ナノメータの膜厚で安定した特性が得られる“サイズ効果フリー”高容量キャパシタ材料のビスマス層状誘電体を発見(トピック)
- 公開日
- 2006年10月05日
- BL13XU(表面界面構造解析)
2006年10月5日
独立行政法人科学技術振興機構 さきがけ研究員の舟窪浩(東京工業大学大学院物質科学創造専攻 助教授)、独立行政法人産業技術総合研究所の加藤一実研究グループ長、財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI/Spring-8) 坂田修身主幹研究員の共同研究グループは、自然超格子を有するビスマス層状誘電体が、15ナノメートルの膜厚まで安定して高い比誘電率を維持する“サイズ効果フリー”特性を有することを見出した。これにより、これまでにない高容量キャパシタ開発への道が開けた。 (論文) |
【背景】
誘電体はコンデンサの基幹要素であり、DRAM(Dynamic Random Access Memory)や電界効果トランジスタ(MOS-FET, Meta-Oxide-Semiconductor-Field Effect Transistor)のゲート酸化物キャパシタ等を例に出すまでもなく、現在のエレクトロニクスデバイスを支える重要なコンポーネントである。
携帯電話に代表される携帯機器をはじめとする電子機器の小型化や高機能化のためには、従来から用いられている比誘電率が30以下のSiO2基やHf-Si-O等の物質に代わり、比誘電率が200以上の高い比誘電率をもつ誘電体をナノメータオーダに薄膜化することで、コンデンサを高容量化する必要がある。
これらの候補としては、BaTiO3、(Ba0.5Sr0.5)TiO3やPb(Zr,Ti)O3に代表される単純ペロブスカイト構造を有する誘電体が挙げられる。バルクでは200を超える比誘電率を有し、DRAM等の応用で薄膜化が検討されてきた。しかし高い比誘電率をもつ物質は、
1.膜厚の減少とともに比誘電率が低下する“サイズ効果”があり、膜厚が100 nm以下では、高い比誘電率を維持できない。
2.温度や電界等によっても比誘電率が大きく変化する。またこうした比誘電率は基板や製膜方法にも大きく依存する。このことは、比誘電率の設計が非常に難しいことを意味している。
3.キャパシタ容量を上げるための薄膜化は、絶縁破壊を引き起こし、安定した容量が得られない。
といった問題が指摘されており、これまで実用化に至っていない。
しかし、デバイスの高集積化実現のためには、ナノメータオーダに薄膜化しても、比誘電率が低下しない “サイズ効果フリー特性”が安定して得られる高容量キャパシタ薄膜材料の開発が強く望まれていた。
【開発した新技術】
今回発見したビスマス層状誘電体は、従来から検討されている単純ペロブスカイト構造を、酸化ビスマス層でサンドイッチしたナノメータオーダの“自然超格子構造”を有している(図1参照)。これらの物質は酸化ビスマス層ではさむペロブスカイト層の厚さやその構成元素が異なる50種類以上の物質が知られている。(*)
(*) この物質群の中には、高速動作と不揮発性というメリットをもつ強誘電体メモリ(FeRAM)材料として、現在実用化されているSrBi2Ta2O9も含まれている。
本研究では、ビスマス層状誘電体の積層方向が従来の材料には無い以下の優れた特性を有することを見いだした。
1.厚さに依存しない“サイズ効果フリー”の比誘電率
ビスマス層状誘電体の比誘電率は、酸化ビスマス層によって挟まれたペロブスカイトの数によって大きく変化し、SrBi4Ti5O15やCaBi4Ti5O15(図1右)では、200以上に達する。しかも単位結晶格子4個分に相当する15ナノメータまで薄膜化してもこの比誘電率は低下しない“サイズ効果フリー特性”を有している。(図2参照)これまで最も広く研究されてきた(Ba0.5Sr0.5)TiO3の特性を図2に合わせて示す。比誘電率が膜厚ともに減少するサイズ効果が見られるのに対し、ビスマス層状誘電体では比誘電率が膜厚に対して一定であり、薄膜化により高い容量を有するコンデンサが作製できることを意味する。
2.電界や温度変化に対する高い安定性
2−1.電界に対する高い安定性
ビスマス層状誘電体は電界に対しての誘電率の変化量が非常に小さく、1センチメートルあたり1メガボルト[1 MV/cm]をかけても、7%の小さな変化しか示さなかった(図3参照)。このことは、電源電圧を一定にして薄膜化すると、単位長さあたりの電圧が大きくなるが、これによっても容量が大きく変化しないことを示している。
2−2.温度に対する高い安定性
従来、比誘電率が大きい材料は、比誘電率の温度依存性も大きく、比誘電率が大きくそして温度に対する変化量が少ない材料は見つかっていなかった。ビスマス層状構造誘電体の比誘電率は、1度あたり1.6万分の1(160 ppm/K)と小さく、高い比誘電率と小さな温度依存性を同時に実現するこれまでにない特性を有する材料であることがわかった(図4)。これにより、従来実現していなかった広い温度範囲で安定して高容量が得られるコンデンサが実現できる。
3.高い絶縁性
ビスマス層状誘電体は薄膜化しても絶縁性が悪化せず、膜厚15ナノメートルの膜に1センチメートルあたり1メガボルト(1 MV/cm)の電圧をかけてもその漏れ電流は1平方センチメートルあたり、約100ナノ(10-9)アンペア(10-7 A/cm2)と非常に小さく、高い絶縁性が薄膜化しても維持された(図5)。
以上から、ビスマス層状誘電体は、膜厚、電界や温度によらない安定した容量と高い絶縁性を同時に満たすことから、キャパシタ容量の設計ができる高容量キャパシタ用誘電体といえる。
【期待される波及効果】
1.現状デバイスへの波及効果
本研究を通して、薄膜化しても高い比誘電率が低下しない高容量キャパシタが実現でき、多くの分野への応用が期待できる。
2.広い温度範囲や電界下で使用可能な新規コンデンサの開発
今回の研究で、従来にない広い温度と高電界下で使用可能な誘電体の道が開けたことで “パワーデバイス”用コンデンサという新しい分野が開ける可能性がある。
3.新規デバイス応用への波及効果
これまで高い比誘電率を有する誘電体はサイズ効果によって、100 nm以下の膜厚では、比誘電率が減少するだけでなく、種々の特性が劣化してしまっていた。またその劣化が成膜方法等のプロセスパラメータに強く依存してしまうため、スケール則にのって容量を設計することができず、ナノテクノロジに重要な100 nm以下の膜厚範囲は比誘電率が概ね30以下の物質に限定されていた。
100 nm以下の膜厚範囲でも高い比誘電率を維持できる誘電体が見つかったことにより、スケール則にのっとったキャパシタ設計ができるようになった。
【特記事項】
この研究の一部は独立行政法人科学技術振興機構のさきがけ研究“ナノと物性”の一部として行われた。また、X 線の測定はSPring-8 の表面界面構造解析ビームラインBL13XU で行われた。
<参考資料>
従来最も研究されてきた (Ba0.5Sr0.5)TiO3 薄膜では、1 MV/cm 程度の電界を印加すると、コンデンサ容量は約60%減少するが、ビスマス層状誘電体の容量は電界印加によってもあまり変化しない(1 MV/cm で約 7%)ことがわかる。
ビスマス層状誘電体は比誘電率が大きく、かつ比誘電率の温度変化が小さいことがわかる。従来の物質は、比誘電率が大きくなると容量の温度係数も大きくなり、両者は相反する特性だと考えられてきた。
図には膜厚が15 nm の膜の印加電界と漏れ電流密度の関係を示したが、高い絶縁性が維持されているのがわかる。
<本件に関する問い合わせ先> 東京工業大学 大学院総合理工学研究科物質科学創造専攻 兼 独立行政法人産業技術総合研究所 財団法人高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 主幹研究員 <SPring-8についての問い合わせ先> 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室 |
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