極短波長FEL光によるN2の2光子・3光子イオン化過程の観測に成功!(プレスリリース)
- 公開日
- 2008年04月14日
- XFELプロトタイプ機(SCSS試験加速器)
2008年4月14日
国立大学法人東京大学
独立行政法人理化学研究所
東京大学を中心とした6つの研究機関(国立大学法人東京大学、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構、学校法人慶應義塾、独立行政法人日本原子力研究開発機構、独立行政法人理化学研究所、日本電信電話株式会社)にまたがる研究者による合同研究チームと理化学研究所X線自由電子レーザー計画推進本部 (以下, XFEL推進本部) の共同研究グループは、理研播磨研究所に建設されているX線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)のプロトタイプ機(SCSS試験加速器)※1を用いて、高強度の極端紫外光(波長50 nm)を窒素分子に照射することによって、2光子吸収、3光子吸収に伴う光イオン化の存在をスペクトルの構造解析とともに初めて明らかにした。これは理研播磨研究所に建設されたSCSS試験加速器の光が極めて強く、新しい分子科学の領域を拓くことのできる光源であることを示す初めての成果である。 (論文) |
《研究の内容》
これまで、放射光による短波長光による原子・分子のイオン化やレーザーの短パルス・高強度化によって、高強度レーザー場における分子の振る舞いが観測されてきた。特に近赤外から可視光については、高強度、短パルス光が開発され、非摂動領域と呼ばれる非常に強度の強い光子場中における分子のダイナミクスについての研究が報告されるようになった。一方、21世紀に入ってからは極端紫外領域から軟X線領域において、光源の高強度化が進み、分子科学の分野についても、真空紫外から極端紫外領域に達する、より波長が短く強いレーザー場中での分子の振る舞いに関心が注がれるようになった。これまでレーザープラズマX線や高次高調波などの種々の光源が研究・開発されてきたが、極端紫外~軟X線領域においては、非摂動領域に達する程の光の発生には至っていない。
欧州、米国、そして日本の3極でその開発が進んでいるXFEL及びそのプロトタイプ機は、極短波長領域における超高輝度コヒーレント光源として、これまでの光源では到達することができなかった非摂動領域の強光子場を生成することが期待され、最近では欧州のFEL(自由電子レーザー)施設を利用した、主に原子のイオン化についての研究成果が報告され始めた。理研播磨研究所に建設されたSCSS試験加速器は他国のSASE方式※2のFELと比較すると小型で安定であるばかりか、波長可変性に優れ、XFELの実証としてだけではなく、分子科学にとっても真空紫外から極端紫外領域における高強度光源として期待されている。
今回、東京大学を中心とする合同プロジェクトチームらは、理研のSCSS試験加速器を用いた実験を初めて行い、発生した高強度の極端紫外FEL光を集光して、窒素分子に照射し、その光イオン化と、それに伴う解離過程を飛行時間型質量分析装置で計測した。その結果、窒素原子イオンを示す質量スペクトルのシグナルの両サイドに、クーロン爆発※3によって生じたサイドピークを観測した。得られた質量スペクトルの運動量解析を行うとともに、強度との相関関係を調べ、これらが2光子過程によるものであることを初めてスペクトルの精密な分析とともに明らかにした。さらに3光子の寄与が必要なピークである窒素原子の2価イオンを真空紫外から極端紫外域領域において初めて観測した。本研究は極端紫外領域におけるFEL光の分子科学研究への展開の第一歩である。これらの実験結果はApplied Physics Letters 誌のVol.92 Issue15 に掲載される。
この結果はX線自由電子レーザーの実証機として建設したSCSS試験加速器が極端紫外域における極めて高強度な光源としてユーザー利用の段階に達したことを示している。また非線形光学現象※4の測定に成功したことは、これまで近赤外から可視域での光のキャラクタリゼーションと同様に極端紫外光のキャラクタリゼーションにも応用が可能であることを示すものである。
今後SCSS試験加速器は、極端紫外~軟X線領域において強光子場領域に達する高強度レーザーとして、分子との相互作用の解明のための基礎研究だけでなく、その波長可変性を活用した分光計測への応用など、分子科学に新たな展開をもたらすものと期待されている。
《参考資料》
電子銃側から電子ビームの進行方向に向かう全景。
図2. (a) SCSS試験加速器における極端紫外光の強度の高出力化、 (b) 加速器・アンジュレータの性能向上による極端紫外光の強度の高安定化 |
(a)
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(b)
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(c)
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図3 (a) 2光子過程による窒素分子のクーロン爆発 (b) 2光子過程で得られた窒素原子イオンの運動量分布(m/z = 14) (c) 2光子過程の証拠となる2次の非線形性 |
《用語解説》
※1 SCSS試験加速器
SCSSはSPring-8 Compact SASE Sourceの略。理化学研究所が建設した、X線自由電子レーザーの実証用プロトタイプ機。2006年には、理研と(財)高輝度光科学研究センターが共同で組織するX線自由電子レーザー計画合同推進本部によって初めてレーザー発振が確認された。 2007年夏には性能向上が図られ、極端紫外光を極めて高い強度で安定して発生させることが可能となった。低エミッタンスの電子銃、高効率でコンパクトな加速器、さらにビームが通過する磁石列を丸ごと真空タンクに入れることにより、上下の磁石列を近接させた真空封込型アンジュレータを用いて、欧米のものの半分以下のコスト・全長で、世界で最もコンパクトで、かつ高強度・高品質なレーザービームを安定的に発振することが可能となっている。
詳細は http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2006/060622/detail.html を参照。
※2 SASE方式
SASEはSelf Amplified Spontaneous Emission の略。赤外などの比較的長波長の自由電子レーザーは、アンジュレータの両端に鏡を置き、光が往復するたびに電子を入射し、光と電子の相互作用によってレーザーを発振させる方式を採用している。しかしこの方法では、波長が短いX線を反射することができる鏡が存在しないため、X線領域のレーザー光を得ることはできない。1990年代前半、「発振に至るまでに必要な光の共振に、何度もの光の往復が必要ならば、いっそ反射させずに往復分の距離を往路で稼げばよい」というSASE方式の提案がなされた。光が反復する距離の分だけアンジュレータを長くすることにより、反射鏡が無くともX線領域のレーザー発振を可能にする方法をSASE方式と呼ぶ。
※3 クーロン爆発
2個以上の原子をもつ分子に対して、高強度のレーザー光等で電子を2個以上はぎとると、プラスの電荷を持った原子が2つ以上接近して存在する状態になることがある。この場合、プラス同士の電荷は反発しあうので、分子は壊れて、非常に大きい速度をもって飛び出し、2つ以上の分子イオンや原子イオンに分かれる。この現象を「クーロン爆発」と呼ぶ。
※4 非線形光学現象
光を物質に照射した時に、光の強度が2倍、3倍になれば強度の2乗あるいは3乗等の非線形の相関性を持つ現象。例えば2次の非線形光学現象では光の強度が2倍、3倍になれば現象の度合いは4倍、9倍となる。
(問い合わせ先) 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8に関すること) |
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