結晶にはありえない五角形構造を持つ物質中の原子の振動(プレスリリース)
- 公開日
- 2007年12月03日
- BL35XU(高分解能非弾性散乱)
平成19年12月3日
フランス国立科学研究センター(CNRS)
(財)高輝度光科学研究センター
(独)理化学研究所
東北大学
(独)日本原子力研究開発機構
フランス国立科学研究センター(CNRS)(理事長 Catherine Bréchignac)、財団法人高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)、独立行政法人理化学研究所(理事長 野依良治)、国立大学法人東北大学(総長 井上明久)、独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 岡﨑俊雄)は共同で、準結晶の中で原子がどのように運動しているかということを初めて明らかにした。 本研究成果は、フランス国立科学研究センター Marc de Boissieuら5カ国15研究機関の共同研究によるもので、米国科学雑誌 「Nature Materials」の12月号に掲載(12月3日)される予定である。 (論文) |
1. 研究の背景
幾何学的に、正三角形(三回対称)、正方形(四回対称)や正六角形(六回対称)を持つタイルで平面を埋め尽くすことは可能であるが、正五角形(五回対称)のタイルを使って平面を埋め尽くすことはできないことが知られていいます(図1参照)。ところが、20年ほど前の五回対称を持つように見える物質群の発見に、科学者たちは驚かされました。これらの物質には、完全に周期的であるといえないが、ある決まった距離ではないものの明らかな繰り返しのある構造が存在したからです。物質科学における多くのことが完全な周期性のあるものを基準にして考えられてきたため、このような新しく美しい物質は芸術的な関心や数学的な関心が注がれるようになっただけではなく、物理の基本原理を改めて調べ直すきっかけとなりました。これらの構造は、今では結晶学的には6次元座標系(通常の結晶では3次元座標系)を用いて理解されるようになってきておりますが、準結晶の中の原子がどのように振動しているかについては明らかにされておりませんでした。
2. 今回の研究と成果
5カ国15研究機関の共同研究による本研究は[1]、準結晶において原子がどのように動いているのかを初めて明確なイメージとして理解するために、先端的な実験と精巧な計算を組み合わせによって成り立っています。その一つの実験手段である非弾性散乱では、試料に入射するエネルギーに対して1000万分の1というとても高いエネルギー分解能が要求されます。このレベルの分解能は物質中で原子がどのように振動しているのかを知るためには必要不可欠です。日本でこのような分解能の研究が可能な施設は、とても輝度の高い放射光X線が得られるSPring-8だけです。
この研究の最も重要な点は、準結晶と同じ基本構造を持ちながら完全な周期性を持った結晶相(近似結晶と呼ぶ)と準結晶との比較を行なったことです。図2に、本研究で対象とした亜鉛とマグネシウムとスカンジウムからなる準結晶の基本構造の構成を示しています。図2に示した最も大きな30面体クラスターと呼ばれる単位胞が立方体になるように完全に規則的な配列したときには近似結晶に、ある程度5回対象を保って規則化したときには準結晶になります。
図3はSPring-8の高分解能非弾性散乱ビームラインBL35XUで行なった非弾性散乱の結果に、3000個近くの原子の運動を計算した結果を重ねたもので、実験と計算がよく合っていることを示しています。結晶である近似結晶(左図)と比べて、準結晶(右図)では散乱強度が明らかに弱くなっている部分があることがわかります。図4はX線非弾性散乱スペクトルと計算との定量的な比較を示しています。モデルの複雑さを考慮しても非常によい一致が見られ、実験で得られたデータが計算によって強度までほぼ再現されています。矢印で示した部分が、準結晶と近似結晶の間で明確な違いが見られた部分を示しています。図3に示すように、全般的な傾向として、よく秩序化した結晶ほど、大きな散乱角度での非弾性散乱の信号が明瞭に観測され、10 meV付近での散乱強度の弱い部分が明瞭になります。これらの傾向は、結晶的における非弾性散乱スペクトルからガラスにおける非弾性散乱スペクトルに移行していく過程を考える上での第一歩であると考えられます。
赤線は実験データのフィッティング・ラインであり(図2の実験データのプロットを導くためのスペクトル解析で得られた曲線)、青線はシミュレーションによる非弾性散乱スペクトルを示しています。q値(散乱角度に相当)が増加するにつれて顕著にスペクトルが広がる様子が観測されました。強度分布はシミュレーションによってよく再現されています。特に縦波方向の±0.43Å-1においてよく再現されています。矢印は注目すべき類似点および相違点を示しています。
2. 今後の発展
この研究によって、準結晶のはっきりとした特徴が非弾性散乱の信号強度の弱い部分の消失や、明瞭に観測される非弾性散乱の信号強度が急速に弱まっていく現象として識別されることを明らかにしました。質の高いデータとともに計算と実験データのとてもよい一致が見られたことで、この複雑であるけれども産業界において重要な物質群での原子の動きを解明するための明らかな第一歩がしるされることとなりました。本研究は、最終的に準結晶の基本的な性質や熱的特性の理解に役立つとともに、ガラスのような工業技術において重要な物質の熱的特性を理解する手助けになると考えられます。
図注
図は一部Nature Materialsに掲載されたものを使用しています。論文を引用すれば、これらの図面を使用することができます。
図2はNature Materialsに掲載されたFig. 1の上半分です。
図3はNature Materialsに掲載されたFig. 3です。
図4はNature Materialsに掲載されたFig. 5の右半分です。
[注1]Marc de Boissieu, Sonia Francoual, Marek Mihalkovic et al., Nature Materials advanced online publication (2007).
<問い合わせ先> (研究内容に関すること) 財団法人高輝度光科学研究センター (理化学研究所に関すること) (SPring-8全般に関すること) |
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