細胞外から細胞内へ分子を取り込む細胞膜陥入機構を解明 - 生命現象の基本であるエンドサイトーシスの一端が明らかに - (プレスリリース)
- 公開日
- 2007年05月19日
- BL26B1(理研 構造ゲノムI)
平成19年5月18日
独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人 東京大学
独立行政法人 科学技術振興機構
本研究成果のポイント
● タンパク質が脂質膜に巻き付きチューブ化することで細胞膜を陥入させる仕組みを解明
● エンドサイトーシスと関連するがんや糖尿病、筋疾患、神経疾患、免疫性疾患、病原体の細胞内への侵入などの疾患解明に重要な知見
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、国立大学法人東京大学(小宮山宏総長)、独立行政法人科学技術振興機構(以下JST、沖村憲樹理事長)の三者は共同で、細胞が外部から分子を細胞内へ取り込む過程(エンドサイトーシス)において細胞膜を陥入させる機能を持つ「EFCドメイン」の立体構造を世界で初めて解明し、その細胞膜陥入機構を明らかにしました。理研横浜研究所ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)タンパク質基盤研究グループの横山茂之プロジェクトディレクター/東京大学大学院理学研究科教授、白水美香子上級研究員らと、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)嶋田睦研究員、丹羽英明協力研究員ら、東京大学医科学研究所(清木元治所長)の竹縄忠臣教授、末次志郎助教、辻田和也研究員、大学共同利用機関法人自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンターの永山國昭教授、新田浩二研究員らの研究グループによる成果です。 (論文) |
1.研究の背景
エンドサイトーシスは、真核細胞が外部から物質を取り込む仕組みのうち、最も基本的な現象の一つです。エンドサイトーシスの過程では、生体膜が外部の物質を取り込む形で陥入し、その後、元の生体膜から分離して細胞内に物質を取り込んでいきます(図1)。エンドサイトーシスのそれぞれのステップでは、様々なタンパク質が生体膜の変形に関与していることが示唆されていましたが、その詳細な機構の多くは不明でした。
研究グループが注目したヒトFBP17とヒトCIP4タンパク質は、extended FCH (EFC)ドメインとHR1ドメイン、SH3ドメインを持ち(図2)、その欠失変異体ではエンドサイトーシスの機能が低下することから、エンドサイトーシスへの関与が指摘されていました。最近、これらのタンパク質のEFCドメインが、試験管内で球状の脂質膜を細長いチューブ状に変形させることがわかり、新規の生体膜変形モジュールとして注目を集めていました。しかし、EFCドメインの立体構造をはじめ、外部から物質を取り込むために変化する生体膜変形のメカニズムは不明でした。
2.研究の手法と結果
研究グループはまず、東京大学菅野純夫教授より供与されたクローンなどを用いて様々な長さのCIP4のEFCドメインを生産し、結晶解析に向く分子量が約35,000ダルトンの安定なEFCドメインのフラグメントを得ることに成功しました。このフラグメントのドメイン境界は、生化学的な手法で同定された生体膜変形に必須な領域のドメイン境界とほぼ一致していました(図2)。不純物のない状態まで精製したFBP17とCIP4のEFCドメインを用いて単結晶を作製し、大型放射光施設(SPring-8)の理研構造ゲノムIビームライン(BL26B1)で測定をしました。また、ジョージア大学のBi-Cheng Wang教授と共同でアメリカ合衆国Advanced Photon Source(APS)のSoutheast Collaborative Access Team(SER-CAT)22-IDビームラインを用い、その立体構造を原子レベルで決定しました。
解明した立体構造からEFCドメインによる生体膜陥入機構のモデルを構築し、低温電子顕微鏡や生化学的手法を用いて機構のモデル検証を試みました。さらに、FBP17が実際に細胞内でエンドサイトーシスの陥入ステップにおいて働いているかどうかを調べました。
1)「EFCドメインは、二量体からなる長く湾曲した弓形の構造を持っていた」
SPring-8からの高輝度なシンクロトロン放射光により、最終的にはFBP17とCIP4について、それぞれ2.6Å※2と2.3ÅのX線回折データを得ました。これらのデータよりEFCドメインの立体構造を決定し、EFCドメインが二量体からなる、長く湾曲した弓形の構造を持っていることを明らかにしました(図3)。さらに、立体構造に立脚した生化学的解析を行い、EFCドメインが湾曲したカーブの内側で生体膜と相互作用し,生体膜をチューブ化していることを明らかにしました。EFCドメインと相同性のあるドメインとしてBARドメインが知られています。EFCドメインはBARドメインよりも数倍以上太いチューブを作ることが知られており、実際EFCドメインの二量体の曲率は推察していたとおり、BARドメインの二量体よりも緩やかであることがわかりました。
2)「EFCドメインが脂質膜にらせん状にまきつきチューブ化するモデルを提唱」
興味深いことにFBP17とCIP4のEFCドメインは、結晶の中で二量体の端がつながったフィラメント状の構造を形成していました。このフィラメント形成に重要であると考えられるアミノ酸残基に変異を導入すると、EFCドメインによる脂質膜チューブ化の活性が失われました。このことからEFCドメインによる脂質膜チューブ化には、EFCドメインのフィラメント化が必須であることがわかりました。また、EFCドメインのフィラメントは、二量体同士の接合面でフレキシブルに曲がることができるような構造を持っていました。
これらの事実を考慮してEFCドメインによる生体膜チューブ化モデルを構築しました(図4)。このモデルでは、EFCドメインがカーブの内側で生体膜と相互作用しながら脂質膜にらせん状に巻付くようにフィラメントを形成することで脂質膜をチューブ化すると提唱しています。
3)「チューブ化した脂質膜を電顕撮影」
EFCドメインによりチューブ化した脂質膜を氷包埋し、位相差低温電子顕微鏡※3を用いて観察したところ、立体構造から予測したチューブ化モデルと非常に良く対応する縞模様を持つ脂質膜を観察しました(図5)。電子顕微鏡で観察したチューブ状の脂質膜の直径の最小値は、約650Åで、これはEFCドメインの二量体のカーブに対応するチューブの直径(約600Å)と非常に近い値でした。また、脂質膜のチューブの表面に表れている縞模様の間隔は約40Åで、この値もチューブに巻付いたEFCドメインのフィラメントの最も太い部分の長さとほぼ一致していました(約35Å)。
4)「FBP17は陥入時間と部位を見計い出現」
EFCドメインを持つFBP17が、実際にエンドサイトーシスを起こしている部位に現れるかどうか調べるために、TIRFM※4を用いてクラスリン依存性エンドサイトーシスを起こしている部位を観察しました。
クラスリン依存性エンドサイトーシスを起こしている部位をTIRFMで観察すると、しばらくの間、蛍光標識されたクラスリンの蛍光は一定の強度を保っていますが、少しずつ強度が弱くなりやがて消えてしまいます。強度が少しずつ弱くなっていく時間は、クラスリン被覆小胞がちょうど陥入を起こしている時間に対応していると考えられます。FBP17は、クラスリン被覆小胞が陥入を起こしていると考えられる間、エンドサイトーシスを起こしている部位に現れることを突き止めました(図6)。
これらの結果から、FBP17やCIP4等のEFCドメインを持つタンパク質がクラスリン依存性のエンドサイトーシスなどの生体膜陥入ステップにおいて非常に重要な働きをしていることが示されました。
3.今後の展開
エンドサイトーシスは細胞外から物質を取り込むための生体の仕組みとして古くから知られ、研究されてきた基本生命現象ですが、そのメカニズムには多くの不明な点が残されていました。今回、X線結晶構造解析、生化学的手法、細胞生物学的手法、電子顕微鏡を駆使することによってエンドサイトーシスにおける生体膜陥入機構の一端が明らかになりました。これを手がかりとしてさらに詳細なエンドサイトーシスの機構の研究が進展すると期待されます。
エンドサイトーシスによる細胞外受容体の内在化の過程は、細胞のがん化と密接に関連しています。またエンドサイトーシスは、糖尿病、筋疾患、神経疾患、免疫性疾患、赤痢菌などの病原体、ウイルスの細胞内への侵入などの疾患とも関連しています。今回の成果は、これらの疾患解明の基礎となる知見を与えると考えられます。
<参考資料>
クラスリン依存性のエンドサイトーシスは図のようないくつかのステップを経て進行する。クラスリンを緑、外部から細胞内に取り込まれる物質を赤で示す。
EFCドメイン、HR1ドメイン、SH3ドメインをそれぞれ黄、赤、青で示す。構造解析に使用したFBP17とCIP4のフラグメントの長さをドメイン構造の下に示す。
水色とピンクのリボンは、二量体中の一分子を示す。EFCドメインは、図に示すように長く伸びた湾曲した構造をしている。
このモデルでは、伸長中の生体膜チューブの根元で、EFCドメインのフィラメントが生体膜を絞るようにらせん状に伸びていくことで、生体膜のチューブ化が進行する。らせん状のEFCドメインのフィラメント中のEFCドメイン二量体を異なる色で示す。
急速凍結試料の位相差電顕像からEFCドメインによりチューブ化された脂質膜上にEFCドメインのフィラメントだと考えられる縞模様がはっきりと見えている。縞模様の間隔は40Åで図4の予想とよく一致した。)
ラスリン依存性のエンドサイトーシスにおける蛍光標識されたクラスリンとFBP17の挙動を時間を追って示す。クラスリンの蛍光強度の変化から、この部位ではまずクラスリンが集積し(-35∼-15 sec)、その後陥入して(-10∼0 sec)、最後に被覆小胞が細胞表面から離れていくことがわかる (5∼10 sec)。FBP17は、クラスリンの集積部位がちょうど陥入を起こしていると考えられる時間にクラスリン集積部位に現れている。
<用語解説>
※1 クラスリン
エンドサイトーシスにおける被覆小胞の表面を覆う骨格タンパク質。クラスリン(分子量18万)の3分子が小型のポリペプチドと会合し、トリスケリオンと呼ばれる三脚タンパク質複合体を形成する。トリスケリオンの網状体が被覆小胞を覆う。
※2 Å(オングストローム)
一般的には長さの単位を示す。1 オングストロームは 1 × 10-10 メートル(=0.1 ナノメートル)。X線結晶構造解析においては、高次構造の解像度を示す単位として用いられる。数字が小さいほどより高解像度の立体構造であることを示す。
※3 位相差低温電子顕微鏡
本来透明な無染色凍結試料を高コントラストで観察できる位相差電子顕微鏡。(岡崎統合バイオサイエンスセンターで2000〜2005年に開発)
※4 TIRFM (total internal reflection fluorescence microscope)
全反射蛍光顕微鏡(TIRFM)を用いてカバーガラス表面で形成されるエバネッセント光を利用することにより、カバーガラス上の細胞の細胞膜直下の蛍光タンパク質の挙動を観察することができる。
<お問い合わせ先> (本研究に関すること) 横浜研究所推進部 企画課 国立大学法人東京大学医科学研究所 (JSTの事業に関するお問い合わせ先) (報道担当) 独立行政法人科学技術振興機構 広報・ポータル部広報課 (SPring-8に関すること) |
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