新素材開発研究専用のSPring-8ビームライン建設にむけて17企業グループと学術研究者が連合体を結成- SPring-8の本格的な高度産業活用を学術研究者がリード -(プレスリリース)
- 公開日
- 2008年02月15日
- 専用ビームライン
平成20年2月15日
フロンティアソフトマター開発産学連合体
財団法人 高輝度光科学研究センター
高分子・ソフトマター*1業界を中心とする産業界17企業グループ(図1)は、SPring-8の高度光源性能の活用により新素材開発を行う専用ビームラインを建設するため、大学の研究者と共同研究を機軸とした産学連合体(代表:岡田明彦;住友化学株式会社・筑波研究所・グループマネージャー、副代表:杉原保則;日東電工株式会社・基幹技術センター・信頼性評価技術部・主幹研究員)を2月15日に結成しました。この専用ビームラインは、フロンティアソフトマター開発産学連合ビームラインと称し、ナノ・マイクロテクノロジーに基づく新素材開発に強力な構造計測ツールである小角散乱装置や薄膜評価装置を有するものです。平成21年夏よりアンジュレータ*2ビームラインとしての稼動を目指して、建設の準備に取り掛かります。 |
1. 背 景
産学連合体結成の意義
SPring-8では、これまで、(財)高輝度光科学研究センター(理事長 吉良爽、以後JASRIという)の産業利用推進室、産業界専用ビームライン、創薬産業専用ビームラインなどの活動により、放射光の産業利用の促進と拡大を推進してきました。最近では、豊田中央研究所による豊田専用ビームラインの建設も新たに決定されました。利用促進が進み、単なる強度の強いX線としての分析評価利用にとどめることなくSPring-8の光源性能を使いきった高度活用の展開の必要性が言われるようになり、そのための産学連携利用も一部の研究者間では進められていますが、広がりを見せるまでには至っていないのが現状です。今回、業界全体として実りある高度産業活用を組織的かつ戦略的に取り組むため、高分子・ソフトマター関連企業と大学の共同研究を機軸とした産学連合体が結成されました。
ソフトマター開発ビームラインを必要とする背景
高分子産業は我が国を代表する基幹産業であり、汎用樹脂や繊維を供給すると同時に、先端電子・情報機器から航空機、医療用品までの広い範囲に特殊機能を有する材料を提供することで豊かな現代社会を支えています。この成果は、学問分野における高分子科学の基礎研究と産業側の地道な応用開発研究の連携の賜物です。また、将来大きな産業に成長すると予測されるナノ&バイオテクノロジーや環境の分野でも高分子科学は重要な役割を果たすと考えられます。ところが、高分子・ソフトマター関連研究のためのビームラインは、国内の放射光施設では共用ビームライン、専用ビームラインを問わず存在しません。
放射光施設での高分子材料科学の研究実績を、繊維関連の研究成果論文数の推移(図2)を例として見ると、我国に比べて西欧諸国やアメリカは圧倒的に多く、ドイツはDESYで、それ以外の欧州の国々の実験のほとんどがESRFで行われています。日本は、米国、フランス、ドイツ、英国についで発表論文数は多いですが、その7割は海外放射光施設で実験が遂行されているのが実情です。技術的にも、西欧諸国では、マイクロフォーカスX線ビームを用いた小角広角X線散乱高速時間分解測定やイメージング、大企業の製造ラインに関連した紡糸装置や延伸装置を設置するなど、特徴ある先導的な高分子材料研究の専用ビームラインが設置されており、これほど放射光利用の必要性が認識されている業界は例がありません。韓国や中国を初めアジア諸国の放射光施設でも取り組みが始まっており、韓国の放射光施設PAL(2.5GeV)では、2本のビームラインと3つの実験ステーションを設置するなど、集中的で活発な材料開発研究が推進されており、わが国にとっては潜在的な脅威となりつつあります。よって、一刻も早くソフトマター材料開発に供する本格的な高分子材料専用ビームラインを建設する必要性があります。
専用ビームライン建設にむけた活動
我が国の高分子科学・高分子工業を常に世界をリードする立場に保ち、世界における競争力をより強大なものにするためには、高分子・ソフト材料のメソ・ナノスケールから原子・電子密度レベルまでの構造を、高分解能の小角散乱・広角回折同時計測と各種物性との同時計測により明らかにし、この物質系特有の階層構造と物性との相関を統合的かつ網羅的にダイナミクスも含めて解明する先進的な研究開発を行っていくことが求められています。この任務を産業界と学術の研究者が連合して推進していくために、豊田工業大学 田代孝二教授、九州大学 高原淳教授らが中心となって取り組んできました。その結果、産業界16社と関西学院大学は、専用ビームライン建設計画を策定するための産学連合体の結成に向けて、学術研究者らと協議を積み重ね、産学連合体協定書の調印を完了し、産学連合体の正式発足にこぎつけました。これにより、フロンティアソフトマター開発産学連合ビームラインの建設が、参画企業と学術研究者が連合した17企業グループで構成される産学連合体により実行に移されることが確実となりました。
2. 産学連合体とフロンティアソフトマター開発専用ビームライン
産学連合体の組織
図3に産学連合体の組織図を示します。産学連合体の代表者に、住友化学株式会社の岡田明彦氏、副代表者に日東電工株式会社の杉原保則氏が就任しました。また、産学連合体の運営を協議する運営委員会も発足し、委員長に櫻井和朗教授(北九州市立大学)、副委員長に田代孝二教授(豊田工業大学)と高原淳教授(九州大学)が就任しました。委員は図の17企業グループから2名(企業側と学術側ひとりづつ)が参加します。連合体に参画する企業グループを図1に示してあります。我国の主要なソフトマター関連・材料関連の企業が参画しています。この中で特筆すべきことは、関西学院大学(学長 平松一夫)が、一つの企業グループとして参画したことで、学術研究のみならず、産学連合体の特長を活かして、産業界で将来活躍する研究者・技術者の人材育成を行うことが目的です。これには、関西学院大学理工学部(学部長 尾崎幸洋)と連携大学院を既に組織しているJASRI、(独)理化学研究所(理事長:野依良治;以後、理研という。)、(独)日本原子力研究開発機構(理事長 岡﨑俊雄;以後、原子力機構という。)とが主に人材育成面で協力することになっています。
また、大所高所から産学連合体の早期発足を促し、産学連合体ビームラインの運営方針や研究戦略などについてアドバイスを行うために学術諮問委員会を併設しました。委員長には、元高分子学会副会長の堀江一之 東京大学名誉教授(現JASRI)、委員に、元高分子学会会長の安部明廣 東京工業大学名誉教授(現 東京工芸大学ナノ科学研究センター・教授)と梶山千里 九州大学総長、そして、橋本竹治 京都大学名誉教授(現 原子力機構先端基礎研究センター)が就任し、ビームライン運営方針及び産業界・学界におけるビームラインの戦略的活用についてアドバイスを行っていきます。
これらの組織によって、放射光専用ビームラインがこの業界の中核的な問題を解決するための強力なツールとなるべく、産学連合の仕組みを戦略的に機能させていきます。
専用ビームラインの構成
産学連合体が建設を計画するビームラインは、ソフトマターのバルク*3および薄膜試料のナノ〜サブミクロンスケールの階層構造を一度に高速評価することが可能なX線回折・散乱測定を目指します。光源には、SPring-8標準アンジュレータを採用し、高い小角分解能の実現とマイクロビームの形成を可能にします。アンジュレータの高輝度・高平行ビームにより、X線の輝度は偏光磁石を採用している既存の小角共用ビームラインの一万倍に向上し、ソフトマター材料開発に重要な物質合成や材料成型における、ナノ・メソスケールでのダイナミクス観測が初めて実現します。設置場所は、BL03XUに決定しています。 専用ビームラインは図4のように、第一ハッチ(薄膜構造物性)と第二ハッチ(動的ナノ・メソ広域構造物性)から構成される。ビームラインのトータルデザインは、雨宮慶幸教授(東京大学大学院新領域創成科学研究科)を委員長とする産学連合体仕様策定委員会が、JASRI・理研播磨研究所の協力を得て行っています。
第一実験ハッチ(薄膜構造物性用ハッチ)は有機・高分子薄膜および表面・界面の動的構造物性の解明を目指すもので、様々の外部環境下における結晶性高分子薄膜や表面領域の結晶化度・結晶の乱れ・長周期構造、ブロック共重合体薄膜のミクロ相分離構造、さらには超分子組織体の薄膜状態における分子凝集構造などを解明することを目的として、微小角入射広角X 線回折(GIWAXD)測定、微小角入射小角X 線散乱(GISAXS)測定、それらの時間分解測定と同時測定、そしてX 線反射率測定が実施可能な、有機・高分子薄膜の構造物性評価に特化した計測システムを構築します。このシステムは、時間分解GIWAXD/GISAXS 同時測定による有機・高分子フィルムや薄膜の製膜過程、熱処理過程、結晶化過程における動的階層構造の解明に極めて有効な国内で唯一の実験システムです。薄膜状態や表面・界面領域のソフトマターの構造制御に有用な知見を与える本システムは、有機EL*4、有機FET*5、有機メモリー材料などの電子デバイス分野、接着・塗装分野、印刷分野、生体材料分野など幅広いソフトマターの高性能化において、多大な貢献が期待されます。
第二実験ハッチ(高精度小角・広角散乱同時測定用ハッチ)は新規材料開発のための高分子材料動的構造並びに物性との相関解明を目的とします。外部環境変化(延伸・紡糸等の応力印可、加熱・冷却、圧力変化、溶媒蒸発など)により誘起される結晶化・相転移・融解過程におけるソフトマターの階層構造の形成・崩壊機構を、小角X 線散乱・広角X 線回折(SAXS/WAXD)*6と種々の物理量との同時時間分解測定にて解明します。その他、高分子材料の極小および局所領域における構造物性の解明、高分子結晶の電子密度分布の解明、高分子成型品の変形機構解明、成型加工過程における高分子材料の構造物性の解明などの研究技術開発テーマも想定しています。尚、第2ハッチには、製造ライン等の企業グループ独自の大型装置を持ち込めるようにキネマティックマウント*7を標準化した、広いスペースを確保し、産学連合体専用ビームラインの特色を出しています。
専用ビームラインの建設・運営予算は、産学連合体の企業グループにより等分出資されます。
3. 今後の展開と波及効果
産学連合体は専用ビームラインの建設を平成21年夏までに完了し、試験的利用を開始する予定です。これにより、次世代の先端材料において、産学連合体がソフトマターベースという革新的な新しい枠組みを生み出し、我国の経済成長に大きく寄与することが期待されます。そして、国際競争の激しい材料分野において、応用技術だけでなく基礎技術においても、我国の優位性を確固たるものにできるでしょう。
また、産学連合体という、産学連携のための大型施設利用のための組織が、施設の高度産業活用の新しい仕組みの構築の魁となるでしょう。
《参考資料》
《用語解説》
*1 高分子・ソフトマター
ここでは高分子材料、液晶、エマルション(乳液、乳剤など)などの一連の分子性物質群をさします。これらの物質は、繊維を始め、自動車及び軽量航空機ボディ、高力学特性軽量建材など様々な構造材及び防弾チョッキ、タイヤ、有害物質分離透過膜、化粧品、ドラッグデリバリーから有機EL膜、有機FET、電解コンデンサー、燃料電池等の電子機器材料に至るまで、我々の身近なところで、様々な用途に使用されています。
*2 アンジュレータ
放射光は、ほぼ光速で直進する電子の進行方向を磁石によって変えることにより発生します。電子の進行方向を変えるために用いる磁石のタイプとしては、電子をリング状の加速器に閉じこめるために必要な偏向電磁石と、磁石列を特定の形に組み合わせた挿入光源があります。アンジュレータは挿入光源の一種で、電子を周期的に小さく蛇行させ、蛇行の都度発生する放射光を干渉させることにより、偏光電磁石の場合の一万倍以上の輝度を持つ極めて明るい特定波長の光が得られます。
*3 バルク
バルクとはある大きさを持つ物質内部を意味します。これに対する言葉は表面、界面、薄膜です。薄膜や、物質の表層部や複数の物質の結合部である表面や界面は、バルクでの原子の並びがそこで途切れ、原子配列が変化するため、バルクとは物理的にも化学的にも異なる性質を持ちます。
*4 有機EL
有機エレクトロルミネッセンス((Organic Electro-Luminescence、OEL、有機EL)とは,材料の発光現象の一種です。ルミネッセンスとは,材料が過剰なエネルギーを光として放出して安定な状態に戻る現象を言う。過剰なエネルギーの与え方には,光,化学,熱,電気とあり,エレクトロルミネッセンスは電気的エネルギーを与えることによって発光する現象です。 そして,エレクトロルミネッセンスを起こす材料が有機材料であるデバイスを「有機EL」と呼んでいます。
厚さがミリメートルサイズ以下の超薄型ディスプレイや照明等へ応用できるため、現在携帯電話などの携帯機器に使われており、今後は薄型テレビ(液晶やプラズマディスプレイなど)に代わる次候補のディスプレイとして、有機EL市場は2012年には市場規模が数千億円から1兆円を超えるとも言われており、日本、韓国、ドイツの化学企業、電気家電企業、印刷企業を中心に積極的に実用化に向けた開発が進められています。
有機ELディスプレイに使われている有機材料は,低分子と高分子に大別できます。最初に発光の原理が発見されたのは低分子のものですが,最近では高分子材料の開発が活発になっていて,特性面でも近づいてきました。高分子は液体に溶かすことができるので,ロール・ツー・ロール法(ロール状に巻いた基板に回路パターンを印刷し,やはりロールに巻いた封止膜などと張り合わせてから,再びロールに巻き取る生産性の高い回路基板の製造法)やインクジェット法などが適用できます。製造コストも比較的低いことも有利な点です。低温で製膜できるためにプラスチック・フィルム上に製膜でき,フレキシブルなディスプレイが可能になります。
*5 有機FET
有機FETとは有機電界効果トランジスタのことで、有機半導体材料を用いたトランジスタで、素子構造としては電界効果トランジスタ(Field Effect Transistor、FET)に近い構造を持っています。有機半導体材料としては低分子のペンタセンやフラーレン(C60)、オリゴチオフェン系、そして高分子系ではF8T2(フルオレン-チオフェンコポリマー)などのポリチオフェン系が多く用いられ、その応用範囲は幅広く、有機メモリ、有機センサー、ICタグなどの有機電子デバイスへ応用が期待されています。
近年、有機ELが、携帯電話や携帯用モバイルなどのディスプレイへ本格的に実用化され始め、フレキシブルエレクトロニクス実現に向けての第一歩を踏み出しました。将来のフレキシブルエレクトロニクスの中核を担うデバイスが、有機FETであるといわれています。
*6 小角X 線散乱・広角X 線回折(SAXS/WAXD)
X線の散乱を、角度によって分類した場合、小角散乱と広角散乱(回折)とに大別されます。どの程度の散乱角度から小角散乱というかは場合によって異なりますが、通常は10度以下の場合をいいます。小角X線散乱(small angle X-ray scattering)とは、X線を物質に照射して散乱する X線のうち、散乱角が小さいものを測定することにより物質の構造情報を得る手法です。略して SAXS と言います。広角散乱を利用する分析法(広角 X線回折:wide angle X-ray diffraction略してWAXD)が結晶中の原子配列のようなオングストローム(1A= 0.1ナノメートル(nm))オーダーの分析に使用されるのに対し、小角散 乱法では高分子のミクロ相分離構造、微粒子や液晶、合金の内部構造といった数ナノメートルレベルでの規則構造の分析に用います。
小角散乱法では、入射光に非常に近い位置での測定を行うため、精密な光学系と、場合によってはSPring-8のような強力なX線源が必要となります。
*7 キネマティックマウント
光学マウントの方式の一つで、装置や光学部品マウント時に歪みが発生せず、さらに位置決め精度を保って取外し/再取付けがきる利点をもちます。放射光X線のビーム位置の精度はビームの大きさのミクロンのレベルです。よって、特殊な装置を持ち込んで、放射光X線を照射して実験するには、そのような、精度よく再現性のある光軸調整の仕組みが必要だと考えています。
《問い合わせ先》 (フロンティアソフトマター開発産学連合体に関すること) (SPring-8に関すること) |
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