ダイヤモンドを超伝導に導く格子振動の発見(プレスリリース)
- 公開日
- 2007年05月18日
- BL35XU(高分解能非弾性散乱)
平成19年5月18日
独立行政法人日本原子力研究開発機構
● ポイント ● 前提 ● 概要 (論文) |
背景【1】 〜超伝導研究の現状〜
超伝導現象は、マイナスの電荷を持つ電子がお互いに引力を及ぼしあってペアーを作る結果として電気抵抗が完全にゼロとなる現象である。1950年代にこの不思議な現象を説明する理論(BCS理論)が提唱され、電子同士に引力を及ぼす原因は、結晶を構成している原子の振動(格子振動)であるということが明らかとなり、BCS機構とよんでいる。超伝導現象の魅力は、室温で超伝導が発現する物質ができると電気エネルギーを全くロスすることなく全世界に配送することが可能となり、エネルギー革命が実現することである。しかし、残念ながら超伝導状態を発現させるためには低温に冷やす必要がある。高温超伝導体といわれる銅酸化物でもマイナス120℃まで冷やさなければならず、室温超伝導には程遠く固体物理の重要研究テーマの一つとなっている。
室温超伝導体創製のアプローチとして、酸化物超伝導体などの新規超伝導体の発現機構を解明し、それを設計指針としてより高い超伝導転移温度(TC)を示す物質合成を行う方法が考えられる。しかし、これも容易ではなく、例えば銅酸化物超伝導体が発見されて以来20年経過した今も多くの研究者の努力にもかかわらずその発現機構に関しては未だ確定した見解が得られていない。
背景【2】 〜なぜ超伝導研究の世界でダイヤモンドが注目されているか〜
このような中、2004年にロシアのグループによってダイヤモンドにホウ素を高濃度に入れることによって超伝導が発見され注目を浴びることとなった。もともと純粋なダイヤモンドは良質な絶縁体であるが、ホウ素やリンを僅かに添加すると半導体的な性質を示すことが知られており、シリコンやヒ化ガリウムなどに続く、次世代の高周波高出力デバイスなどへの応用が期待され世界各国で研究が進められている。ダイヤモンドは宝石の王様として人類の歴史の中で輝いてきた。このようなダイヤモンドがさらに、半導体や超伝導という新しい特質をもつことが見出され、人類にあらたな輝きを与えようとしている。超伝導については、TCを上げるための研究と共に超伝導発現機構解明のための研究が盛んになってきている。
今回の成果
このような状況の中、我々はX線非弾性散乱法によって格子振動の詳細を測定し、超伝導発現に強く格子振動が関わっていることを明らかにした。このような実験を成功させるためには単結晶試料を作成する必要があるが、これまでX線非弾性散乱4)ができるほどの大きさの単結晶作成には成功していなかった。ところが共同研究者である早稲田大学川原田教授グループが気相合成法5)によって厚さ100μm, 〜10 x 10 mm2の単結晶作成に成功し、物質・材料研究機構の高野グループリーダのグループによって超伝導特性が測定されTCが約4.2Kである良質単結晶試料を手に入れることができた(写真1)。
この単結晶試料によってSPring-8の高分解能非弾性散乱ビームラインBL35XUでX線非弾性散乱実験が可能となった。このビームラインは、エネルギー分解能が数meVを達成しておりビーム強度を含め世界最高性能を持っている。
格子振動は、(1)それが進む方向と(2)大きさ(運動量ともいう)及び、(3)そのときのエネルギーの三つの要素が決まれば状態が決定される(格子振動の分散関係という)。我々は、ダイヤモンドの格子振動の中で最もエネルギーの高い縦波光学振動モード(LO-モード)に注目し、超伝導を示さない非超伝導ダイヤモンドと超伝導ダイヤモンドのLO-モードの分散関係を観測し比較した。図1に観測されたLO-モードの分散関係を示す。ここで注目したいのは、立方体のダイヤモンド構造の対角線方向([ζ ζ ζ]方向)と向かい合う面方向([0 0 ζ] 方向)のそれぞれのLO-モードの運動量がΓ点でのエネルギーである。超伝導ダイヤモンドのエネルギーが非超伝導ダイヤモンドのそれと比較して低くなっているのが観測されている(ソフト化している)。このΓ点での振動モードは図2に見るように、立方体のダイヤモンド構造を上から見た場合、([0 0 1]方向)、コーナー原子と中央に位置する原子が同じ方向に、それらの中間に位置する原子は反対方向に動く振動である。このエネルギーの低下は運動量が大きくなるにしたがって小さくなっていっていることも観測されている。これらの事実から超伝導ダイヤモンドにおいては、電子が最高エネルギーの縦波光学振動モードと強く相互作用をしてこれが超伝導発現の引き金になっていることが予測される。図1(C) にはこの電子—格子振動相互作用の強さに対応する量λ(q)を示している。この発見がきっかけとなって理論的な計算からより高いTcを持つ超伝導ダイヤモンドの可能性も議論され始めている。
今回の発見には、(1)単結晶の超伝導体の作成に成功したこと、及び(2)高輝度、高エネルギーの第三世代の放射光源を利用することによりX線非弾性散乱実験が可能となったことにより、格子振動の分散関係を観測できたことが大きく寄与している。
今後の展開 〜より高い転移温度を持つダイヤモンド超伝導体の創製へ〜
今回の結果で、約160 meVという非常に高いエネルギーの格子振動が、超伝導になるにあわせてソフト化するということがわかった。このことは、この格子振動が電子の糊付けの重要な働きをしていることを明確に示している。ダイヤモンドは、一番安定で、かつ硬い物質として知られている。このような高いエネルギーの格子振動を持ちうるのは、ダイヤモンドの物質としてのこのような性質によっている。ダイヤモンドの超電導が他の物質にはない高いエネルギーの格子振動の働きによることがわかった。これは、ダイヤモンドを使えば、今までにない高い温度で超伝導になる可能性があることを示している。
このダイヤモンドで超伝導になる転移温度を上げる次に行わなければならない指針としては、物質中の動き回れる電子の量を如何に多くするかである。すなわち、それは、如何にたくさんのホウ素をダイヤモンド格子の置換位置に導入できるかということになる。実際に著名な理論家は、ホウ素を綺麗に並べてダイヤモンド格子に入れることができたらずうっと高い超伝導転移温度のダイヤモンドができると予測している。
将来展望 〜より高い転移温度を持つダイヤモンド超伝導体が創製されるとどんないいことがあるか?〜
前述のようにダイヤモンドは高い温度で超伝導になる可能性を持っていることを述べた。これが実現し、室温以上の温度で超伝導にできれば、電子素子などの応用で非常の高速の動作が可能になり、携帯電話やパーソナルコンピュータなどの身の回りの電子機器の性能が格段に向上する。
また、ダイヤモンドで高温の超伝導体をつくればその同じ超伝導を発現する機構をもつ、しかもダイヤモンドよりも大量につくることが可能な物質によって電線や超伝導浮揚車両などが実現する。遠くにある発電所からロスなく電気輸送や、また、東京−大阪間が1時間以内に結ばれる超高速輸送など夢は大きく広がる。
<参考資料>
厚さは約100μmある。
(a)はLO-モードの分散関係を示す。(b)は、非超伝導ダイヤモンドと超伝導ダイヤモンドの格子振動エネルギーの差を縦軸にプロットしたもので、Γ点で差が大きく、運動量が大きくなるに従ってそれが小さくなっていることがわかる。(c)は(b)から計算される電子—格子振動相互作用の大きさλ(q)を表している。
<用語説明>
1) 超伝導体
超伝導体とは、ある温度以下で電気抵抗がゼロになる状態を示す物質のことをいい,この温度のことを臨界温度又は超伝導転移温度(Tc)とよびます。超伝導が初めて見いだされたのはTc=4.15K(-269°C)の水銀です。オランダのカマリン・オンネスが1911年に発見しました。単一の原子からなる金属では,Pb(鉛),Nb(ニオブ)などがそれぞれ7K,9K以下で超伝導体となります。超伝導の特長を利用して、超伝導マグネット、リニアモーターカ、電力輸送、電力貯蔵など様々な分野への応用が期待されています。
2) 格子振動
結晶中の原子(格子)の振動のこと。振動の駆動力は熱であるが、絶対零度においても、不確定性原理から原子(格子)は振動している。
3) 縦波光学格子振動
格子振動には、お互いの原子が近づいたり遠ざかったりする振動と、上下(及び手前と奥方向)に揺れる振動がある。前者を波にたとえて縦波、後者を横波と呼ぶ。縦波の格子振動はこの振動数と等しい光を吸収したり反射したりするので縦波光学格子振動と呼ばれている。
4) X線非弾性散乱
物質に入射するX線のエネルギーと試料から散乱されるX線エネルギーとの差を測定することにより、物質内に存在する励起状態を観測するもので、SPring-8のような第三世代大型放射光X線が利用できるようになって可能となった実験手段である。
5) 気相合成ダイヤモンド
人工ダイヤモンドの作成方法には、高温高圧法と気相合成法がある。高温高圧法は、金属触媒を利用して炭素を1,500℃、5万気圧以上の高温高圧状態にすることによってダイヤモンドを合成する方法であり大掛かりな装置が必要となる。これに対し、気相合成法は、水素やメタンのガスからダイヤモンドを合成する手法で、比較的簡便な装置で合成ができる特長がある。さらに大面積化や薄膜化が容易であるためデバイス作成に適している。
<お問い合わせ先> (本研究に関すること) (報道対応) (SPring-8に関すること) |
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