シード光を入射する新方式で短波長自由電子レーザー光の発生に成功-単色性に優れた短波長FEL光源を世界で初めて実現-(プレスリリース)
- 公開日
- 2008年03月10日
- 自由電子レーザー(FEL)
2008年3月10日
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
○ ガス高次高調波をシード光として組み込み、単色化への難問を解決
○ SASE-FELの次の世代の光源を実証
○ FELの心臓部「アンジュレータ」のコンパクト化に貢献
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、仏国の原子力庁(CEA)、Synchrotron SOLEILのグループと共同で、単色性に優れたシングルパス自由電子レーザー(Free Electron Laser: FEL)の発振に成功しました。これは、放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)北村X線超放射研究室原徹専任研究員らによる成果です。 (論文) |
1.背 景
現在、可視光レーザーは科学としての研究対象だけでなく、DVDなど日常生活のあらゆる分野において不可欠なツールとなっています。レーザーの短波長化技術の開発は、長年世界中の研究者の大きな目標の1つでしたが、理研と高輝度光科学研究センターが2010年の完成を目指して整備を進めているXFELによって人類未踏のX線領域のレーザーが実現されようとしています。XFELのレーザー光は、自発放射光という電子から放射される光を、アンジュレータの中で電子ビームと1回だけ相互作用させることによって増幅する「SASE-FEL」と呼ばれる原理を利用しています。1990年代にその原理が提唱された頃から、自発放射光の統計的な特性によって、得られるレーザー光の時間分布やスペクトルが1つのピークではなく複数に分かれたスパイク状になるという、原理的な課題に直面していました。
短波長光源として広く普及している放射光は、電球と同じで、1つの光パルスに数多くの位相の異なる光が含まれています(図1)。SASE-FELは、横方向には光の位相がそろっており(空間コヒーレント)、ピーク強度も大きく、レーザー光に近い光源ですが、時間方向(光パルス進行方向)には依然として位相の異なる複数の光を含んでおり、SASE-FELの時間分布やスペクトルはスパイク状になってしまいます。これを解決するため、外部から位相がきれいにそろったコヒーレント光(シード光)を入れ、この光の位相を種(シード)として電子をそろえて光を増幅するシード型FELの開発が進められてきました。シード型FELでは、光パルス中の位相は横方向、時間方向とも完全にそろっており(完全コヒーレント)、スペクトルや時間分布も可視光レーザーのようにシングルピークのきれいな分布となることから、SASE-FELの次の世代の光源として大きく期待されるものです。
これまで、可視光レーザーを使ったシード型FELの実験例はありましたが、シード光自体の短波長化が難しく、真空紫外領域の光源への応用は大きな課題となっていました。研究グループは、外部からのシード光源として、チタンサファイアレーザー光と希ガス(キセノンガス)の相互作用によって発生する「ガス高次高調波」を用いることにより、真空紫外領域のシード型FEL実現に取り組みました。このガス高次高調波をシード型FELに用いたのは、世界で初めてのことです。
2.研究手法と成果
研究グループは、SASE-FELとして波長が60 nm*5の真空紫外域のレーザー発振に成功しているXFELプロトタイプ機において実験を行いました。まず、波長800nmのチタンサファイアレーザー光を、プロトタイプ機の加速器室内に設置したキセノンガスを満たした高調波発生用ガスチャンバーに送り、波長160nmのシード光に変換します。次に、発生したシード光を電子ビームとともにアンジュレータ内に入射します(図2)。磁石を交互に配置した構造となっているアンジュレータ内で電子ビームが蛇行することによって、シード光の位相が電子ビームに刷り込まれ、電子ビーム内にシード光の位相に対応した密度変調ができます。そして電子ビームからシード光にエネルギーが移ることによってシード光が増幅し、世界最短波長の160 nmでシード型FELの発振に成功しました。
これまで、SASE-FELでは、自発放射光の統計性によって、スペクトルの形状がパルス毎に異なるスパイク状(図3)となり、発振波長の精度があまりよくありませんでした。これに対しシード型FELでは、シード光がきれいなスペクトルをもっているため、増幅後の光もガウス分布に近い安定なシングルピークのスペクトルを持ち、きれいなコヒーレント光を得ることができます(図4)。つまり、SASE-FELが原理的に抱えていた問題を世界で初めて解決したといえます。
3.今後の期待
今回の実験では、波長160 nmの光をシード光として用いましたが、これをさらに短波長化することは容易です。ガス高次高調波は、高調波の次数が上がっても光の強度が落ちない領域があり、10 nm付近まで発生させることができるのがその理由です。また、FELの高次光を用いる手法などと組み合わせることによって、発振するレーザーの波長を軟X線からさらに波長が短くエネルギーの高いX線領域にまで広げることも可能です。
SASE-FELにおける時間コヒーレンスの改善は、短波長レーザー光の利用研究として期待されている膜タンパク質の構造解析やナノテクノロジーにおける材料開発など、多くの分野に貢献します。またシード光を用いることにより、レーザー発振に必要なアンジュレータの長さを短くすることができ、FEL施設のコンパクト化にもつながります。
《参考資料》
800nmチタンサファイアレーザー光は、XFELプロトタイプ機トンネル内に置いた高調波発生用ガスチャンバー内で、160nmシード光に変換され、シケインを用いて電子ビームと重ねてアンジュレータに入射される。
《用語解説》
*1 アンジュレータ
NとSの極性を交互に反転させた永久磁石列を上下に並べた装置。電子ビームが上下の磁石列の間を通過するとき、アンジュレータの周期磁場によって電子ビーム軌道は左右にうねり放射光を発生する。また、アンジュレータ内で電子ビームは一定の条件のもと、シード光や放射光と相互作用し、電子と光の間でエネルギーの交換を行うことができる。
*2 自発放射光
光速に近い速度で進む電子が、その進行方向をアンジュレータ等に曲げられる時に出す電磁波。電子のエネルギーが高いほど短い波長の光を含むようになり、SPring-8をはじめ世界中の放射光施設で、物質科学、地球科学、生命科学、環境科学、産業利用などの分野で既に利用されている。
*3 コヒーレンス
複数の波が存在するとき、波同士の山と山もしくは谷と谷が重なれば(位相がそろえば)それぞれ山もしくは谷は大きくなる。逆に、山と谷が重なる場合には打ち消される。このような波の干渉の度合いをコヒーレンスという。
*4 高次高調波
高調波は入射した光の整数倍の周波数(整数分の1の波長)を持つ光のことをいう。2分の1の波長であれば2次光といい、高次であるほど波長が短い。
*5 nm(ナノメートル)
1ナノメートルは10億分の1メートルを表す。可視光の波長領域は400nmから800nm程度。
(問い合わせ先) 研究推進部 企画課 (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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