夢の光「XFEL」の「色」を瞬時にとらえる装置を世界で初めて開発 - X線自由電子レーザー(XFEL)におけるサイエンスの展開へ重要なステップ -(プレスリリース)
- 公開日
- 2006年08月28日
- XFEL計測装置
平成18年8月28日
独立行政法人理化学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター
スタンフォード線形加速器センター
本研究成果のポイント
○ XFELのエネルギースペクトル(色)計測装置を開発
○ 単一パルスのスペクトルを従来の分解能を2桁上回る高い分解能で計測可能
○ 人類未到のXFEL実現に向けた国際研究協力が結実
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長、以下「理研」)、財団法人高輝度光科学研究センター(吉良爽理事長、以下「JASRI」)、米国スタンフォード線形加速器センター (Jonathan(ジョナサン) Dorfan(ドーファン) ディレクター、以下 「SLAC」)らは、X線自由電子レーザー(X-ray Free-Electron Laser:XFEL)のエネルギースペクトル※1(色)を計測する装置を世界で初めて開発しました。これは、理研とJASRIが共同で組織するX線自由電子レーザー計画合同推進本部(坂田東一本部長、以下「合同推進本部」)利用グループの矢橋牧名研究員と石川哲也グループディレクター及びSLACのJerome(ジェローム) Hastings(ヘイスティングス)プロジェクトディレクターが、大阪大学大学院、米国ローレンス・バークレイ国立研究所と共同で研究した成果です。 (論文) |
1. 背 景
XFELは、原子間隔と同等の短い波長をもち、分析・解析能力が極めて高いレーザー光として、基礎科学・基盤技術に革新をもたらすと同時に、創薬やナノテクノロジー等、先端分野への幅広い応用が期待されています。このため、現在世界各国で熾烈な開発競争が行われており、日本国内では、理研・JASRIの共同推進体制である合同推進本部が、2010年の発振を目指してXFEL光源の建設を進めています。また、米国では、SLACが主体となったLCLS (Linac Coherent Light Source)が、2009年の運転開始を目標に、全長約3キロメートルに及ぶ加速器の建設を進めています。XFELでは、狭い空間にぎっしりと詰まった電子の塊が光の「源」となるため、取り出される光も、100フェムト(10-13 )秒以下と極めて短いパルスに集中しています。現在世界の中で最強のX線光源である大型放射光施設(SPring-8)※4と比較しても、瞬間の光の強さは10億倍も高くなっています。この高い特性を持ったXFELを十分に活かすためには、ビーム加工を行う光学系から光子をとらえる検出系に至るまで、従来とは全く異なる発想の装置が必要となります。とりわけ、XFELの光スペクトルをパルス毎に計測することは、光源の診断とユーザー利用の両面から、非常に重要となります。
光の計測は、可視光や紫外線の場合には、回折格子という周期構造をもつ光学素子を用いるだけでよく、単一パルスのスペクトルも容易に計ることができます。しかし、XFELは光の波長が約0.1 ナノメートル(10-10メートル)と極めて短く、光学素子の作成にも高い精度が必要なため、高性能の装置をつくろうとするとすぐに既存の技術は使えなくなってしまいます。例えば、X線のスペクトルの同時計測には、従来、湾曲した結晶を利用してきましたが、湾曲によって結晶内の原子配列にみだれが生じているため、その分解能は1電子ボルトを切ることはできず、今回のような目的には用いることができません。
2. 研究手法
今回考案した装置のポイントは、2つの「完全」な光学素子、すなわちX線ミラーとシリコン完全結晶とに機能を分担させることで、理想的な光学系を構築したことです。具体的には、平行なXFELを、X線ミラーによって微小点に集めた後、発散させます。この発散光をシリコン完全結晶に入射させると、ブラッグ条件※3にしたがって、ある入射角度に対して特定の波長(光子エネルギー)をもつX線のみが反射されます。この反射光をX線カメラで検出することで、波長と強度の関係、すなわちスペクトルを測定することが可能となります(図1)。ここで、 X線ミラーの性能は非常に重要です。通常であればX線は多くの物質を透過してしまうので反射できませんが、非常に浅い入射角を取る場合のみ、反射現象が見られます。しかし従来では、X線の波長 (約0.1ナノメートル)に対してミラーの形状の誤差が大きすぎるため、「スペックル」という不規則な強度むらが支配的になり、スペクトルを精度よく計測することは不可能でした。今回用いたミラーは、大阪大学の山内和人教授らのグループが、独自に開発したEEM(Elastic Emission Machining)という超精密加工法とMSI(Microstitching Interferometry)という形状計測法を組み合わせて製作したもので、世界最高水準の形状精度を有しています。
3. 研究成果
原理実験は、SPring-8の1 kmビームラインである理研物理科学Iビームライン:BL29XUにおいて、平行X線(波長:0.12ナノメートル、光子エネルギー:10 キロ電子ボルト) を用いて行いました。入射光の単色性を高めるため、モノクロメータと呼ぶ光学素子を適宜用いて、シリコンの完全結晶からの反射光のプロファイルを計測しました(図2)。この結果、入射光の波長とX線カメラ上の位置がきれいな線形関係で対応づけられることを確認しました。このことは、入射X線を正しく色分解できていることを示しています。さらに、スペクトロメータのエネルギー分解能が計測され13.1(誤差範囲±1.9) ミリ電子ボルトという値が得られました(図3)。これは、従来の手法と比べて2桁以上高いものとなっています。
4. 今後の期待
本研究で開発されたスペクトロメータは、光源を高精度で診断するために非常に有効です。例えば、光のもとである電子ビームのエネルギーの変化を極めて高い精度で知ることもできます。また、光を増幅させるアンジュレータ磁石列の調整にも欠かせません。さらに、スペクトルから、光のパルス幅の情報や、コヒーレンス※5(可干渉性)に関する情報を引き出すことも可能です。
特に、100フェムト秒を切るような極短パルス幅のX線を計測する手法は、他に知られていません。本装置は、汎用性があり、かつ高い性能を発揮できることから、XFELの光源開発・診断に対して多大に貢献することが期待されます。さらに、XFELからある波長成分を取り出し、特定の波長に特異的な現象を観測するなど、ユーザーにも利益をもたらすものとなります。
人類未到であるXFELを実現するためには、世界中の科学者が協力して共通の問題を解決していくことが求められています。本研究の成功は、日本と米国の2つの主要なXFELプロジェクト間における国際協力の先鞭をつけるものとなるでしょう。
<参考資料>
X線ミラーを用いて入射光を集束・発散させた後、シリコン完全結晶によってブラッグ反射される。反射光の空間プロファイルがX線カメラで記録される
入射光の波長 (光子エネルギー)を微少量変えると反射光の位置が変化する。左の数字は、入射光子エネルギーの変化量 (単位:ミリ電子ボルト:meV)を示す。
モノクロメータで単色化したX線をスペクトロメータに通したときの計測結果を示す。実際には、モノクロメータはある有限なバンド幅をもつ。このことを考慮すると、スペクトロメータ固有の分解能として13.1 ミリ電子ボルトが得られた。
<用語解説>
※1 スペクトル・スペクトロメータ
波を波長成分に分解したときの、各成分の強度分布をスペクトルと呼ぶ。また、波長成分に分解する装置をスペクトロメータと呼ぶ。身近な例として、虹(太陽光のスペクトル)は大気中の水滴が太陽光に対してスペクトロメータとしてはたらくことで形成される。
※2 X線ミラー
X線は, 通常は物質を透過してしまうため反射されない。しかし、X線領域の物質の屈折率は、1よりわずかに小さいため、表面すれすれ(入射角1度以下)にX線を入射させると全反射がおきる。この現象を光学素子として積極的に利用したのが、X線ミラーである。反射面の形状を高精度で作り込むことで、集光、平行化等のビームの加工ができる。
※3 ブラッグ反射・ブラッグ条件
結晶のように周期構造をもつ物質に対して光(X線)を入射すると、周期の間隔、光の入射角、波長の3つのパラメータが特定の条件(ブラッグ条件)を満たした場合のみ、強い反射が観測される。この現象をブラッグ反射と呼び、さまざまな材料の結晶構造を解析するX線回折装置の基本原理として広く使われている。
※4 大型放射光施設(SPring-8)
兵庫県にある大型共同利用施設。ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に電磁波が発生する。これが「放射光(シンクロトロン放射)」と呼ばれるものであり、電子のエネルギーが高く進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになる。特に第三世代の大型放射光施設と呼ばれるものには、世界にSPring-8、APS(アメリカ)、ESRF(フランス)の3つがある。SPring-8(電子の加速エネルギー:80億電子ボルト)の場合、遠赤外から可視光線、真空紫外、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野で利用されている。
※5 コヒーレンス
複数の波が存在するとき、波同士の山と山、または谷と谷が重なれば、山や谷は大きくなる。逆に、山と谷が重なるときは打ち消される。このような現象を干渉と呼ぶが、コヒーレンスは、干渉の程度を表すものである。
<本件に関する問い合わせ先> 独立行政法人理化学研究所 企画調整チーム 猿木 重文 (報道担当) <SPring-8についての問い合わせ先> 財団法人高輝度光科学研究センター |
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