細菌の薬剤耐性化をもたらす薬剤認識・排出メカニズムを解明 - 病原性細菌の耐性化問題の克服に期待 - (プレスリリース)
- 公開日
- 2006年08月17日
- BL41XU(構造生物学I)
- BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
平成18年8月17日
独立行政法人科学技術振興機構(JST)
国立大学法人大阪大学
JST(理事長 沖村憲樹)と大阪大学(総長 宮原秀夫)は、細菌の薬剤耐性化をもたらす機構、すなわち、細胞膜に存在するタンパク質(多剤排出トランスポーター注1)が様々な薬剤を認識・排出するメカニズムを原子レベルで初めて解明しました。 (論文) |
研究の背景
化学療法の役割が大きい現代医療において、最も深刻な問題の一つに、薬が効かなくなる現象、つまり薬剤耐性化が挙げられます。一般には院内感染などに見られる、病原性細菌による抗生物質耐性化や、末期がん、再発がんに見られる抗がん剤耐性化などとして、よく知られています。最近でも、薬剤耐性緑のう菌注2)による院内感染が報じられ、社会問題の一つとなっています。ここで見られる薬剤耐性化には、細菌の細胞膜に存在する薬剤排出トランスポーターというタンパク質が大きな役割を担っています。薬剤の多くは細胞の中に入って効果を発揮しますが、その薬剤の分子を能動的に細胞内から排除してしまうことで、薬剤が効かない、すなわち薬剤に対する耐性を持つのです。
この問題の複雑なところは、一種類の薬剤排出トランスポーターが、多種多様な薬剤を排出することができる点です。つまり、この一種類の薬剤排出トランスポーターにより、多くの種類の薬剤がどれも効かなくなってしまうのです。生物学の世界では、ある酵素はある特定の基質にのみ作用すると考えられていますが(一酵素一基質説)、この多剤排出トランスポーターはその例外になります。
この生物学上では例外的な多剤排出トランスポーター構造を解明し、どのような仕組みで薬剤が排出されるかを理解できれば、薬剤排出トランスポーターで排出されないような新薬を開発したり、薬剤耐性化により有効性が低下してしまった薬剤に再び薬効を復活させるような排出トランスポーター阻害剤を開発することで、多剤耐性化問題に対して本質的な解決策を与える可能性も期待できます。
村上研究者らは、2002年に世界初となる、大腸菌主要多剤排出トランスポーターAcrB注3)のX線結晶構造解析に成功し、AcrB分子は同じタンパク質分子3個が合体したもの(三量体)であることを明らかにしました。その成果は同じく英国科学誌Natureに掲載され、同巻の表紙を飾り、世界中から大きな注目を集めました。今回の成果は、そのAcrB三量体分子が薬剤を認識し、排出する作動メカニズムを解明したものです。
研究の経緯および成果の概要
今回は大腸菌の主要多剤排出トランスポーターAcrBタンパク質が薬剤を排出する状態の時に、立体構造を解析する事に成功しました。これは、世界で初めて多剤排出トランスポーターと薬剤の複合体を結晶構造解析した成果となりました。
タンパク質の構造を原子レベルで決定するためには、タンパク質を結晶化する必要があります。今回は、2002年に使用した結晶よりもさらに詳細な構造解析ができるタンパク質の結晶を新たに作成しました。この新しい結晶を構造解析し、AcrBを構成する3つのパーツ(タンパク質)のうち、一つだけ薬剤分子と結合し、3つのタンパク質分子はそれぞれが異なる基質(薬剤分子)結合状態を有していることが解りました(図1)。すなわち、(1)薬剤を結合するための状態を持つパーツ(青)、(2)薬剤を細胞外に排出するための状態を持つパーツ(赤)、(3)細胞の内側方向からAcrB内部に薬剤を取り込むためのパーツ(緑)が存在することが判明しました。さらに、この3つのパーツの役割はいつも同一ではなく、ある時には結合するパーツ、ある時には排出するためのパーツとして、他のパーツと協調的に動作することで、細胞内に取り込まれた薬剤分子を効率よく細胞外へ排出していることを明らかにすることができました。
つまり、AcrBのパーツが薬剤を結合した後は全体の構造が変化させ、結合していた薬剤を細胞外へと続く外膜チャネル分子TolC注4)へ放出されます(赤)。そして、次に薬剤取り込み口が開き、次の排出すべき薬剤分子を結合するために備えます(緑)。実際は、3のパーツが絶えずこの三つの状態を順序よく転位させているのです。そして、薬剤の細胞外へのくみ出しを行っている最中は、あたかも回転しているように見えるわけです。そして、これらを機能的回転メカニズムと名付けました。
また、薬剤が結合しているパーツ(青)は拡張した空洞を形成していました。つまり、多くの酵素で見られるように基質(薬剤)分子がピッタリと結合するタイプの結合部位ではなく、AcrBの内側へと突き出た複数のアミノ酸を組み合わせることで、様々な基質に対応できる仕組みを持っていることが判明しました(図2)。そして、この空洞の体積を増減させることで、薬剤の結合力を調節していることも分かりました。
さらには、細胞のエネルギーの利用と、能動的輸送注5)の協調動作メカニズム解明に大きく近づいたといえます。多くの場合、この機械的ポンプのような機能は細胞膜を介して存在する水素イオン濃度勾配をエネルギー源とします。しかし、AcrB分子の中の細胞膜中に埋まっている部分に水素イオンが流入することをきっかけとして、構造変化が起こることも今回の結果で明らかになりました。
このような回転を伴って機能するタンパク質として、ATP(アデノシン三リン酸)合成酵素注6)に見られる回転触媒説(1997年ノーベル化学賞)が知られています。このATP合成酵素も3つの同じタンパク質からなる三量体が機能単位であり、生命の進化過程で、AcrBと共通する仕組みを使い回しているのではないかと推察されます。
以上まとめると、以下のような事実が解明され、それによる新しいメカニズムが提唱されます。
1)多剤排出トランスポーターAcrBの3つのパーツのうち、どのパーツがどんな役割を担うか、また様々な種類の分子をどのような方法で結合するかを明らかにしました。(図1、図2)。
2)多剤排出トランスポーター分子中に存在する薬剤の通り道があることが分かりました。そして、この通り道に存在する弁が開閉することにより、細胞内から細胞外へ薬剤を輸送することが明らかになりました(図3)。
3)薬剤の結合状態や輸送経路中の弁の開閉状態が、AcrBの機能単位である3つパーツにより異なることが明らかになりました。これが、細胞膜に存在する水素イオン濃度勾配のエネルギーにより転位し、輸送の方向性を決めるシステムであることが判明しました。そして、このことを機能的回転メカニズムと命名しました。(図4)。
つまり、AcrB分子が、ペリプラズム空間注7)、あるいは細胞膜から薬剤分子を取り込み、種々の薬剤に対応可能な特殊な基質結合部位に結合させ、続いてそこから細胞外へと続くチャネルタンパク質へと薬剤を送り出す一連の運動が、原子レベルの立体構造から説明されました。
今後の展開
様々な多剤排出トランスポーターと抗生物質や抗がん剤との複合体を結晶構造解析により調べることで、多剤排出トランスポーターによる薬剤の認識機構と、その排出機構明らかとなります。院内感染や再発がん、末期がんに見られる多剤耐性化問題の原因タンパク質が薬剤を無効にする仕組みが原子レベルで理解出来たことで、この仕組みを利用する新薬開発へとつながることが大いに期待されます。
<参考資料>
<用語解説>
注1) トランスポーター:
細胞膜に存在する膜タンパク質で、膜を介して分子や、イオンを運搬する働きを持つ。
注2) 薬剤耐性緑のう菌:
緑のう菌(Pseudomonas aeruginosa)は真正細菌の一種で、自然環境中に存在する代表的な常在細菌である。ヒトに対する病原性はあるが、健常者に感染することはほとんどない。しかし、免疫力の低下した人には感染し、薬剤耐性を獲得したものは薬剤耐性緑のう菌と呼ばれ、この菌に感染し、緑膿菌感染症が発症すると治療が困難とされる。
注3) AcrB:
大腸菌や、緑のう菌、インフルエンザ菌など、グラム陰性最近の持つ最も強力な薬剤排出トランスポーター。
注4) TolC:
細胞外膜を貫通するチャネルタンパク質。AcrBに接続して機能し、細胞外への薬剤排出の際、煙突のような役割を担う。
注5) 能動的輸送:
プロトン濃度勾配の駆動力や、ATP加水分解のエネルギーを用いて濃度差に逆らって物質を輸送する働き。
注6) ATP合成酵素:
細胞の最も普遍的なエネルギーであるATP(アデノシン三リン酸)を作る酵素複合体。その立体構造と働きの解明に対して1997年ノーベル化学賞が贈られている。
注7) ペリプラズム空間:
細胞膜と細胞壁の間の空隙。
<研究領域等>
この研究テーマを実施した研究領域、研究期間は以下のとおりです。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
研究領域: 「生体分子の形と機能」 (研究総括:郷 信広)
研究課題名: 薬剤耐性化問題の克服を目指した多剤排出蛋白質の薬剤認識機構の解明とその応用
研究者代表者:村上 聡
研究実施場所:大阪大学 産業科学研究所
研究実施期間:平成14年11月〜平成18年3月
<本件に関する問い合わせ先>
国立大学法人 大阪大学 産業科学研究所 助教授 独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部研究第二課 独立行政法人科学技術振興機構(JST) 国立大学法人大阪大学 <SPring-8についての問い合わせ先> 財団法人高輝度光科学研究センター |
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