1兆回繰り返し使える強誘電体メモリー材料のしくみを解明 - “魔法の置換” 有害な鉛を使わない新材料開発へ新しい展望 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2007年10月01日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
平成19年10月1日
国立大学法人広島大学
国立大学法人東京大学
独立行政法人理化学研究所
独立行政法人科学技術振興機構
財団法人高輝度光科学研究センター
国立大学法人広島大学(浅原利正学長)と国立大学法人東京大学(小宮山宏総長)は、独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、独立行政法人科学技術振興機構(以下JST、北澤宏一理事長)、財団法人高輝度光科学研究センター(以下JASRI、吉良爽理事長)と共同で、次世代のメモリー材料として期待されている有害な鉛を含まない特殊なセラミックスが情報の書き込み・読み出しに対して高い耐久性を示すしくみをはじめて明らかにしました。これは、広島大学の黒岩芳弘教授(理化学研究所客員研究員)、森吉千佳子助教、東京大学の野口祐二准教授、宮山勝教授、理化学研究所放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)高田構造科学研究室の加藤健一研究員(JASRI研究員兼務)、高田昌樹主任研究員(JASRI利用研究促進部門長兼務)らのグループによる研究成果で、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術(研究総括:田中通義、東北大学名誉教授)」研究領域の「反応現象のX線ピンポイント構造計測(研究代表者:高田昌樹)」研究課題の一環として進められました。 (論文) |
背景:
強誘電体※1の分極ヒステリシス特性(図1)を利用した不揮発性メモリーの研究・開発が、全世界で盛んに行われています。他の不揮発性メモリー(MRAMやPRAMなど)に比べ、強誘電体メモリー(FRAM)※2は、消費電力が小さく、高速でのデータ書き込み・読み出しが可能であることから、「究極のメモリー」として位置づけられています。
強誘電体を薄膜化しFRAMに応用するには、大きい残留分極(Pr)をもつこと、分極反転の繰り返しに対してそのPrの値が低下しない(耐疲労特性に優れている)こと、 100 nm程度の薄い膜厚でもPrが低下しないこと、低温(~650℃)において薄膜作成が可能であることなどが望まれます。現在有望な強誘電体セラミックス材料として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)とビスマス層状構造強誘電体に属する (Bi, La)4Ti3O12(BLT)系が挙げられ、実用化されつつあります。
PZTはPrが大きく、分極特性に優れているという特徴をもっていますが、耐疲労特性に問題があることと、有害な鉛を含むため、強誘電体メモリーの大量普及を考慮すると地球環境への潜在的負荷が大きく、今後規制の対象になることが予想されます。一方、BLTは有害な鉛などを含まず、耐疲労特性にも優れていることから、近年盛んに研究・開発が進められている強誘電体です。しかし、BLTでなぜ優れた耐疲労特性が得られるのかは、明らかにされていませんでした。 FRAMを本格的に民生用デバイスとして商品化するには、BLTにおける優れた強誘電特性の起源を明らかにして、材料設計指針を構築することが重要な課題となっていました。
研究手法・成果:
強誘電体の分極が反転するときには、結晶内で原子がお互いに微小変位(0.01 nm程度)します。したがって、分極反転のしくみを知るためには、結晶中の原子位置や隣接する原子との化学結合の状態を知っておくことが非常に重要です。このような情報を実験的に得たい時、X線回折実験が有効です。
ランタン元素を含まない純粋なBi4Ti3O12(BiT)の結晶構造を図2に示します。 BiTは、酸化ビスマス層とペロブスカイト層と呼ばれる層が結晶のc軸方向に沿って交互に積み重なった層状構造を形成しています。まず、ビスマス元素の一部をランタン元素で置換したBi3.25La0.75Ti3O12(BLT)では、どの層のビスマス原子がランタン原子に置換されるのかということを調べるために、大型放射光施設(SPring-8)の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2で非常に高いエネルギーのX線を用いて回折実験を行いました。回折データを解析した結果、ペロブスカイト層にあるイオン的なビスマス原子が選択的にランタン原子と置換し、そうでない酸化ビスマス層にあるビスマス原子はほとんどランタン原子と置換していないことがわかりました。
次に、化学結合の状態をBiTとBLTで比較するために、マキシマムエントロピー法(MEM)※3と呼ばれる解析手法を用いて結晶中の電子分布を3次元的に可視化しました。図3に、顕著な差が現れたペロブスカイト層の電子分布を示します。 BLTでは新たに加えたランタン原子や元からあるビスマス原子が酸素原子とどの方向にも強く手をつなぐ鎖状につながった新たな化学結合を形成することがわかりました。この結合により酸素原子が材料から脱離してしまうことを抑制していること、そして、このようにして作られた酸素欠損のないきれいに原子が並んだ材料では、分極反転の際に材料の中で原子の移動がスムーズに行われるので優れた耐久性が実現されるということが原子レベルで解明できました。材料開発の現場では、機能を向上させるために試行錯誤的にいろいろな元素同士を組み合わせることがありますが、この成果により元素置換の役割がはっきりと理解され、化学結合を制御するという観点から新材料を開発する指針ができました。
波及効果:
強誘電体材料開発において鉛は最も重要な元素であり、PZTを用いた圧電デバイスだけでも日本で1年間に40億個生産されており、携帯電話の小型スピーカーやマイクなどにも使われています。有害な鉛を含んでいるにもかかわらず代替物質がないので、 PZTはRoHS指令(電子・電気機器における特定有害物質の使用制限についての欧州連合(EU)による指令、2006年7月施行)に対しても適応除外となっています。しかし、化学結合を制御すると鉛よりも原子番号の一つ大きなビスマス元素や他の元素に鉛と同じような働きをさせられる可能性があります。本研究で明らかになった材料設計指針を他の強誘電体に展開することで、高性能な非鉛材料の開発が期待され、 PZT圧電セラミックスの代替材料としての使用が期待されます。ディーゼルエンジンのインジェクタやインクジェットプリンタなどで爆発的な普及が予想される圧電アクチュエータや、数々の家電製品に組み込まれているセンサやジャイロスコープなどの用途で非鉛化が達成されれば、生産から故品回収に至るまでの環境リスクを大幅に低減できます。また、酸性雨にさらされた不法廃棄物からの鉛の流出が、生態系や地球環境に深刻な影響を及ぼすことが懸念されていますが、酸に対する耐性の高いビスマス系に置き換えることで、鉛による環境破壊の進行を抑えることができます。
<用語解説>
※1 強誘電体
自発分極をもつ、すなわち、電圧ゼロでも電荷を蓄える機能をもつ極性結晶のうち、外部から結晶にかける電圧の+-の向きを反転するとその自発分極の向きも反転するような結晶を強誘電体という。ちょうど強磁性体である磁石の極性が外部磁場により反転することとの類似性から強誘電体と呼ばれるようになった。したがって、強誘電体では、強磁性体に類似した電圧に対する分極ヒステリシス特性が観測される。
※2 強誘電体メモリー(FRAM)
FRAMとは、強誘電体の分極ヒステリシス特性を利用した不揮発性メモリーの総称。強誘電体薄膜をデータ保持用のキャパシタとして利用することで、電源を切っても”1”と”0”の信号が消えないメモリーが構築される。FRAMは、半導体メモリーのROMとRAMの性質を併せもち、高速アクセス、高書き換え耐性、低消費電力、不揮発性といった特長をもつ。高いセキュリティや低消費電力が要求されるスマートカードや携帯機器用メモリーで実用化されつつある。
※3 マキシマムエントロピー法(MEM)
X線回折実験で、回折データから結晶内の電子分布をもとめるときに用いられる解析手法。未測定の回折強度を情報理論に基づき推測するために、従来のフーリエ解析法と比較してデータの打ち切り効果が電子分布の中に現れず、特に、原子間の結合電子の振る舞いを解析することに関して優れている。
<問い合わせ先> (研究内容に関すること) 東京大学 先端科学技術研究センター (SPring-8の分析に関すること) (理化学研究所に関すること) (JSTに関すること) (SPring-8全般に関すること) |
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