DVD-RAMの記録速度を支配する構造の謎を解明 - さらなる記録速度向上への材料設計の指針を提示 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2006年10月17日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
平成18年10月17日
(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)
(独)科学技術振興機構(JST)
(独)理化学研究所
松下電器産業(株)
筑波大学
(財)高輝度光科学研究センター(JASRI、理事長 吉良爽)、(独)科学技術振興機構(JST、理事長 沖村憲樹)、(独)理化学研究所(理事長 野依良治)、松下電器産業(株)(社長 大坪文雄)、国立大学法人筑波大学(学長 岩崎洋一)は、書き換え可能な相※1変化光ディスクDVD-RAM (デジタル多目的ディスク−ランダムアクセスメモリ)の基本材料Ge2Sb2Te5(ゲルマニウム・アンチモン・テルライド)における高速相変化現象の完全解明への大きな第一歩として、ナノ秒オーダーで生じる構造変化の謎を明らかにすることに成功しました。 (論文) |
背景
書き換え可能な相変化光ディスクDVD-RAMは大容量のデータ記録媒体としてデジタル全盛の現代には欠かせないメモリ媒体であり、DVDビデオレコーダーにパソコン用データレコーダーにと広く普及が進んでいます。新規な相変化材料としてGe2Sb2Te5が1987年に松下電器の山田らにより提案されて以降、相変化型光記録の研究開発は急速に進み、2000年には4.7GB容量のDVD-RAMへと結実いたしました。
DVD-RAMではGe-Sb-Te系材料で構成されるメモリ薄膜層にサブミクロンサイズの微小スポットに絞り込んだレーザ照射を行うことで、メモリ薄膜内部の原子結合状態(物質相)を局所的かつ可逆的に変化させ、その際に生じる状態間の反射率差を利用して情報の記録再生、書き換えを行います。
記録を行う場合は、原子が規則正しく配列した結晶相(図1)にあるメモリ薄膜層に強いレーザ光を瞬時照射しますが、その際、照射部の薄膜材料は原子配列が大きく乱れる液体状態を瞬間的に経由して、そこから超急冷されることになり、液体の乱れた状態が室温に凍結されアモルファス※2相となるという現象を利用しています(ただし乱れがどの程度まで凍結されているのか、なんらかの配列を回復するのかという点が材料によって異なり、後述するように、本発表の骨子でもあります)。記録状態を再生する際は、アモルファス相が結晶化しない程度のパワーでレーザ照射し、照射部からの反射光強度の変化を検出します。また、消去する場合は、アモルファス相が融解しない程度のパワーでレーザ照射し、原子を再配列させることでメモリ薄膜層を結晶化させます。この結晶→液体→アモルファス→結晶の相変化のサイクルを繰り返すことにより、DVD-RAMは動作します(図1)。Ge2Sb2Te5は相変化速度(相変化に必要なレーザ照射時間)が20ナノ秒(1億分の2秒)と極めて短く、しかもアモルファス相は室温では数10年以上も安定であるという優れたメモリ特性を有することからDVD-RAMの基本材料として使われてきましたが、その速度とくに消去速度を支配する因子は原子レベルでは明らかにされていませんでした。
この重要な問題を解決するため、大型放射光施設(SPring-8)※3において、戦略的創造研究推進事業 CRESTタイプ(チーム型研究)「反応現象のX線ピンポイント構造計測(研究代表者:高田昌樹)」プロジェクトが発足し、高田昌樹(理化学研究所 主任研究員)、小原真司(財団法人高輝度光科学研究センター 副主幹研究員)、山田 昇(松下電器 グループマネージャー )、守友 浩(筑波大学 教授)を中心とする産官学連携研究グループがこの問題に取り組みました。
研究手法
研究対象として、Ge2Sb2Te5とGe2Sb2Te5よりも相対的に相変化速度が小さいGeTe(ゲルマニウム・テルライド、相変化速度:100ナノ秒(1000万分の1秒))を選び、これらの結晶・液体・アモルファス各相の原子構造を調べることによって、構造と相変化速度の関係を解明しようと試みました。実験はSPring-8の高エネルギーX線回折ビームラインBL04B2、および粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2において、X線回折法を用いて行われました。結晶構造の解析はリートベルト法※4を用いて行い、アモルファスの構造は、得られたデータに対して逆モンテカルロ法※5 (Reverse Mote Carlo, 以下「RMC」)と呼ばれるコンピュータシミュレーションを適用して3次元構造を決定し、詳細な解析を行いました。
研究成果
図2にX線回折実験から得られたGe2Sb2Te5およびGeTe結晶、液体、アモルファスの規格化された回折パターンを示します。DVD-RAMでは実際には試料の融点を超えるパワーのレーザ照射によって結晶→液体→アモルファスと相変化することにより記録が行われます。図2に示した結晶の回折パターンは鋭いブラッグピーク※6を示し、明らかに原子配列の秩序を持っていることがわかります。一方、液体になると、鋭いピークは消失し、非晶質物質特有のピーク幅が広がったブロードな回折パターンが得られます。この時点で、記録層の原子配列は秩序を著しく失っていることがわかります。これらに対して、アモルファスの回折パターンは結晶相と比較するとかなりブロードですがそのピーク強度は液体よりも強く、液体よりも原子配列の秩序を持っていることがわかります。
ここで得られた回折データをもとに、リートベルト解析およびRMCシミュレーションを用いて結晶相およびアモルファス相の構造解析を行いました。その結果を図3に示します。結晶Ge2Sb2Te5、結晶GeTeにはいずれも4つの原子が隣の原子と2本の手で結合した正方形ユニット(4員環)(図1)が存在しています。一方、アモルファス相の場合、アモルファスGe2Sb2Te5では上記正方形ユニット(4員環)が偶数個の原子からなるより大きな偶数員環※7ユニット(6、8、10員環)へと変化していますが、上記正方形ユニットの基本秩序は保持されていることがわかります(図3)。ところが、アモルファスGeTeでは上記正方形ユニット(4員環)の多くは奇数員環ユニット(3、5、7員環)に変化し、正方形ユニットという基本秩序を失っていました。
この結果をもとに考えられたGe2Sb2Te5およびGeTeの相変化モデルの模式図を図4に示します。結晶相はレーザ照射によって一度液体を経由してアモルファス相になります(記録)が、この際アモルファスGe2Sb2Te5は正方形の秩序を持った偶数員環ユニットを多数保持して形成されます。これら多くの偶数員環ユニットは上述したように、正方形ユニット(4員環)を基本構造としていますから、わずかな結合の組み替えによって、容易に小さな4員環へと変化できるはずです。すなわち、極めて多くの結晶核が高速に生成し、アモルファスから結晶へと高速に変化(消去)することができると考えられます。一方、アモルファスGeTeの場合にはその構造中にかなりの奇数員環を含むため、結晶GeTeの基本構造である4員環に戻るためには、より多くの結合の組みかえが必要になり、Ge2Sb2Te5ほどの高速相変化ができなくなると考えられました。この正方形の秩序を持った偶数員環ユニットをアモルファス相が保持するという特徴はGe2Sb2Te5固有のものであり、GeTeにSb2Te3(アンチモン・テルライド)を添加することにより引き起こされる高速相変化の鍵と考えられます。ここで得られた知見は、新しい高速・大容量の相変化光ディスク材料の開発指針になると期待されます。
今後の展開
本研究は、結晶とアモルファスの構造を比較することによって、DVD-RAMの高速相変化の秘密を解き明かす第一歩となりましたが、実際には相変化の最初と最後の状態を見たに過ぎません。さらなる相変化光ディスク材料開発のためには、1億分の2秒で起こる相変化の過程をSPring-8の高輝度放射光で直接観察する必要があります。本プロジェクトの最終ゴールである「DVD-RAM材料の高速相変化のその場観察」を目指し、今後も研究が進められていきます。
研究発表
今回の成果は10月15日〜19日、香川県高松市で開かれるInternational Symposium on Optical Memory 2006(光メモリの国際シンポジウム)で口頭発表されます。
"RMC Analyses Solve High-Speed Phase-Change Mechanism" (逆モンテカルロシミュレーションによる相変化光記録材料の高速相変化機構の解析)
T. Matsunaga, R. Kojima, N. Yamada, S. Kohara, M. Takata
また、米国の応用物理誌Applied Physics Letters、2006年11月13日号に掲載されます。
"Structural basis for the fast phase change of Ge2Sb2Te5 - Ring statistics analogy between the crystal and amorphous states -" (日本語訳:Ge2Sb2Te5の高速相変化の構造原理 −結晶とアモルファスにおけるリング分布の類似性−)
Shinji Kohara, Kenichi Kato, Shigeru Kimura, Hitoshi Tanaka, Takeshi Usuki, Kentaro Suzuya, Hiroshi Tanaka, Yutaka Moritomo, Toshiyuki Matsunaga, Noboru Yamada, Yoshihito Tanaka, Hiroyoshi Suematsu, and Masaki Takata
研究領域等
この研究テーマは以下のとおりです。
JST戦略的創造研究推進事業 CRESTタイプ(チーム型研究)
研究領域:物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術(研究総括:田中通義 東北大学 名誉教授/東北大学多元物質科学研究所 研究顧問)
研究課題名:反応現象のX線ピンポイント構造計測
研究代表者:高田昌樹
研究実施場所:(財)高輝度光科学研究センター SPring-8
研究実施期間:平成16年度〜平成21年度
<参考資料>
SPring-8のBL25SUビームラインに設置された高分解能光電子分光測定装置
個の原子からなるユニット=4員環と定義
<用語解説>
※1 相
物質の状態のこと。例えば、液体は液相、気体は気相とも言う。
※2 アモルファス
結晶のように三次元的に規則正しい原子配列を持たない固体物質のことを言う。非晶質とも呼ばれる。
※3 大型放射光施設(SPring-8)
兵庫県にある大型共同利用施設。ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に電磁波が発生する。これが「放射光(シンクロトロン放射)」と呼ばれるものであり、電子のエネルギーが高く進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになる。特に第三世代の大型放射光施設と呼ばれるものには、世界にSPring-8、APS(アメリカ)、ESRF(フランス)の3つがある。SPring-8(電子の加速エネルギー:80億電子ボルト)の場合、遠赤外から可視光線、真空紫外、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野で利用されている。
※4 リートベルト法
X線回折等の測定データを用いて、結晶構造を精密に求める方法。各種のパラメータを入力することによって、計算値と測定値が一致するように精密化していく。
※5 逆モンテカルロ法
対象とする物質の密度を持つ立方体セルの中に存在する原子を乱数を用いて動かし、ガラス・液体・アモルファスのX線回折等の実験データを再現するような構造モデルを求めるシミュレーション法。
※6 ブラッグピーク
結晶のように周期構造をもつ物質に対して光(X線)を入射すると、周期の間隔、光の入射角、波長の3つのパラメータが特定の条件(ブラッグ条件)を満たした場合のみ、強い反射が観測される。この強い反射のピークをブラッグピークと呼び、さまざまな材料の結晶構造を解析するX線回折において、測定指標として使われている。
※7 偶数員環・奇数員環
原子が化学結合によって環状の化合物を形成した場合、その環が偶数個の原子からなる場合は偶数員環、奇数個の原子からなる場合は奇数員環と言う。数字の後に「員環」を付けて呼ぶため、5個の原子からなる環は5員環と呼ぶ。
<本研究に関するお問い合わせ先> (独)理化学研究所 高田構造科学研究室 (財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 松下電器産業(株) AVコア技術開発センター ストレージメディアグループ 筑波大学大学院 数理物質科学研究科 (独)科学技術振興機構 研究領域総合運営室 <SPring-8についてのお問い合わせ先> (財)高輝度光科学研究センター <JSTについてのお問い合わせ先> (独)科学技術振興機構 広報・ポータル部 広報室 <理化学研究所についてのお問い合わせ先> (独)理化学研究所 |
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