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奇妙な媒質「負の誘電率をもつ電子ガス」は実在する - 超伝導材料創製のための新たな指針 - (プレスリリース)

公開日
2007年02月22日
  • BL04B2(高エネルギーX線回折)
  • BL28B2(白色X線回折)
国立大学法人京都大学と国立大学法人広島大学は、財団法人高輝度光科学研究センターと共同で、長年の謎とされていた「負の誘電率をもつ電子ガスが実在する」ことを世界で初めて証明した。

平成19年2月22日

国立大学法人京都大学
国立大学法人広島大学
財団法人高輝度光科学研究センター

 国立大学法人京都大学(総長 尾池和夫)と国立大学法人広島大学(学長 牟田泰三)は、財団法人高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)と共同で、長年の謎とされていた「負の誘電率をもつ電子ガスが実在する」ことを世界で初めて証明した。低密度の電子ガスが負の誘電率をもつという理論予測は、ウィグナー以来発展してきた多体電子論の大きな成果のひとつである。しかし、その実在性については長く疑問視されてきた。我々は、高温高圧技術を用いることにより、アルカリ金属流体を膨張させ、その中の電子ガスの密度を大きく減少させることに成功した。今回、この手法と SPring-8の放射光を組み合わせることにより、負の誘電率をもつ電子ガスが、単なる想像の産物ではなく、実際に存在することを実験的に証明した。負の誘電率をもつ電子ガスの中では、普通は反発し合う同種電荷が逆に引き合うという奇妙なことが起きる。このために、負の電荷をもつ電子同士が互いに引き合いペアを作る可能性がある。超伝導物質中では、電子がペアを作ることで抵抗なしに電流が流れているが、今回の発見は低密度の電子ガスを利用して全く新しいタイプの超伝導物質を作り出す可能性を示唆している。「負の誘電率をもつ電子ガスが実在する」というこれまでの常識を覆す現象を証明したことは、基礎物理学への大きな貢献であると同時に、材料科学に新しい指針を与えた。本研究成果は、京都大学の田村剛三郎教授、松田和博助手、広島大学の乾雅祝助教授らのグループの共同研究によるもので、米国の科学雑誌「Physical Review Letters」オンライン版に掲載される。

(論文)
"Instability of the Electron Gas in an Expanding Metal"
(日本語訳:膨張する金属の中における電子ガスの不安定性)
K. Matsuda, K. Tamura, and M. Inui
Phys. Rev. Lett. 98, 096401 (2007), published online 27 February 2007

研究の背景
 通常の金属中には1cm3当り1022個もの膨大な数の電子が詰まっており、それらは自由に動き回っている(自由電子ガス)。電子ガスの密度を小さくしていったとき、電子の振る舞いがどのように変わるかという問題は、ウィグナー以来、半世紀以上の昔から理論物理学の中心テーマであった。大きな成果の一つは、密度が低下すると、あるところで突如として電子ガスが不安定になり、誘電率が正から負に変わるという理論予測である。誘電率が負になると、正であれ負であれ、その中に置かれた同符号の電荷の間に引力が働くようになる図1)。したがって、それまで反発し合っていた電子同士の間に逆に引力が働くという奇妙ではあるが、大変興味深いことが起きる。残念なことに、結晶では物質そのものを膨張させることが困難であるために、電子の密度を大きく変えることはできず、この理論予測を検証することはできない。そこで、我々は金属流体に着目した。水に圧力をかけると沸騰を抑えることができるのと同様に、金属液体に圧力をかけながら温度を上げてゆくと、沸騰させることなく、融点から液体とも気体とも区別のつかない超臨界領域を経て、さらに希薄な気体に至るまで密度を連続的かつ大幅に減少させることが可能になる(図2)。したがって、電子の密度を連続的かつ大幅に減少させることが可能になる。我々は、アルカリ金属の中で臨界点に至るまでの温度が比較的低いルビジウムに着目した。
 これまで、京都大と広島大の研究チームは、JASRI/SPring-8の協力のもと、独自に開発した高圧容器(図3)を用いSPring-8の放射光を利用することにより、流体ルビジウムの構造(X線回折測定により短・中距離構造、X線小角散乱測定により長距離構造)研究を行ってきた。極めて反応性の高いアルカリ金属流体をいかにして安定に保持するかという非常に困難な問題に直面したが、特殊なモリブデン製試料容器を開発することによって克服した。この研究は、文科省科研費・特別推進研究(2)「放射光を用いた超臨界金属流体の静的・動的構造の解明」ならびにSPring-8長期(旧第一回特定)利用課題の一貫として進められた。

研究成果の内容
 X線回折実験はSPring-8白色X線回折ビームラインBL28B2において、また、X線小角散乱実験は高エネルギーX線回折ビームラインBL04B2において実施した。その結果、膨張してゆく流体ルビジウムのミクロ構造に極めて特異な変化が現れることが判明した。すなわち、体積膨張(密度の減少)に伴って、平均としての原子間距離は拡がっているにも関わらず、ある密度以下になると、実測の原子間距離は逆に短くなるという異常な振る舞いがX線回折測定から明らかになった(図4(a))。このことは、正の電荷をもつルビジウムイオン同士の間に引力が発生したことを物語る。興味深いことに、原子間距離の短縮が始まる密度は、電子ガスの誘電率が負になると予測される密度に一致することが明らかになった。このことは、電子ガスの誘電率が負に変わったために、その中にある正イオンの間に引力が作用し始めたことを示している図1)。さらに、X線小角散乱測定により、この密度領域において密度のゆらぎが発生することを確認した(図4(b))。このように、我々の実験は、流体中の正イオンの振る舞いを詳細に観察することを通して、膨張した金属中の電子ガスが負の誘電率をもつことを初めて捉えたものである。このことにより、負の誘電率をもつ電子ガスが実在するか否かという長年の疑問に対して、それが紛れもなく実在するという明確な解答を与えることができた。

今後の展開
 これまで述べてきたように、低密度の電子ガスが負の誘電率をもつという理論予測は、長年にわたる多体電子論の大きな成果のひとつである。しかし、その実在性については長く疑問視されてきた。我々は、アルカリ金属を膨張させ、電子密度を低下させることによって、負の誘電率をもつ電子ガスが、単に想像の産物ではなく、実在することをSPring-8の放射光を用いて証明した。
 負の誘電率をもつ電子ガス中では同種電荷が引き合うという奇妙なことが起きる。このために、電子自身もまた互いに引き合いペアを作ことができ、電流が抵抗なく流れる新しいタイプの超伝導物質を創製できる可能性が示された。実際、このような考え方に基づいた超伝導理論がすでにいくつか提案されており、これらの理論モデルが今後益々現実味を帯び、高温超伝導体を理解する上においても重要な役割を果たすようになるであろう。かつてシリコンやゲルマニウムが、正の大きな誘電率をもつ物質として電子やホールに活躍の場を提供し、このことが現在のエレクトロニクスの発展を促してきた。いま新しく、低密度の電子ガスが負の誘電率をもつ物質として、電子やホールにこれまでの常識では思いもよらなかった活躍の場を提供する可能性が示された。「低密度電子ガスの誘電率が負になる」という理論予想を証明したことは、基礎物理学への大きな貢献であると同時に、材料開発のための有効な指針を提供したことになる。


<参考資料>

図1 正と負の誘電率をもつ電子ガスの中に置かれた電荷
図1 正と負の誘電率をもつ電子ガスの中に置かれた電荷

誘電率が正の電子ガス(高密度)の中では、同符号の電荷は反発する。逆に、負の誘電率を持つ電子ガス(低密度)の中では、正であれ負であれ、同符号の電荷に引力が働く。

 


 

図2 温度‐圧力の相図
図2 温度‐圧力の相図

矢印のように温度と圧力を変えてゆくと、液体から超臨界点を回り、気体まで密度を連続的にかつ大幅に変えることができる。このことにより、金属中の電子密度を大きく変えることができる。

 


 

図3 X線回折・散乱測定用高圧容器
図3 X線回折・散乱測定用高圧容器

 


 

図4 流体ルビジウムの原子間距離R<sub>1</sub>の密度依存性と密度ゆらぎの大きさを表すS(0)の密度依存性
図4 流体ルビジウムの原子間距離R1の密度依存性と密度ゆらぎの大きさを表すS(0)の密度依存性

(a) 流体ルビジウムの原子間距離R1の密度依存性
(b) 密度ゆらぎの大きさを表すS(0)の密度依存性
図中の上側軸は電子密度の指標となる電子半径rsを示す。rsは電子一個当たりの占有領域を球としたときの半径に相当し、電子密度の1/3乗に反比例する。電子の密度が小さくなることは、rsが大きくなることに対応する。多体電子理論によれば、rs > 5.25で電子ガスの誘電率が負になる。図中のrs = 5.25付近から原子間距離が縮小し、密度ゆらぎが増大し始める。(b)の白丸は、圧力を5 MPa(一定)とし、温度を上昇させていったときのS(0)の密度依存性。臨界点から離れた領域においても密度ゆらぎの増大が見られ、このゆらぎが臨界ゆらぎとは異なるゆらぎ、すなわち電子ガス系の不安定性に起因するゆらぎであることを示す。

 


<用語解説>

電子ガス
 金属中には1 cm3あたりおよそ1022個の伝導電子が詰まっているが、これを気体とみなしたときの呼び方で、電子気体とも表現される。高密度では互いに自由に振舞う(自由電子)が、低密度になると電子同士の相互作用の影響が大きくなり、むしろ自由に動けなくなる。

ウィグナー
 多体電子論の先駆的研究者。電子ガスの密度が低くなると、クーロン反発の効果を最小にするように規則正しく並び、電子だけからなる結晶ができることを、1936年に理論的に予測した。

誘電率
 外部から電場を加えたとき物質中の電荷がどのように応答するかを定めるもので、半導体や絶縁体などはそれぞれ固有の誘電率を持ち、通常は正の値をとる。真空あるいは正の誘電率をもつ媒質中では、クーロン力により同符号の電荷は反発し、異符号の電荷は引き合う。負の誘電率をもつ媒質の中では逆のことが起きる(図1)。

X線回折測定
 物質にX線を入射すると、散乱されたX線は、物質中の原子配列の仕方に応じて回折パターンを形成する。この回折パターンを解析することにより、物質中の原子配列についての情報を得ることができる。この実験手法をX線回折法という。
 
X線小角散乱
 X線を物質に照射し、その散乱されるX線のうち、散乱角が比較的小さい領域測定する手法をX線小角散乱法という。例えば、超臨界流体のような系では、その中・長距離構造を、密度ゆらぎや、密度ゆらぎの相関長といった構造パラメータにより定量的に評価することが可能である。


<お問い合わせ先>

(本研究に関すること)
国立大学法人京都大学工学研究科
 教授 田村剛三郎(たむら こうざぶろう)
 Tel:075-753-5462/Fax:075-753-4978

(ビームラインに関すること)
財団法人高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
 副主幹研究員 小原真司(こはら しんじ)
 E-mail: kohara@spring8.or.jp
 Tel:0791-58-2750/Fax:0791-58-0830

(SPring-8に関すること)
財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp
 Tel:0791-58-2785/Fax:0791-58-2786

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