原子層ごとの磁気構造の可視化に成功 ~超高密度の磁気記憶媒体や超伝導体の実現に期待~(プレスリリース)
- 公開日
- 2008年05月20日
- BL25SU(軟X線固体分光)
平成20年5月20日
国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学
財団法人高輝度光科学研究センター
デジタル情報の増大にともない、これを処理・収納するハードディスクの大容量化の要求が高まっていますが、奈良先端科学技術大学院大学の松井文彦助教・大門寛教授および学生の加藤有香子・橋本美絵・稲地加那子らは、高輝度光科学研究センター(SPring-8)の松下智裕主幹研究員・郭方准研究員と共同で、極めて薄い磁性体膜がどのように磁気を帯びているか、原子層ごとに可視化する技術を世界で初めて開発しました。超高密度の記録媒体を作るためのナノテクノロジー(超微細加工技術)では、材料表面の磁気の性質が全体に影響してくるが、これまで原子レベルで非破壊的に調べる手段はありませんでした。松井助教らの研究により、高密度磁気デバイスの開発をはじめ、超伝導体薄膜作成など、新たな磁気記録媒体実現に向けての幅広い展開が考えられます。 (論文) |
現状の100倍の記録密度に相当する1インチ角のテラ(1兆)バイトメモリ※1のような次世代の高い記録密度を持つディスク媒体の実現には、単位素子を10 nm(十万分の1 mm)程度まで縮小しなければなりません。こうしたナノの世界では材料表面の磁性が全体の性質を支配しますが、これまで表面の磁気構造を原子層単位で調べる手段はありませんでした。
同研究グループは、これまで大型放射光施設SPring-8の軟X線固体分光ビームラインBL25SUにて、原子配列を直視できる「光電子立体写真法(2008年度文部科学大臣賞受賞)」や、精密な局所構造解析法である「電子ホログラフィー」の開発を進めてきました。いずれも、試料に、X線を照射して得られる電子の二次元パターン※2をもとにした手法によるものです。今回、奈良先端科学技術大の松井助教はこれらの測定法を発展させ、円偏光軟X線という特殊なX線を用いて得られた電子の二次元パターンから、材料表面の原子層ごとの電子状態及び磁気構造の立体的な情報を引き出し可視化する測定法を新たに発明しました。この測定法は試料を壊さずに表面に隠された第二層、第三層などに関する情報を原子レベルで引き出すことができることが大きな特徴です。
この新たな測定法を磁気媒体に応用されているNi(ニッケル)薄膜に適用しました。通常、Ni単結晶薄膜の磁化されやすい方向である容易磁化軸は面に水平方向にありますが、原子が10 ~ 40個積み重なった原子層程度の厚さでは面に垂直に容易磁化軸が揃います※3。同研究グループは、容易磁化軸の向きが面内から面直に変わる要因である磁気的な異方性を詳しく調べ※4、10原子前後の膜厚で容易磁化軸の向きが変わる要因として表面一層目の電子状態が重要であることを実験的に明らかにしました※5。
面直磁化という現象は今後の高密度記録技術を飛躍させる鍵とされています。本研究成果により、高密度磁気デバイスの開発をはじめ、新たな磁気記録媒体実現に向けての幅広い展開が考えられます※6。
<参考資料>
<用語解説>
※1 テラバイトメモリ
磁性体を用いた記憶媒体は読み書きが高速という点で優れています。1テラバイトは1000ギガバイト。最近では1インチ角当たり10ギガバイトを超える面記録密度のハードディスクが登場しました。大容量化のためには単位記憶素子を小さくする必要があります。
※2 電子の二次元パターンと二次元表示型分析器
同研究グループが独自に開発した二次元表示型分析器を用いると放出された電子の強度の角度分布(二次元パターン)がいっぺんに測定できます。電子は各原子を起点として放出されるので、その原子を取り巻く局所的な原子配列の情報が得られます。同グループはこれまで立体写真法と光電子ホログラフィー法など物性科学の出発点である「原子の配列を観る」直接的な手法を開発してきました。逆に原子配列のパターンから起点となる原子の位置を特定することができます。二次元表示型分析器で二次元パターンとX線吸収分光の両方の測定を組み合わせることで、「原子層ごとの磁気的な性質」の情報を引き出す新しい分析法を発明するに至りました。
※3 容易磁化軸と垂直磁化
磁性体が安定して磁化される向きを容易磁化軸といいます。磁性体薄膜は通常は面に水平に磁化し、モザイクのような磁区が現れますが、ナノの領域では容易磁化軸が面に垂直に向くことがあります。垂直磁化の磁区は面内磁化の場合よりも小さく、ハードディスクの面記録密度向上のブレークスルーとして期待されています。
※4 X線吸収分光法と磁気構造
私たちに役に立つ物質の機能や興味深い現象を引き起こす「電子の振る舞い」を調べるのに有効な手段の一つが「X線吸収分光法」です。X線のエネルギーと吸収の度合いの関係を測定すると、各元素の電子の振る舞いについて調べることができます。放射光施設で得られる「円偏光」という特殊なX線を用いると、さらに元素の種類ごとの磁気構造について研究することができます。X線を試料に照射すると電子が放出されます。今回、X線の吸収の度合いは放出された電子の量から算出しました。
※5 磁性の起源
電子が運動すると磁場が発生します。「古典的」なイメージに結びつけて説明すると、電子の運動は原子核の周りの公転(原子軌道)と電子自身の自転(電子スピン)に分けられます。物質の磁気的な性質は局所的な原子軌道と広域に渡る電子スピンの成分のバランスで決まります。
※6 研究の位置づけと今後の展開
今回の成果は大型放射光施設SPring-8での最先端の軟X線光源と同グループのオリジナルの分析器との組合せで初めて実現した世界的にも独創性の高い研究です。これまで難しかった表面に隠された二層目、三層目など内部の電子状態の情報を原子層ごとに調べるこの分析方法は、高密度磁気デバイスの開発に止まらず、超伝導体薄膜作成や表面化学反応のリアルタイム・局所観察など、幅広い展開が考えられます。
<問い合わせ先> 奈良先端科学技術大学院大学 財団法人高輝度光科学研究センター 制御・情報部門 【SPring-8に関するお問い合わせ先】 【奈良先端科学術大学院大学に関するお問い合わせ先】 |
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