喘息やアレルギーの治療薬開発に確かな道しるべ見出す - 炎症物質を産生するタンパク質の立体構造を世界で初めて決定 - (プレスリリース)
- 公開日
- 2007年07月15日
- BL44B2(理研 物質科学)
平成19年7月16日
独立行政法人理化学研究所
米国ハーバード大学ブリガム婦人病院
本研究成果のポイント
● 「ロイコトリエンC4合成酵素」そのものや産生開始の状況を結晶化し解析
● “酵素”が3つで正三角形を作り、隙間のV字空間が触媒機能を生み出す
● 構造解析をもとに薬の候補になる新たな合成阻害分子のデザインも
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、米国のハーバード大学(President Derek Bok)ブリガム婦人病院と共同で、喘息や炎症を引き起こす物質であるロイコトリエンC4(LTC4)を「ロイコトリエンC4合成酵素」(LTC4S)が合成する仕組みを解明しました。さらに、その働きを抑える薬剤を作るために役立つタンパク質表面の特徴的な構造を、X線結晶構造解析で明らかにしました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)宮野構造生物物理研究室の吾郷(あごう)日出夫専任研究員、入倉大祐協力研究員、宮野雅司主任研究員、米国のハーバード大学ブリガム婦人病院の金岡禧秀助教授、K.フランク・オースティン(K. Frank Austen)教授らによる成果です。 (論文) |
1.背 景
喘息や炎症を引き起こす生理活性物質LTC4とその代謝物(LTD4 、LTE4)は、生体内に存在するアラキドン酸を出発原料に、さまざまな反応を繰り返し、5-リポオキシゲナーゼの経路を介して産出される脂質メディエーターです(図1)。LTC4、LTD4 、LTE4(図1)は、総称してシステイニルロイコトリエン(Cys-LT)と呼ばれ、体内に抗原(アレルゲン)が入り込むと、免疫、炎症に関わる細胞にIgEというタンパク質が結合して抗原抗体反応※8の後に放出される化学物質です。このCys-LTは、特異的な受容体に結合することで、肺の気管支収縮や毛細血管の膜透過性の亢進、粘液の分泌を増加させます。これらの反応は、抗原が体内に入るとすぐに始まり、アレルギー性鼻炎(花粉症)や気管支喘息の症状を引き起こすことになりますが、さらに反応が過剰に進むとアナフィラキシーショックという重篤な病態を引き起します。Cys-LTは、1960年代に、同じく肺の気管支収縮活性を示すヒスタミンより1,000倍強く、長時間続く活性があることから、アナフィラキシー遅延反応性物質(SRS-A)とも呼ばれていました。その後、スウェーデンのベンクト•サムエルソンらが、SRS-A(Cys-LT)の化学構造が、一つの分子中に4つの二重結合を持つ脂肪酸と、アミノ酸が3つつながったトリペプチドであるグルタチオンが結合したものであることを明らかにして、1982年にノーベル生理学•医学賞を受賞しました。
Cys-LTの一部の働きを阻害する物質が、これらの諸反応を抑制することから、喘息やアレルギー治療薬に用いられています。金岡、オースティンらが作製したLTC4Sの遺伝子を欠損させたネズミを使った種々の炎症モデル実験では、現在用いられている阻害薬では説明できないCys-LTの生体内での免疫および炎症反応における役割が明らかになっています。このことはLTC4Sの阻害薬が、新たな喘息、アレルギーの治療薬となる可能性を示唆します。しかし、免疫反応の重要な役割を果たすLTC4Sの働きやその反応の実態については謎のままでした。
5-HpETE(5-hydroperoxy eicosa tetraenoic acid): 5−ヒドロ・ペルオキシ・イコサ・テトラエン酸、Glu: グルタミン酸、Cys: システイン、Gly: グリシン。
2.研究手法
研究グループは、LTC4を作る酵素であるLTC4Sの立体構造を、原子レベルで明らかにするために、分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)で遺伝子工学の手法を用いて、生体内とまったく同じ姿をしたLTC4Sを発現させました。さらに、LTC4Sの触媒機能を詳しく調べるために、解析には、LTC4産出に必要なグルタチオンを含んだ、反応がある程度進んだ状態の結晶を作り、X線結晶構造解析によってその構造を明らかにしました。大型放射光施設(SPring-8)の理研構造生物学IIビームラインBL44B2を使って、LTC4Sの立体構造を3.3 Å(オングストローム=10-10m)の精度で測定し、構造を決定しました。
3.研究成果
ヒト由来LTC4Sの結晶構造を、基質であるグルタチオンとの複合体として3.3 Åの精度で決定しました。その結果、LTC4Sの三次構造は、5本のα-ヘリックスからなり、初めの4つのα-へリックスが膜貫通α-へリックス束を形成した後、5本目のα-へリックスが続く構造となっていました。LTC4Sが酵素として機能するためには、4回膜貫通型タンパク質であるLTC4Sが、3分子集まり、正三角形の頂点を基点としたような構造をつくり(図2)、その隣り合う2つのLTC4Sの間に角度が30度のV字型の空間を作っていました。また、LTC4の一部になるグルタチオンはU字型の構造をとり、V字型の空間に深く埋まって結合していました(図3)。LTC4Sが酵素として機能するためのグルタチオンの結合様式(図2)は、今まで報告されたグルタチオンの代謝に関係する他の酵素には、見られないものでした。さらに、LTC4Sの働きに関わる複数のアミノ酸残基が遺伝子工学的手法により示唆されていましたが、それらはすべてこのV字型の空間に面していることもわかりました(図3)。
以上の点から、グルタチオンとLTA4からLTC4が作られる場所(触媒活性部位)は、隣り合う2つの単量体LTC4Sの間に存在するV字型の空間(図3)であることがわかりました。このことは、LTC4に似た形をして触媒機能を抑えるS-ヘキシルグルタチオンを加えた結晶を解析し、この反応を阻害する様子も明らかにすることで、さらに支持されました(図4)。研究グループは、この複合体モデル構造から、「グルタチオン近傍に存在し、それぞれ隣り合う2つの酵素から提供される異なる2つのアルギニン残基がLTC4産生に重要である」という全く新しい分子メカニズムを提案しました(図5)。
LTC4S(紫、水、黄緑色)は5本のα-ヘリックスのみで構成されていた。 LTC4Sは正三角形の頂点になるようにぐるりと3分子集まって酵素として機能する。赤紫色はグルタチオン。
グルタチオン(図中央部分:緑色)近傍に存在するさまざまなアミノ酸の相互作用によってU字型が安定していた。
活性部位にはLTC4に似た形をしたS-ヘキシルグルタチオンが結合していた。(白と黒の部分がLTC4S)
グルタチオン(図中央部分)近傍に存在し、隣り合う酵素からそれぞれ供される2つのアルギニン残基(R31とR104)がLTC4を産生するという、全く新しい分子メカニズムを提案した。
4.今後の期待
LTC4Sは、アミノ酸配列の類似性から、膜に結合するエイコサノイドとグルタチオンの代謝に関係するタンパク質の一群に属しています。その一群は、英語名(Membrane-Associated Proteins in Eicosanoid and Glutathione metabolism)の頭文字をとって「MAPEG superfamily」と呼ばれています。これらの中には、生体内で最も豊富に産出される生理活性脂質プロスタノイド※9の1種であるプロスタグランジンE2(PGE2)の産生に関わる酵素(MPGES-1)も含まれており、PGE2もまた、生命機能において子宮収縮、発熱などの重要な役割を担っています。このタンパク質の一群に属するLTC4S で見いだした、グルタチオンの結合様式と基質結合部位の新発見は、MPGES-1を含む「MAPEG superfamily」に属する酵素の働きを理解することに大きく寄与します。また、LTC4Sは、炎症•免疫における強い病理や生理反応を引き起こすSRS-A生合成のキー酵素であるため、例えば花粉症、慢性喘息など、未だ十分な薬が無い慢性アレルギー疾患に対する、新たな作用機序を持つ抗炎症•抗アレルギー創薬につながる可能性があります。
<用語解説>
※1 膜貫通型タンパク質
細胞の脂質二重膜を貫通する形で結合しているタンパク質の総称。過去にSPring-8において構造決定された、ウシ由来ロドプシンやウサギ由来カルシウムポンプは、このカテゴリーに入る。
※2 脂質メディエーター
生理活性脂質のうち生体内で生産され、細胞外に放出された後に他の細胞上にある細胞膜受容体に結合することによって作用する脂質。反応などを仲介、伝達しているように見えることからメディエーターの名が付いた。
※3 グルタチオン
天然には動物、酵母その他ほとんどの生体細胞中に含まれ、きわめて重要な役割を果たす。アミノ酸が3つ(グルタミン酸、システイン、グリシン)繋がったトリペプチドである。
※4 アナフィラキシー
生体の免疫応答反応のひとつで、IgEというタンパク質が関与する。あらかじめ適当な抗原を注射しておいた動物に、再び同じ抗原を注射すると、その動物が激しいショックを起こす症状をいう。
※5 アナフィラキシー遅延反応性物質(SRS-A)
生体のアナフィラキシー免疫応答反応の際に、免疫や炎症に関与する細胞から、脂質メディエーターとして放出される化学物質。半世紀以上も前からその存在が知られており、肺の気管支や回腸を長時間にわたって収縮させる活性があることから、この名前が付いた。アナフィラキシー遅延反応性物質の英語表記である“Slow Reacting Substance of Anaphylaxis”の英語の頭文字をとってSRS-Aと呼ばれている。その後、スウェーデンの生理学者で、ノーベル医学生理学賞を受賞したベンクト•サムエルソンらによって、SRS-Aの構造が明らかにされ、後にロイコトリエンC4(LTC4)と名づけられた。
※6 ヒスタミン
ロイコトリエンと同様、体内で過剰に遊離するとアレルギーを引き起こすといわれている。市販の抗アレルギー薬の一部は、この物質を標的にしたものである。
※7 S-ヘキシルグルタチオン
グルタチオンの硫黄原子に6つの炭化水素鎖が結合した、化学合成の物質。天然には存在しない。
※8 抗原抗体反応
抗原(アレルゲン)と、これに対応する抗体とが結合して引き起こされる特異的反応。ヒトや動物の体内では、アレルギーの原因となる。
※9 プロスタノイド
ロイコトリエンと同様に、アラキドン酸から産生される。生体内で様々な生理機能を担うばかりでなく、発熱や痛み、炎症などの病状を引き起こすプロスタグランジンやスロンボキサンなどの脂質メディエーターの総称。
<報道担当・問い合わせ先> (本研究に関すること) 播磨研究推進部 黒柳 拓男(くろやなぎ たくお) (SPring-8に関すること) (報道担当) |
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