亜鉛が鍵握る抗生物質分解酵素の構造・機構解明 - 遺伝子組換えマーカーの開発、抗生物質耐性菌対策などへの応用に期待 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2007年10月24日
- BL26B1(理研 構造ゲノムI)
- BL45XU(理研 構造生物学I)
平成19年10月24日
財団法人 高輝度光科学研究センター
独立行政法人 理化学研究所
本研究成果のポイント
● ブラストサイジンSデアミナーゼの立体構造を決定
● 抗生物質ブラストサイジンSの代謝機構の解明
● 多用途遺伝子マーカー開発への寄与
財団法人高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)、独立行政法人理化学研究所(理事長 野依良治)は共同で、抗生物質であり遺伝子組み換えのマーカーとして利用されているブラストサイジンSを不活化する酵素タンパク質ブラストサイジンSデアミナーゼの立体構造を解明しました。解析の結果、酵素の働きには亜鉛の動きが重要であることが示唆されました。この成果によって、より有効で利用範囲の広い遺伝子マーカー開発や、抗生物質耐性菌対策などへの応用が期待できます。本研究成果は、高輝度光科学研究センターの熊坂崇グループリーダー、理化学研究所の山本雅貴室長・木村真ユニットリーダー、慶應義塾大学の中迫雅由教授らのグループの共同研究によるものです。 (論文) |
1.背 景
フレミングによるペニシリンの発見以来、抗生物質※1は医薬としてだけでなく、農薬としても利用されています。ブラストサイジンSは世界初の本格的な農業用抗生物質として1961年に日本で開発・実用化されました。過去にはイネいもち病※2を防ぐために水銀剤などが使用されていましたが、人体への影響が懸念され、それに変わる安全性の高いものが求められていました。産官学の共同研究によって、微生物の作る物質の中から発見されたのがこの物質です。その後の研究で、ブラストサイジンSは、カビの一種であるいもち病菌のタンパク質合成装置リボソームに結合してその働きを抑制し、菌の育成を抑えることがわかりました。この物質の農薬としての成功が端緒となって、他の農業用抗生物質の研究開発と利用が広まりました。
理化学研究所の山口勇主任研究員(現在、農林水産消費安全技術センター理事長)たちは、農薬として散布したブラストサイジンSの環境中での変化・代謝を調べているうちに、この物質を分解する微生物を発見しました。このカビ由来の不活化酵素がブラストサイジンSデアミナーゼ(BSD)で、ブラストサイジンSに含まれる核酸塩基のシトシンをウラシルに変換する反応を行います。シチヂンデアミナーゼに類した酵素反応です。
2.研究手法と結果
研究グループでは、ブラストサイジンSデアミナーゼの反応様式を明らかにするために、X線結晶構造解析の手法を用いて酵素と基質であるブラストサイジンSや反応生成物であるデアミノヒドロキシブラストサイジンSとの複合体の立体構造を解析しました。最初に、ブラストサイジンSデアミナーゼを組み換え大腸菌で発現させて精製したのち、結晶を得ました。この結晶を用いて、大型放射光施設(SPring-8)※3の理研構造生物IビームラインBL45XUおよび理研構造ゲノム I ビームラインBL26B1にてX線回折測定を行い、1.5~1.8 Å(オングストローム)という高分解能※4で複数の立体構造を決定しました(図1)。
この反応には酵素タンパク質中の亜鉛原子が重要な役割を果たしています。反応前の酵素では、亜鉛に3つのシステイン残基と1つの水分子が配位結合しています。ブラストサイジンSが酵素の鍵穴に入ると、この水分子がグルタミン酸によって脱水素され、ブラストサイジンSの先端部にある化学基を攻撃してアミノ基と入れ替わって水酸基になり、アンモニアを排出して、反応が完結します。この過程でのブラストサイジンSの構造変化に伴って、亜鉛が押し込まれて、もうひとつの水分子と配位結合する形を経由していることが明らかとなりました(図2)。さらに、変異体の構造決定を追加して行い、これらの現象を詳細に解析しました。このような亜鉛の配位構造の変化を原子構造で明らかにしたのは初めてです。
酵素タンパク質は4本の鎖からなる。亜鉛を青丸、ブラストサイジンSを赤棒で示した。
水分子が赤丸、アンモニア分子が青丸、亜鉛原子が緑丸で、ブラストサイジンS (BS)は緑の棒で示した。 |
(1)BSが鍵穴に入っていない構造。亜鉛は4つの原子と結合している。 |
(2) BSが入り込んだ初期段階。BSの構造が歪むとともに、亜鉛の位置が下に、亜鉛の下の水分子が上に移動している。 |
(3)亜鉛と結合していた水がBSを攻撃し、中間体が形成されている。 |
(4)水が置き換わりアンモニアが排出される。このとき、亜鉛の位置も元に戻る。 |
3.今後の展開
かつての農薬は人や他生物、環境への悪影響の強いものがあり、今でも悪いイメージがあります。したがって、より安全で環境中あるいは農産物中に残留しないものが望ましいと考えられます。抗生物質のような天然物とその分解酵素の組み合わせは、これらを実現する候補になります。しかし、天然物はその裏返しとして、耐性菌の発生を招きやすい傾向があります。立体構造と詳細な反応機構の解明によって、これらを回避した新しい薬剤設計に応用できる可能性があります。
また、ブラストサイジンSは農業用としての使命を終え、新しい用途として、遺伝子組み換えにおけるマーカー※5に利用されています。立体構造の解析で、より有効で利用範囲の広い遺伝子マーカー開発にも寄与するものと期待されます。
<用語解説>
※1 抗生物質
微生物によって作られ、ほかの微生物の増殖を抑える物質の総称。人間をはじめ動物にとっての病原体は細菌やウイルスが多く、それらの増殖を抑える抗生物質が化学療法に果たした役割は大きい。
※2 イネいもち病(Rice blast)
いもち病菌の感染によって発病するイネの三大病害のひとつ。稲熱病とも呼ばれ、感染が進行した田んぼを遠くから見ると、焼けただれたように見える。現在はシタロン脱水酵素を阻害する非殺菌性の農薬などがその防除に使われている。
※3 大型放射光施設(SPring-8)
兵庫県にある大型共同利用施設。ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に赤外線や可視光線、紫外線やX線などを含む電磁波が発生する。これが放射光であり、電子のエネルギーが高く、進行方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長を含むようになる。第三世代の大型放射光施設と呼ばれるものには、世界にSPring-8、APS(アメリカ)、ESRF(フランス)の3つがある。
※4 高分解能
Å(オングストローム:1×10-10メートル(=0.1ナノメートル))の単位を用いて表し、この数字が小さいほど分解能が高く、より精度の高い解析であることを示す。
※5 遺伝子組み換えマーカー
遺伝子組み換えにおいて、細胞に遺伝子が導入されたかどうかを確認するための目印物質。この場合、目的の遺伝子とブラストサイジンSデアミナーゼの遺伝子をつないだ状態で細胞に導入する。遺伝子が入れば、この酵素が細胞内で働くので、ブラストサイジンSを振りかけても、細胞は死なない。これまでにも種々のマーカーが開発されているが、酵素の活性を容易に測定できる点で、この組み合わせは利点があり、利用例も多い。
<報道担当・問い合わせ先> (本研究に関すること) (理化学研究所に関すること) (SPring-8に関すること) |
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