希土類化合物の風変わりな性質をSPring-8の赤外線で探る - 局在していた電子が突然動き出す相転移を検出 - (プレスリリース)
- 公開日
- 2007年04月03日
- BL43IR(赤外物性)
平成19年4月3日
国立大学法人 神戸大学
国立大学法人 静岡大学
財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人神戸大学(学長 野上智行)と国立大学法人静岡大学(学長 天岸祥光)は、財団法人高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)と共同で、希土類化合物YbInCu4において絶対温度42 K付近でおきる急激な性質の変化が、電子が動けない局在状態から結晶中を動き回る非局在状態へ不連続に変化する1次相転移であることを明らかにしました。 (論文) 多くの希土類化合物の普遍的性質に関する研究: |
研究の背景
セリウム(Ce)やイッテルビウム(Yb)などの希土類元素を含む物質の性質は、希土類元素の4f軌道にある電子(4f電子)によって強く影響されます。4f軌道は希土類原子の比較的内側に位置するため、室温程度の温度ではその軌道上の4f電子は局在していて動けませんが、絶対温度10 K(摂氏マイナス263℃)前後まで冷却すると、電気を伝える軌道と混ざる(混成する)ことで動きだします。この混成の強さは電子の動き易さを決め、混成した4f電子の質量は真空中での電子の質量の10倍から1000倍以上に及ぶ大きな値が実験で観測されています。4f電子の局在・非局在の二面性は希土類化合物が示す大きな特色であり、多くの研究者の関心を集めてきました。
希土類化合物の一つであるYbInCu4を室温から冷却すると、絶対温度42 K(摂氏マイナス231℃)付近で原子の並ぶ間隔(格子定数)や電気の流れやすさ(電気伝導度)などの性質(物性)が1 K程度の狭い温度幅で急激に変化します。様々な実験の結果よりTv=42 Kより高温では4f電子が局在した状態から、Tvで非局在状態に変化したと推測されました。しかしほとんどの希土類物質では、局在・非局在の変化は広い温度範囲に渡って連続に観測されます。よってYbInCu4でこのような急激な局在・非局在の変化がおきることは謎であり、この変化の原因となる電子の性質(電子状態)について、活発な研究が行われました。
物質の電子状態、つまり結晶中で異なる電子がどのようなエネルギーを持っているかを調べるには、電子のエネルギーを分別できる実験方法が必要です。そのような手法の例として、X線を用いた実験によりYbInCu4におけるYbの4f電子の状態が選択的に調べられました。しかしX線を用いた実験では分解できるエネルギーの幅(分解能)がまだ十分高くなく、かつYbInCu4における狭い温度範囲での急激な変化を詳しく調べるのは困難でした。
今回の研究と成果
神戸大学理学研究科の岡村英一准教授、難波孝夫教授、静岡大学理学部の海老原孝雄准教授らは「赤外分光」と呼ばれる実験手法を用いて、YbInCu4の結晶中におけるミクロな電子状態を調べました。物質に赤外線(用語1)を照射すると、結晶中の電子はその性質に応じて特定の光子エネルギー(用語2)の赤外線を吸収するため、その分だけ赤外線の反射強度は減少します。よってどのような光子エネルギーの赤外線がどれだけ反射されるか(反射スペクトル)を測定することで、電子状態に関する情報が得られます。赤外線を照射する良質な結晶面を「へき開」(試料を砕く)により準備しましたが、0.5 mm以下のごく小さな面しか得られず、赤外線ビームを小さく絞れない市販の赤外分光装置では測定が困難でした。(図1)そこでSPring-8から生じる高輝度な赤外線および赤外線用の特殊な顕微鏡を用いて測定を行いました。
その結果YbInCu4の赤外線反射強度は、Tvにおいて大きく変化しました(図2)。1 K程度の狭い温度幅で反射率がステップ状に変化し、かつ冷却時と昇温時で異なる温度にステップが現れる「ヒステリシス」が明確に観測されました。これによりTvにおける物性の急激な変化は、ミクロな電子状態の不連続な変化(1次相転移)を伴っていることを示しました。YbInCu4における急激な物性変化の原因について過去に多くの研究がなされてきましたが、電子状態の一次相転移によることを実証した今回の研究は、大きな意義があります。
反射スペクトルの解析から見積もられた赤外線の吸収強度データでは、図3に示すようにTv以下の温度で特定の光子エネルギーにおいて強い吸収が観測されました。この光子エネルギーは4f電子の混成の強さに関係していると推測されました。そこで岡村氏らは国内の多くの大学、研究所との共同研究で、様々な希土類化合物の赤外線吸収を測定して系統的な解析を行った結果、『赤外線が吸収される光子エネルギーと、4f電子の混成エネルギーとの間には、多くの物質について普遍的なスケーリング(比例関係)が成り立つ』ことを新たに見いだしました。異なる多くの物質でこのような関係が見いだされたことは、そこに物質の細部によらない普遍的な物理法則があることを示しており、重要な意義があります。
今後の発展
今回の研究は直ちに実用的な応用に結びつくわけではありません。しかし希土類化合物には、白色LEDの性能を決める蛍光体や光通信で使われる光ファイバー材料、そして磁気情報記録で使われる強力な磁石など、先端技術を担う機能性材料も多く含まれます。これらの技術をより発展させるためには、使われる希土類化合物の性質を電子レベルでミクロに理解することが不可欠です。今回の研究は高輝度な赤外線を用いた新たな希土類化合物の研究手法を開拓することで、将来的には希土類ベースの機能性材料の評価にも役立つものと期待されます。ここで今回の研究では多くの異なる物質を比較していました。しかし同一の物質で電子の混成を制御して変化させ、その物性がどう変わるのかを調べられれば、より多くの情報が得られます。このため岡村氏らは単一の希土類物質に10万気圧以上に及ぶ高圧力を加えて、結晶中で原子が並ぶ間隔を連続的に変化させて電子の混成を制御し、物性の変化を赤外分光で調べようとしています。これにより、従来知られなかった性質をもつ新たな物質相が実現する可能性があるからです。高圧力発生装置内部に取り付けられた試料の赤外分光は容易ではありませんが、SPring-8の高輝度赤外線によって可能になります。岡村氏らは既にSPring-8で希土類化合物の高圧赤外分光を行っており、電子の混成強度を連続的に制御しながら4f電子の局在・非局在性の変化を探っています。
ここで紹介した研究は、文部科学省科学研究費補助金・基盤研究B(17340096)、特定領域研究「100テスラ領域の強磁場スピン科学」などの補助を受け、SPring-8の利用研究課題2004A0778-NSa-npで行われました。
<参考資料>
黒い部分が光沢を持つ結晶面を表す。SPring-8の高輝度な赤外線と顕微鏡を使って、このような微小結晶面の赤外反射スペクトルが詳しく測定されました。
電気伝導度などの性質が大きく変化する温度付近(図中の赤い矢印)で、赤外線の反射強度に不連続な「とび」がおきています。詳しい温度変化の測定結果より、強度のとびにはヒステリシスがあることが見いだされ、電子状態の1次相転移によるものであることがわかりました。
Tvよりも低温である30 Kのスペクトルでは光子エネルギー0.25 eVを中心に強い吸収(緑色の矢印)が現れます。しかしTvよりも高温である50 Kのグラフにはそのような吸収はありません。この吸収は4f電子による光子の吸収(用語2)に対応し、他の多くの希土類化合物でも観測され、希土類化合物に関する新たな普遍的性質の発見につながりました。
<用語解説>
(用語1) 赤外線
赤外線は可視光よりも波長が長い電磁波で、その波長は1-100ミクロン程度です。(短波長側からさらに細かく近赤外線、中赤外線、遠赤外線と区別する呼び方もあります)100ミクロンは0.1 mmに等しく、可視光の波長が0.4〜0.7ミクロン、携帯電話の電波(マイクロ波)の波長が10 cm程度です。
(用語2) 光子エネルギーおよび電子による光子の吸収
可視光や赤外線はある範囲の波長をもつ電磁波であり、波としての性質(波動性)を持っています。光の波動性は障害物の陰へ部分的に回り込む「回折」や、2つの光線が強め合ったり弱め合ったりする「干渉」などの現象として現れます。ところが光は、特定のエネルギーを持った「光の粒」としての性質(粒子性)も持ち併せています。光の粒は「光子」(フォトン, photon)とよばれます。一つの光子がもつエネルギーEは、光の振動数をν、プランク定数とよばれる定数hを用いてE=hνと表され、それ以上小さく分割することは出来ません。結晶中の電子が赤外線を吸収する際は、通常は1個の電子が1個の光子を吸収します。吸収された光子は消滅し、電子は光子エネルギーの分だけエネルギーの高い状態へ励起されます。この励起エネルギーを広い範囲で多くの電子について調べて、結晶中における電子の状態を調べようと言うのが、今回の研究で用いられた「赤外分光」の実験手法です。
<本件に関する問い合わせ先> (研究に関すること) (ビームラインに関すること) <SPring-8についての問い合わせ先> 財団法人高輝度光科学研究センター 広報室 |
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