測定を行い、吸着中間相単相のデータを得ました(図1)。結晶構造解析は、マキシマムエントロピー法(MEM)/リートベルト解析※4と呼ばれる、電子密度イメージングと粉末回折パターンフィッティングとを組み合わせた方法で行いました。

研究成果
 今回用いた銅配位高分子への飽和吸着相(状態)で、アセチレン分子は、ナノ細孔壁にある非結合酸素原子と水素結合を形成しながら両側から捉えられ、高密度の吸着を実現していることがわかっています[3]。今回得られた吸着中間相(状態)では、アセチレン分子は飽和吸着相とはわずかに異なる向きをとり、銅イオンと結合した酸素原子の方向を向いていることがわかりました(図2)。この中間相から飽和吸着相への構造変化は小さいことと、電子密度分布からアセチレン分子とナノ細孔壁との結合は飽和吸着相に比べてかなり弱いことがわかりました(図3)。
 アセチレン分子がナノ細孔に取り込まれることによって、結晶格子は吸着中間相で一旦膨張し、その後、飽和吸着相に達して収縮することがわかりました。この膨張・収縮は、中間相と飽和吸着相での、アセチレン分子の向きおよび、アセチレン分子とナノ細孔壁との相互作用の強さの違いによるものと理解できます。
 このとき、結晶格子は細孔の方向にスライドして変形していました(図4)。同時に、ナノ細孔壁を構成している有機分子も回転して向きを変え、効率的な空間充填をしながらガス分子を取り込んでいることがわかりました。すなわち、この多孔性配位高分子は、アセチレン分子の大きさと形状、ナノ細孔壁との相互作用によって、柔軟に骨格構造を変化させながらガス分子取り込みを行っていることが明らかになりました。また、中間相の存在はガス分子の大きさや形状だけでなく、吸着量によっても骨格構造が変化することを示しています。

意義
 吸着中間相の構造解析によって、吸着過程全体を通しての構造変化、すなわち、ナノ細孔がどのようにガス分子を取り込み、そのガス分子の大きさや形状、量に応じて骨格構造自体がどのように変化して効率的な収容をしているのかを化学結合レベルで知ることができました。本研究成果は、アセチレンのような反応性の高いガスの吸着材料の設計指針を与えることになります。

(*) SPring-8での実験は文部科学省のナノテクノロジー総合支援プロジェクトの支援を受けて粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2で実施されました。物質の合成等において科学研究費特定領域研究「配位空間の化学」の支援を受けました。
また、CREST(JST)の支援を受けました。


< 参考資料 >

図1 アセチレン吸着による粉末回折データの変化
図1 アセチレン吸着による粉末回折データの変化

アセチレンガス圧力を150 kPaに保ちながら温度を下げていき、吸着させた。

 


 

図2 吸着等温線とそれぞれの吸着量に対応する結晶構造
図2 吸着等温線とそれぞれの吸着量に対応する結晶構造

緑色で描いた分子がアセチレン分子。

 


 

図3 吸着中間相における電子密度の等高線図
図3 吸着中間相における電子密度の等高線図

電子密度が高い部分は省略してある。この図はアセチレン分子を含む断面であり、中央のアセチレン分子とその両側の酸素原子との間に化学結合はほとんど見られない。

 


 

図4 アセチレン吸着による構造変化
図4 アセチレン吸着による構造変化

中央がナノ細孔であり、アセチレン分子と細孔を構成する有機分子(細孔の上下)がボールモデルで描いてある。結晶格子がスライドして変形し、有機分子の向きも変化している。

 


<用語解説>

※1 多孔性配位高分子
 孤立電子対を持つ分子やイオンが、その電子対を利用して化学結合を形成している高分子結晶のことを指す。金属イオンとそれらを橋かけする有機分子によって、極めて均一な細孔構造が形成される。

※2 ゼオライト
 無機の多孔性結晶物質であり、イオン交換や触媒、吸着材料として利用されている。もともと天然の粘土鉱物として知られているが、現在では様々な性質をもつものが人工的に合成されており、工業的にも重要な物質となっている。骨格構造はAlO4やSiO4の四面体ユニットからなり、多孔性配位高分子と比較すると非常に強固です。

※3 大型デバイシェラーカメラ
 粉末試料から回折したビームを二次元検出器で測定する装置。すべての回折データが同時に測定できるので、温度やガス圧力などの試料環境を変化させた測定に有利であり、統計精度の高いデータが得られる。BL02B2にはカメラ半径が287mmの大型のカメラが設置されている。

※4 マキシマムエントロピー法(MEM)/リートベルト解析
 モデルフリーな結晶構造解析法であるマキシマムエントロピー法(MEM)と粉末構造解析法であるリートベルト法を組み合わせた精密粉末構造解析法。リートベルト法のピーク分離の機能とMEMのモデルフリーな回折データのイメージングの機能を組み合わせることによって、複雑な粉末回折パターンから詳細な電子密度分布を求めることができる。利用法としては、フラーレンの構造解析に見られるような、簡単な近似モデルから出発して最終的な構造モデルを求める構造精密化と、構造既知の物質の電子密度解析の二つがある。

参考文献
[1] R. Kitaura et al., Science 298, 2358-2361 (2002).
[2] Y. Kubota et al., Angew. Chem. Int. Ed. 44, 920-923 (2005).
[3] R. Matsuda et al., Nature 436, 238-241 (2005).


<本件に関する問い合わせ先>

大阪府立大学大学院理学系研究科 物理科学専攻
 講師  久保田 佳基
 E-mail: kubotay@p.s.osakafu-u.ac.jp
 Tel:072-222-4811 Ext.4343 / Fax:072-222-4791

(独)理化学研究所 播磨研究所 高田構造科学研究室
 主任研究員  高田 昌樹
 (兼務)(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 主席研究員
 (兼務)(独)科学技術振興機構
 E-mail: takatama@spring8.or.jp
 Tel&Fax:0791-58-0946

京都大学大学院工学研究科 合成・生物化学専攻
 教授  北川 進
 E-mail: kitagawa@sbchem.kyoto-u.ac.jp
 Tel:075-383-2733 / Fax:075-383-2732

<SPring-8についての問い合わせ先>

(財)高輝度光科学研究センター
 広報室
 E-mail: kouhou@spring8.or.jp
 Tel:0791-58-2785 / Fax:0791-58-2786