世界初!マントル深部の高温高圧条件下で地震波速度精密測定に成功- マントル遷移層の化学組成解明・「プレートの墓場」の存在を示唆 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2008年02月14日
- BL04B1(高温高圧)
平成20年2月14日
国立大学法人 愛媛大学(地球深部ダイナミクス研究センタ−:GRC)
財団法人 高輝度光科学研究センター(JASRI)
国立大学法人愛媛大学(学長 小松正幸)は財団法人高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽)と共同で、世界で初めて地球のマントル遷移層の温度圧力条件で、マントル候補物質の地震波(弾性波*1)速度精密測定に成功した。この結果、従来のこの領域の化学組成をめぐる論争に決着をつけるとともに、全地球規模でマントル遷移層の下部がプレートの墓場になっている可能性を示した。 (論文) |
《研究の背景》
固体地球内全体の体積で8割を占めるマントルは、410kmと660kmの地震学的不連続面で「上部マントル」、「マントル遷移層」、「下部マントル」の3つの領域に分かれている。これまでの研究で一番上の上部マントルはかんらん石(ペリドットという宝石の一種)に富んだ「かんらん岩」(あるいはパイロライトとも称される)でできているということがわかっている。
しかし、その下のマントル遷移層と下部マントルの化学組成は、これまでよくわかっていなかった。マントル遷移層もやはりかんらん石を中心としたかんらん岩でできているという考えと、ざくろ石(ガーネット)が多い岩石であるという説があり、過去20年あまり議論がなされていた。
地球内部で最も良い精度で観測により求まっているのは、地震波(P波、S波)が伝わる速度である。地球の中にいくほど一般的には地震波伝播速度は早くなるが、その絶対値は1%程度の精度で決定されている。従ってマントルの候補物質を伝わる地震波速度(弾性波速度)を実験室で精密に測定すれば、このような観測データと比較することにより、その候補が適当かどうか判断できる。
これまで上部マントルにおいては、このような手法や他の情報により、その構成物質がかんらん岩であることに疑問の余地はないと考えられている。しかし、圧力20万気圧付近のマントル遷移層条件で、地震波速度を測定することは技術的に極めて困難であり、これまで世界のどのグループも成功していなかった。
《今回の研究と成果》
愛媛大GRCとJASRIのグループは、高温高圧下におかれた2mm程度の小さな試料に超音波をあて超音波が試料を通過する時間を測定するとともに、SPring-8(高温高圧ビームライン BL04B1)の強いX線で試料の長さを精密に測定(図1)し、超音波の伝わる速度(試料の長さ÷通過時間)をマントル遷移層条に対応する約20万気圧までの圧力、1400度Cの温度下で決定することに世界で初めて成功した(図2)。この方法を用いて、マントル遷移層における2つの主要鉱物の1つであるざくろ石(「メージャライト」と称される特殊なガーネット)に対して地震波速度を測定した。また一方で、かんらん石の高圧相*5(リングウッダイト)に対しても同様の測定をおこなった。
得られた結果を解析し、地震学的に得られているデータと対比したところ、マントル遷移層も上部マントルと同じ”かんらん岩”で説明がつくことがわかり、米国のグループなどが主張しているマントル遷移層にはざくろ石が多いという説は否定された。一方で、マントル遷移層の下部はこれら2つのモデルのいずれもが、観測されている地震波速度をうまく説明できないことが判明した。
今回のデータをもとに更に検討した結果、660km不連続面直上のマントル遷移層下部の地震波速度をもっとも良く説明できるのは、”ハルツバージャイト”と称される沈み込んだプレートの主要物質のみであることが明らかになった。従来からも、地震波観測データを使ったCT(地震波トモグラフィー法で、特に日本列島の直下のようなプレートが沈み込む領域では、660km付近にプレートがたまっている様子が示されていた。特に東大地震研究所の深尾良夫元所長(現在海洋研究開発機構・地球内部変動研究センター長)らは、このような660km付近にたまるプレートを「スタグナントスラブ」と名付け、現在その実体について、日本の様々な分野の地球科学研究者が集まり、大きな共同研究を推進している(文部科学省特定領域研究「地球深部スラブ」)。
スタグナントスラブはある大きさになると、下部マントルに崩落すると考えられているが、本研究はこのようなスタグナントスラブが、地球の全域に渡って数10km〜100km程度の層となって存在する可能性を示唆している。この領域は過去に沈み込んだプレートが横たわっている、いわばプレートの墓場である可能性が強い(図3)。
《今後の発展》
これまで、プレートが660kmに達すると、そこにたまった塊が下部マントルに崩落するフラッシング(トイレの水を流すように、たまったプレートの塊が落っこちる)モデルが提唱されてきた。カタストロフィックに落っこちるプレートの塊は、地表に大きな変動を及ぼす可能性があり、また一方で落っこちた冷たいプレートの塊に対応する量の熱い物質が、マントルと核の境界から崩落に同期して上昇してくる(巨大ホットプルーム)というモデルも提唱されている。今回の成果は、そのようなカタストロフィックな崩落は起こらず、多くのプレートは660km付近で横方向に移動して、この領域にとどまって層をなす可能性を示唆する。即ち、これまで考えられていた、急激なプレートの崩落やそれに伴う地表付近でのカタストロフィックな現象(例えば「日本沈没」など)は起こらないことになる。
今後は、今回の技術を利用してプレートのもうひとつの重要な構成物質である、「海洋地殻物質」の地震波速度も測定する必要がある。これに関しても、すでに発表者のグループでは、世界に先駆けて測定を開始している。さらに、「マントル遷移層にプレートの墓場が存在し得るのか」、「プレートの塊の下部マントルへの崩落(フラッシング)は起こらないのか」、こういった疑問を地震学者や数値シミュレーション分野の研究者と協力して解明したい。
一方で、今回の測定手法を更に改良し、より深い「下部マントル」領域の圧力(24万気圧以上)まで拡大したい。下部マントルの化学組成は大きな謎であり、その解明により地球の原材料がどのような物質なのかが明らかになれば、地球の形成過程に大きな制約を与えることになる。下部マントルの組成を制約する最も重要な観測量は、やはり地震波速度である。今回の方法を更に発展させて、下部マントル候補物質に対して、実験室で地震波速度測定が可能になれば、地震波観測データに照らして下部マントルの組成を解明することができる。現在そのための技術開発がGRCとJASRIにおいておこなわれており、近くこのような実験も可能になると期待される。
ここで紹介した研究は、文部科学省科学研究費 学術創成研究費および特定領域研究の補助を受け、SPring-8の利用研究課題2005B0373で行われた。
《成果のポイント》
(直接の結論)
・世界で初めてマントル遷移層の圧力温度条件(13-23万気圧、1400-1600度Cくらい)に対応する条件下でマントル物質の地震波(弾性波)速度の精密測定に成功した。
・マントル遷移層の化学組成は、上部マントルと同じかんらん石が多い物質(”かんらん岩”)でできており、ガーネットは少ないことがわかり、論争に決着をつけた。
・ただし、マントル遷移層の下部はこれまで想定されていた物質では地震波速度が説明できない。最もうまく説明できるのは沈み込むプレート物質の本体(”ハルツバージャイト岩”)である。
・このことからマントル遷移層の下部には地球全体において、沈み込んだプレートが横たわっている「プレートの墓場」があると想定される。
(示唆されること)
・多くのプレートがこのように長時間マントル遷移層に溜まっているとすると、プレートの塊が核まで落っこちる「フラッシング」現象は起きないかもしれない。
《参考資料》
《用語解説》
*1 弾性波
固体(弾性体)を伝わる波のことで、地震波もその一種とみなされる。周波数が高い超音波も固体を伝わるときは、P波、S波として伝わり、その速度は原理的には周波数に依存しないため、地震波と同じとみなせる。地球内部を伝わる地震波速度は深さの関数として1%程度の精度で決まっているが、これまで実験室でこのような精度で高温高圧下に置かれた試料の地震波速度を測定することは不可能であった。
*2 地震学的不連続面
地球の中に存在する、地震波の伝わる速度や密度が急激に上昇する場所。深さ約30kmのモホ面と約2900kmのグーテンベルグ不連続面は、化学組成の変化に伴うものであり、これを境に地球の内部は地殻、マントル、核にわけられる。マントルの中にも深さ410kmと660kmに不連続面があり、これらはかんらん石中の相転移によって説明されるが、特に660km不連続面の成因についてはまだ完全に解決していない。なお、マントル遷移層は410kmと660km不連続面で囲まれた、中間の領域である。
*3 スラブ
マントル中に沈み込んだプレートを“スラブ”とも称する。深尾らによる地震波トモグラフィーにより、日本の下など多くおスラブが660km不連続面付近で滞留している様子が捉えられ、「スタグナント(滞留した)スラブ」と名づけられている。
*4 地震波トモグラフィー
X線などで人体の断面を画像化するように、地球の内部を伝わる地震波データを処理して、地球の中の断面(CT)画像をつくる手法。一般的に地震波が伝わる速さが早いところには冷たい物質が、遅いところには暖かい物質があると考えられており、地球内部の運動(ダイナミクス)を知る重要な情報をもたらす。
*5 高圧相
結晶を構成する原子は規則正しく配列されているが、圧力(温度)が変化すると、全く違った配列に変化することがある。これを構造相転移といい、炭素(C)からできているグラファイト(石墨)が約5万気圧でダイヤモンドになるのが一つの例である。 地球を構成する主要な鉱物でも、このような相転移が起こっていると考えられ、ダイヤモンドに相当する高圧側でできるものを「高圧相」と称する。
《問い合わせ先》 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター (研究内容に関すること) (SPring-8での分析に関すること) (愛媛大学に関すること) (SPring-8全般に関すること) |
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