大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8で医薬品開発を加速する- 粉末試料からの医薬品の構造決定方法の開発 -(プレスリリース)

公開日
2008年03月10日
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)
国立大学法人名古屋大学は、財団法人高輝度光科学研究センターと共同で、名大で開発された新しいアルゴリズムによるX線構造解析手法(2005年、2006年特許出願)を用いて、ステロイド系の医薬品コハク酸プレドニゾロンの構造を数ミリグラムの粉末試料からSPring-8の粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2)を使って決定することに成功しました。名大の坂田誠教授、西堀英治准教授、青柳忍博士らのグループらによる研究成果です。

平成20年3月10日
国立大学法人 名古屋大学
財団法人 高輝度光科学研究センター

 国立大学法人名古屋大学(以下「名大」という。)(総長 平野眞一)は、財団法人高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」という。)(理事長 吉良爽)と共同で、名大で開発された新しいアルゴリズムによるX線構造解析手法(2005年、2006年特許出願)を用いて、ステロイド系の医薬品コハク酸プレドニゾロン*1の構造(図1)を数ミリグラムの粉末試料からSPring-8の粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2)を使って決定することに成功しました。名大の坂田誠教授、西堀英治准教授、青柳忍博士らのグループらによる研究成果です。
 今回の成果により、医薬品開発において、開発段階で合成された構造未知の物質について、微量粉末でもSPring-8での実験により決定できる可能性が示されたことになります。
 今回の成果は、坂田教授らが進めてきた、遺伝的アルゴリズムによる構造決定法*2マキシマムエントロピー法*3、マルチデータRietveld解析法*4などの新規手法の開発・改良とSPring-8の高輝度放射光を用いた高分解能で統計精度の高い粉末X線回折データを用いることにより達成されました。これらの開発されたデータ解析ツールは、今年度JASRIに発足した医薬粉末評価計測機器開発グループの研究活動の基盤を支える強力なツールとなるものです。医薬品開発研究へのSPring-8の本格的な活用が、より拡がることになるでしょう。
 今回の研究成果は、4月1日発行の英国科学雑誌 「Journal of Applied Crystallography」(4月号)に掲載されます。発表に先立ちオンライン版が3月中旬にWeb上で公開される予定です。

(論文)
"Ab initio structure determination of pharmaceutical compound, prednisolone succinate, by a combination of a genetic algorithm and the maximum entropy method from synchrotron powder data."
Eiji Nishibori, Tadakatsu Ogura, Shinobu Aoyagi, Makoto Sakata.
Journal of Applied Crystallography (2008). 41, 292-301

1.研究の背景
 医薬品開発の現場では、粉末の状態で分子の配列や分子中の原子の配列を解明することが求められています。なぜなら多くの医薬品は、その使用の際に粉の状態で用いられることが多いためです。こうした背景から、医薬品の構造を粉末試料の状態でX線回折から決定する方法の開発、それらを用いた構造決定の研究が世界的に活発に行われています。しかし、まったく構造がわからない未知の状態で、粉末状態の物質の粉末X線構造解析を行うことは、単結晶を用いる単結晶X線構造解析に比べると、粉末結晶からのシグナルの位置的な重なり合いなど、多くの解決すべき問題と困難を伴っていました。そのため、これまで数多くの研究者が、様々なデータ解析の手法開発に挑戦し、解析結果が発表されてきました。遺伝的アルゴリズムやグリットサーチ*5など多くの有望な手法が開発され、利用されていますが、対象とする物質によりそのパフォーマンスに一長一短があり、決定的な手法がどれであるというわけにはいかないのが現状です。特に、医薬品を構成する分子は中程度の大きさでも分子量が500、原子数も100程度と大きいものが通例で、多数の原子からなる複雑な構造の分子であるため、一部の小さな分子からなるものを除けば、粉末状態から構造が決定された医薬品はほとんどありませんでした。
 一方で、SPring-8(粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2))での高輝度高分解能X線粉末回折実験による実験データの質の向上にはめざましいものがあり、未知構造解析のための強力な解析ツールの登場が切望されていました。

2.研究内容と成果
 名大の坂田教授の研究グループは、SPring-8で得られる質の高い粉末X線回折データの情報を最大限に引き出すことで、原子数が100を超える中程度の医薬品の構造を十分決定できるという観点から、SPring-8の粉末結晶構造解析ビームラインで得られる粉末回折データを用いた構造決定法、構造精密化法の開発を進めてきました。構造決定法については、遺伝的アルゴリズムに基づく方法に独自のアルゴリズムを組み込み、従来の手法よりも原子数が多く構造が複雑な物質でも効率的に構造を求められる手法を開発しました(2005年、2006年特許出願)。また、決定した構造を精密化するプロセスのために、複数の粉末X線回折データから詳細な構造の情報を引き出すマルチデータRietvled解析とマキシマムエントロピー法を組み合わせた手法を開発してきました。
 今回、坂田教授の研究グループで開発してきた手法により、SPring-8で得られる高分解能粉末回折データに含まれる情報が最大限に引き出され、ステロイド系の中型サイズの医薬品コハク酸プレドニゾロンの構造を数ミリグラムの粉末試料から決定することに成功しました。この構造を決定するには、130個の原子の位置を粉末X線回折データのみから決定する必要がありました。世界的にも最高レベルの25自由度の構造を遺伝的アルゴリズムにより決定し、130個の原子の位置をマルチデータRietveld解析とマキシマムエントロピー法により決定しました。これらの未知構造解析のため強力なツールとSPring-8で得られる質の高い粉末回折データの組み合わせにより、中型医薬品の粉末状態での構造が明らかになりました。このことは、坂田教授らが開発した解析ツールを用いることで、SPring-8の医薬品開発研究への本格的な活用が可能となることを示しています。

3.今後の展開
 JASRIでは、今年度より医薬粉末評価計測機器開発グループを組織し、機器開発・解析手法開発を含めた医療粉末の構造評価法の開発を開始しました。このグループではSPring-8の高輝度放射光X線を利用して、ソフトウェア開発・ 回折計開発の技術開発を推進・融合することにより、現状の手法では困難な医薬品の粉末構造決定のための技術開発の研究が進められています。今回坂田教授らが開発したデータ解析ツールは、医薬粉末評価計測機器開発グループの研究活動の基盤を支える強力なツールとなるものです。今後は、医薬品開発研究へのSPring-8の本格的な活用が、いっそう加速されることになるでしょう。

 ここで紹介した研究は、文部科学省科学研究費の補助を受け、SPring-8のパワーユーザー課題で行われました。

《参考資料》

図1.「ステロイド系の医薬品コハク酸プレドニゾロン」の構造式 図1.「ステロイド系の医薬品コハク酸プレドニゾロン」の構造式

《用語解説》
*1 ステロイド系の医薬品コハク酸プレドニゾロン

 コハク酸プレドニゾロン(11β, 17, 21-Trihydroxypregna-1, 4-diene-3, 20-dione 21-(hydrogen succinate))は、副腎皮質機能不全や関節リウマチに対して、静脈注射、点滴注射等により投与されるコハク酸プレドニゾロンナトリウム溶液の原料です。化学式はC25H32O8(分子量460.52)です。

*2 遺伝的アルゴリズムによる構造決定法
 実空間法と呼ばれる粉末X線回折から構造決定を行なう手法の1種。実空間法では、実空間において試験的に構造モデルを作成し、そのモデルから得られる計算パターンと、観測パターンとを比較し、その一致度の評価から最適なモデルを探索します。解の探索には、汎用最適化法であるモンテカルロ法、シミュレーテッドアニーリング法、遺伝的アルゴリズムなどが用いられます。今回の研究では、実空間法の解探索に遺伝的アルゴリズムを用いています。遺伝的アルゴリズムは、ある解集団に対して、生物の進化を真似て、交叉、淘汰、突然変異などの操作を繰り返し施し、ある条件に最も適応度の高い解を探索する方法です。

*3 マキシマムエントロピー法
 マキシマムエントロピー法(Maximum Entropy Method,MEM)は情報理論より発展した一種の推論法であり、与えられた情報を満足し、与えられていない情報に対しては最もバイアスをかけないで解を推定する方法です。名大の坂田教授らはこの方法を結晶学に適用し、誤差を含んだ有限個の結晶構造因子から、精密な電子密度分布を得る解析法を開発した。この方法はX線回折データから打ち切り効果(X線回折実験により得られる結晶構造因子が有限の数に限られるために起こってしまう電子密度分布のゆがみ)の影響を避けた精度の高い電子密度分布を求めることができるものです。

*4 Rietveld解析法
 リートベルト解析法は、構造モデルから計算される粉末回折パターンを、実験で得られた粉末回折パターンにフィッティングし、結晶構造モデルに基づいた構造パラメータを最小二乗法により精密化する方法です。粉末回折パターンからの構造精密化法として広く用いられています。

*5 グリットサーチ
 探索パラメータの範囲をグリットに分割し、グリットの各点を対する解を評価しながら探索していく手法。十分にグリットを細かく分割することができれば、確実に解を得ることができますが、探索自由度の増加に伴い指数関数的に探索点が増加するため自由度の大きな系に適用するのは困難です。


(問い合わせ先)
国立大学法人名古屋大学
工学研究科マテリアル理工学専攻応用物理学分野
 教授 坂田 誠(さかた まこと)
 TEL:052-789-4453  FAX:052-789-3724

(報道担当)
国立大学法人名古屋大学 広報室
 担当:武内松二
 TEL:052-789-2016

財団法人高輝度光科学研究センター 広報室
 TEL:0791-58-2785