酸化物半導体の謎 “伝導電子が伝導しない?” 機構を解明- 金属の原子軌道と酸素の原子軌道の結合が、そのメカニズムだった -(プレスリリース)
- 公開日
- 2008年01月31日
- BL17SU(理研 物理科学III)
2008年1月31日
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
○チタン酸ストロンチウムに存在する“伝導しない伝導電子”の謎が明らかに
○高精度の軟X線共鳴光電子分光を行い、世界で始めて酸素原子の軌道成分を検出
○伝導電子が伝導しない性質を併せもつ原因は酸素軌道の寄与の仕方に由来すると結論
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、透明な酸化物半導体であるチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)に伝導電子として加えた電子が、“伝導しない電子”としても観測されてしまう不思議な現象の起源を解明しました。本研究は、理研播磨研究所放射光科学総合研究センター量子秩序研究グループ励起秩序研究チームの辛埴チームリーダー(国立大学法人東京大学物性研究所教授兼任)と石田行章基礎科学特別研究員、財団法人高輝度光科学研究センターの大橋治彦副主席研究員と仙波泰徳研究員、および国立大学法人名古屋大学工学系研究科の太田裕道准教授らの共同研究による成果です。 (論文) |
1. 背景
遷移金属酸化物*1が示す多彩な性質を制御することで、既存の半導体デバイスにはない新しい機能を実現するための研究が、世界中で活発に行われています。特に注目されている遷移金属酸化物の1つに、結晶成長を原子レベルで制御できるようになった透明半導体SrTiO3があります。SrTiO3結晶を用いて作製された原子レベルの平坦性をもつ界面構造において、特異な金属性*2、磁性*3、高効率の熱電変換特性*4が新たな性質として次々と発見されてきました。これらの諸物性を電子状態から基礎的に理解し、実用化に向けた制御の方法を確立する必要があります。
SrTiO3結晶の電気伝導性は、シリコン半導体などで行われているのと同様に、伝導を担う電子を加えることで制御できます。ところが、SrTiO3結晶に加えた電子は“伝導する電子”として観測されるだけでなく、ある確率で“伝導しない電子”として観測されます(図1)。さらに驚くことに、加える電子の量をチタン原子あたり1個まで増やすと“伝導する電子”として観測される確率はゼロになり、電気を通さない絶縁体になってしまいます。半導体エレクトロニクスの基礎理論であるバンド理論*5では、SrTiO3結晶に加えた電子は全て伝導電子になると予想されるため、バンド理論とは異なるアプローチから“伝導しない電子”の状態を理解する必要がありますが、そのメカニズムはよくわかっていませんでした*6。
2. 研究手法と成果
研究グループは、軟X線共鳴光電子分光法*7という手法を用いて、SrTiO3結晶に加えた電子が“伝導する電子”として観測される場合と“伝導しない電子”として観測される場合の電子軌道の成分*8を調べました。大型放射光施設SPring-8の高輝度軟X線ビームライン(理研物理科学III BL17SU)の単色性(図2)とビームラインのエネルギー安定性を利用し、さらに原子レベルの表面平坦性をもたせた高品質の単結晶薄膜試料を用いることで、チタン原子の軌道成分だけでなく、これまで困難だった酸素原子の軌道成分も検出することに世界で初めて成功しました。その結果、“伝導する電子”はチタン原子の軌道成分から成る一方、“伝導しない電子”にはチタン原子と酸素原子の軌道成分の両方が現れることがわかりました(図3)。これまで“伝導しない”性質が現れる起源は、加えた電子がチタンの軌道に入るという考え方に基づいて考察されてきましたが、今回の実験結果から、酸素原子の軌道も考慮する必要があることがわかりました(図1)。また、“伝導しない電子”は、F.D.M.ハルデインとP.W.アンダーソン(1977年、ノーベル物理学賞受賞)が提示した“半導体中に遷移金属が1個埋もれている”というモデルを用いて理解できることがわかりました(図4)。
3. 今後の期待
固体物質をエレクトロニクスデバイスとして実用化するためには、相互に影響を及ぼしあっている約1023個の電子の状態をモデル化して記述し、その物性を制御する方法を基礎的に理解する必要があります。シリコンなどの半導体デバイス材料は、バンド理論に基づいて実用化されていますが、遷移金属酸化物では、物性を担う最外殻のd電子が互いに反発する効果や結晶格子を歪ませる効果などが強いため、しばしばバンド理論とは異なるアプローチから電子状態を記述する必要があります。SrTiO3の“伝導しない電子”に酸素原子の軌道の成分が現れるという新たな知見に基づいた電子状態の解釈は、他のチタン酸化物(例えば光触媒作用で有名なTiO2)やバナジウム酸化物にも適用できるため、これらの遷移金属酸化物をエレクトロニクスデバイス化する際の重要な指針になると期待されます。また、SrTiO3の原子レベルでのエンジニアリングとともに現れてきた全く新しい物性のメカニズムを解明し、熱電材料の更なる高効率化などにつながることが期待されます。
<図>
SrTiO3に加えた電子は“伝導する電子”と“伝導しない電子”という二面的な電子状態を示す。これまで、加えた電子はチタン原子の軌道成分をもつという考え方に基づいて電子状態の二面性の説明が試みられていた。ところが今回の実験で、伝導しない電子にはチタンの軌道成分だけではなく酸素原子の軌道成分も現れることがわかった。従って、これまでの考え方とは全く異なるアプローチから二面的な電子状態を理解する必要がある。
軟X線をそのまま照射すると、2次光による影響(灰色の領域)がチタン成分の共鳴増大と被っている(a)。高次光除去ミラーにより単色化した軟X線を用いると、2次光の影響がなく、チタン成分の共鳴増大を明瞭に観測できる(b)。
“伝導する電子”として観測される電子は、チタン原子の軌道成分をもつが、“伝導しない電子”として観測される電子は、チタン原子の軌道成分だけでなく、酸素原子の軌道成分ももつ。
実際の結晶構造は複雑なので、単純化したモデルをたてて電子状態を記述する。SrTiO3に加えた電子の二面性を記述するためには、チタンイオンのみを考慮するモデルではなく、チタンイオンが半導体に1個埋もれているというモデルを出発点にした方がよいことがわかった。
<用語解説>
*1 遷移金属酸化物
Ti、V、… 、CuやY、Zr、… 、Agなど、物性を担う最外殻のd軌道が完全に満たされていない遷移金属を含む酸化物。d電子の複雑な相互作用により、高温超伝導や巨大磁気抵抗効果などの多彩な性質を示す。
*2 界面金属性
ともに絶縁体であるSrTiO3とLaTiO3(チタン酸ランタン)を原子レベルの平坦性で密着させると、その界面は電気を通す金属になる。
*3 界面磁性
ともに非磁性体であるSrTiO3とLaAlO3(アルミ酸ランタン)を原子レベルの平坦性で密着させると、その界面は磁性を示す。
*4 熱電変換特性
温度差をつけると電池になる特性。高効率の熱電変換材料が開発されれば、鉄をつくる溶鉱炉や自動車のエンジンからの廃熱を直接電気エネルギーに変換する環境負荷の少ない発電が可能となる。
*5 バンド理論
固体中の約1023個の電子の状態を互いに独立に振舞う波として記述する理論。
*6 これまでの“伝導しない電子”の考え方
これまで“伝導しない電子”が現れるメカニズムとして(1)チタンの原子軌道に入る電子どうしが反発して動きにくくなる、(2)チタンの原子軌道に入る電子が結晶格子を歪ませるために動きにくくなる、等が考えられてきた。ところが、(1)は、加えた電子の量が希薄で電子どうしの反発が小さいときにも“伝導しない”電子が現れることを上手く説明できない。また(2)は、電子が結晶格子を歪ませる大きさが大きすぎる、といった問題があった。
*7 軟X線共鳴光電子分光法
光電子分光法とは、試料に単一波長の光を試料に照射して放出される電子のエネルギーを測定し、物質の電子状態を調べる手法。軟X線共鳴光電子分光法では、元素固有の波長の軟X線を照射して光電子スペクトルを測定することで、その元素由来の軌道成分を抽出することができる。
*8 電子軌道の成分
固体中の電子は、固体を構成する原子の電子軌道を飛び移っている、と描写できる。
<問い合わせ先> (研究内容に関すること) 基礎科学特別研究員 石田 行章(いしだ ゆきあき) 播磨研究所 研究推進部 企画課 (ビームラインに関すること) (試料に関すること) (SPring-8に関すること) (報道担当) |
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