「単元素バルク金属ガラスの発見」はまぼろしだった - 高温高圧状態の金属で特異な結晶粒粗大化を発見 - (プレスリリース)
- 公開日
- 2006年08月01日
- BL14B1(JAEA 物質科学)
- BL22XU(JAEA 量子構造物性)
平成18年8月1日
独立行政法人
日本原子力研究開発機構
独立行政法人日本原子力研究開発機構【理事長 殿塚猷一】(以下、「原子力機構」と言う。)は、大型放射光施設(SPring-8)を用いたX線回折その場観察1)によって、高温高圧下でジルコニウム及びチタンがバルク金属ガラス2)を形成するという最近の報告を覆す新事実を発見した。これは、原子力機構量子ビーム応用研究部門、服部高典研究員らによる成果である。 (論文) |
背景
1960年に発見された「金属ガラス」は、原子配列に周期性がないため、結晶相にない優れた性質(高強度、耐腐食性、磁気特性に優れる)を持つことが知られている。しかしながら、実用材として使えるような塊(バルク)が得られなかったために、長い間注目を集めてこなかった。1980年代初期に東北大井上グループによって、大型化がなされバルク金属ガラスの実用化への道が開かれた。しかしながら、これらの物質も構成元素が数種類以上であるために加熱すると各成分に分離してしまうという問題があり、その高温下での使用に問題があった。一方、最近 Zhang&Zhao [Nature 430, 332 (2004)] や、Wangら [Phys. Rev. Lett. 95 155501 (2005)] に、よって数万〜10万気圧の圧力下で加熱することによって、単元素物質においても、金属ガラスが得られることが報告された。これらの物質は、単元素であるために、通常のバルク金属ガラスが示すような高温下における分解を示さず、約1000℃まで安定という驚異的な安定性を持つことが知られている。この発見は、実用のみならず基礎科学の上でも重要であり、現在注目を集めている。
実験条件(図1参照)
これまでバルク金属ガラスの形成が報告されている温度圧力領域(常温〜1000℃、常圧〜10万気圧)と、今回行った実験の温度圧力条件を図1に示す。加圧により構造変化したω相(歪んだ六方最密充填構造)を、約1000℃まで加熱し、その構造変化の様子をリアルタイムで観察した。
実験手法(図2参照)
今回開発した実験方法と従来の方法との比較を図2に示す。
従来の方法では、高圧アンビルの隙間を通して試料の散乱強度を検出し、高温高圧下における試料の状態を観察する。しかしながら、アンビルの隙間が大変小さいため(約0.3mm)、試料の情報の一部しか得ることができない。今回の実験法においては、X線に対して透明なアンビル(立方晶BN)と2次元検出器(イメージング・プレート)を用いることにより、アンビル越しに試料のX線散乱強度を得ることができるため、試料の情報を広い角度範囲にわたって得ることができる。このため、高温高圧条件下に置かれた試料の原子配列に関する情報をより詳細に調べることができる。
結果(図3参照)
高圧下における試料のX線回折パターンの温度変化。
常温高圧相(ω相)のX線散乱強度(図3aに示したリング)は、加熱に伴って弱くなり、次第に斑点状になる(図3b)。これは、加熱に伴って、結晶が微粉末から粒へと徐々に成長することを示している。さらに50℃昇温すると、試料由来のリングが消失し(薄く見えているリングは試料容器の散乱)、いくつかの大きなスポットが現れる(図3c)。これは、650℃から約700℃の昇温において、結晶粒が急激に成長することを示しており、これまで報告されてきたガラス形成が起こらないことを示している。700℃で見られたスポットは、1000℃まで加熱しても残存しており、さらに温度を上昇しても、ガラス化の兆しは見られない。
意義・波及効果
最近の単元素物質におけるバルク金属ガラスの形成の報告は、高温下でも安定なバルク金属ガラス実現の可能性を示唆する発見であった。今回の結果は、これまでの結果を否定し、このような可能性に対し、依然その実現が困難であることを確認するものである。
今回の結果は、その意味で否定的なものであるが、高温高圧下におけるガラス物質の評価をする際に慎重な姿勢が必要であることを示すものであり、国内外の研究者にその注意を喚起するものである。また、昨今の科学研究の慎重性の欠落に対して、異分野の研究者に対しても、科学に向き合う姿勢の再考を促している。
<参考資料>
高温高圧下において、結晶はその原子配列を図のように変化させます。常温常圧下では、六方最密(hcp)構造(α相)が安定であり、加圧により歪んだhcp構造(ω相)へ、加熱により体心立方 (bcc)構造(β相)へと構造変化します。この状態で加熱すると、b相が安定になる温度領域で金属ガラスが形成されることが報告された [Zhang & Zhao, Nature (2004), Wang et al., Phys. Rev. Lett. (2005)]。その真偽を調べるために、本研究では図の赤で示した温度圧力パスに沿って、試料の状態を調べた。
従来の方法では、高圧アンビルの隙間を通して試料の散乱強度を検出し、高温高圧下における試料の状態を観察する。しかしながら、アンビルの隙間が大変小さいため(約0.3mm)、試料の情報の一部しか得ることができない。今回の実験法においては、X線に対して透明なアンビル(立方晶BN)と2次元検出器(イメージング・プレート)を用いることにより、アンビル越しに試料のX線散乱強度を得ることができるため、試料の情報を広い角度範囲にわたって得ることができる。このため、高温高圧条件下に置かれた試料の原子配列に関する情報をより詳細に調べることができる。
常温高圧相(ω相)のX線強度(図3aのリング)は、加熱に伴って弱くなり、次第に斑点状になる(図3b)。これは、加熱に伴って、結晶が微粉末から粒へと徐々に成長することを示している。さらに、50°C昇温すると、試料由来のリングがなくなり(薄く見えているリングは試料容器の散乱)、いくつかの大きなスポットが現れる(図3c)。これは、650°Cから約700°Cの昇温において、結晶粒が急激に成長することを示しており、これまで報告されてきたガラス形成が起こらないことを示している。700°Cで見られたスポットは、1000°Cまで加熱しても残存しており、さらに温度を上昇しても、ガラス化の兆しは見られない。
<用語解説>
1.「X線その場観察」
高温高圧発生を行うためには、圧力を伝える物質や、加熱するためのヒーターで試料を取り囲む必要がある。そのため、通常、実験中の試料の状態を覗くことはできない。大型放射光施設(SPring-8)の強力な放射光のX線は、これらの試料周りの物質を簡単に透過するため、高温高圧下にある試料の状態をリアルタイムで観察することができる。
2.「バルク金属ガラス」
融液を冷却する際、結晶化するよりも早く温度を下げると、液体の状態をそのままとじ込めたような固体となり、原子が無秩序に配列したガラスができる。Mg, La, Zr, Fe, Pdを基にした特定の合金は、比較的ゆっくり(0.001〜1000℃/秒)冷却しても、ガラス状態の金属が得られ、これをバルク金属ガラスという。バルク金属ガラスは、結晶とは異なり原子配列が規則的でないために、普通の金属に比べ、強くてしなやか、非常に錆びにくい、磁気特性に優れるなどの大きな特徴がある。その特性を活かして、微小なモーターの歯車や、高感度圧力センサー、高感度コリオリ流量計、ゴルフクラブなどの材料として用いられている。
3.「X線回折法」
試料にX線を入射すると、試料中の原子配列に応じたX線のパターンが得られる。得られたパターンを逆に解析することにより、試料中の原子配列を知ることができる。これをX線回折法という。この方法を用いることによって、高温高圧下で得られるX線回折パターンを基に、高圧下における物質の原子配列(構造)の変化を調べることができる。今回の実験では、X線に対して透明な高圧発生装置と二次元検出器を用いることによって、広い領域に散乱されたX線パターンを得られるため、これまでの手法に比べて、より信頼性の高い結果を得ることできる。
<本件に関する問い合わせ先> 独立行政法人日本原子力研究開発機構 (報道対応) <SPring-8についての問い合わせ先> 財団法人高輝度光科学研究センター |
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