3種類の自動結晶化ロボットを利用して世界トップレベルの効率でタンパク質の立体構造を解析 -進展する「高度好熱菌 丸ごと一匹 プロジェクト」-(プレスリリース)
- 公開日
- 2008年05月27日
- BL26B1(理研 構造ゲノムI)
- BL26B2(理研 構造ゲノムII)
- BL44B2(理研 物質科学)
- BL45XU(理研 構造生物学I)
2008年5月27日
独立行政法人理化学研究所
本研究成果のポイント
○約2万の結晶化条件を調査し、最適な結晶化方法を確立
○高度好熱菌の持つタンパク質のうち、約470種類(21%)の立体構造解析を完了
○タンパク質の原子分解能でのイメージング成功率が、最も高い生物に
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、3種類の自動結晶化ロボットと大型放射光施設SPring-8※1を用いて、タンパク質の立体構造解析を世界トップレベルの高効率で行う実験方法の確立に成功しました。これは、放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)放射光システム生物学研究グループの倉光成紀グループディレクターらの「高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクト※2」で行った研究成果です。 (論文) |
1.背 景
生物の体は、無数のタンパク質で構成され、さまざまな生命現象をつかさどっています。タンパク質は、DNAに記された遺伝子情報に従って合成され、決まった「立体構造」をとることにより、機能を持つようになります。研究グループでは、1つの細胞におけるあらゆる生命現象をシステム全体としてとらえ、タンパク質をはじめとする生体分子の立体構造と機能に基づいて理解しようと研究を進めてきました。1999年には「高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクト」を立ち上げ、モデル生物として、85℃という極限環境で生育できる高度好熱菌サーマス・サーモフィラスを選びました。好熱菌の中でも、サーマス・サーモフィラスは(1)遺伝子数が約2,200と少ない(ヒトは約23,000、大腸菌は約4,500)(2)厳しい環境に生きているためタンパク質が丈夫で、立体構造や機能を調べるのに都合が良い(3)遺伝子を操作する方法が確立されている、などの多くのモデル生物に適した特徴を持っています。
タンパク質の立体構造を見る(イメージングする)ためには、タンパク質分子を構成する原子1個1個のレベルの分解能(~1千万分の1 mm)が必要となります。これを可能にするのが、X線を使ってタンパク質の立体構造を解析する「X線結晶構造解析(図1)」です。このX線結晶構造解析を行うためには、タンパク質を結晶化する必要があります。小さな分子であれば比較的簡単に結晶化することができます(例えば氷は、2つの水素原子と1つの酸素原子からなる水が結晶化したものです)が、タンパク質のような巨大な分子は一般的に結晶化しにくく、さらに、結晶を構成する原子や分子がきれいに整列し、かつX線結晶構造解析が可能な0.05 mm四方以上の大きさを持つ、質の良い結晶を得られなければ、高精度に解析することができません。一般に、タンパク質のような生体分子の結晶化は、時間と労力を要するもので、特に難しい結晶化の場合には数カ月から年単位の実験が必要とされます。そこで、研究者が手作業で行ってきた複雑な手順を自動化し、効率よく結晶を得るための結晶化技術が求められてきました。また、自動化によって、どのような結晶化の方法や条件であれば、良質な結晶を早く得ることができるのかについて詳細に調査することも可能となります。
2.研究手法
マイクロバッチ法(図2)を採用したTERA※6、シッティングドロップ蒸気拡散法(図2)を採用したHTS-80、ハンギングドロップ蒸気拡散法(図2)を採用したCrystal Finderという3種類の異なる結晶化方法を自動で行うロボットを実験に使用しました。TERAは、理研と竹田理化工業株式会社、株式会社エステック、アドバンソフト開発株式会社の4者で共同開発したロボットです。HTS-80とCrystal Finderはそれぞれ、パナソニックファクトリーソリューションズ株式会社、石川島播磨重工業株式会社と理研が共同で開発したロボットです。これらを採用した自動結晶化ロボット(図3)を用いて、細胞内のエネルギー消費に関係するタンパク質であるアデニル酸キナーゼなど、約20種類の高度好熱菌タンパク質の結晶化を試みました。結晶化には約400種類の実験溶液を用い、合計約2万の結晶化条件について結晶化の状況を詳細に比較し、最適条件を調査しました。この3種類のロボットは、いずれも結晶化にかかる時間やコストを大幅に減少させ、研究者を単純作業の煩わしさから解放します。さらに、研究者が手作業で行う結晶化実験と本質的に変わりない複雑で微妙なコントロールを加味した方法で、24時間連続で結晶化作業を行うことができます。そのため今回の調査結果は、今後の立体構造解析において広く役立つ知見をもたらします。
3.研究成果
各ロボットの結晶化成功率は、いずれも約7%とほとんど同じレベルでした(表1)。TERAでは、得られた結晶のうち半数以上が、立体構造解析に必要な初期データを得るのに十分な大きさ(0.05 mm四方以上)を持っていました。これはHTS-80とCrystal Finderで得た十分な大きさを持つ結晶の数に対して、3~4倍の数になります(表1)。
一方、HTS-80とCrystal Finderは、結晶化の期間を短くできるという利点がありました。結晶化までの時間は、それぞれ24日以内(HTS-80)、38日以内(Crystal Finder)でした(表1)。
今回、研究グループが得た最も重要な発見は、1つの結晶化ロボットだけではほとんど結晶化条件を見つけることができなかったタンパク質でも、複数の結晶化ロボットを用いることによって、結晶化条件の数を2~5倍まで上昇させることができた、という点です(図4)。タンパク質の結晶化成功率は一般的に低く、実際、今回実験を行ったタンパク質約20種類のうち、3分の2のタンパク質では、約400種類の実験溶液を用いた結晶化条件のうち、実際に結晶化できたのは10条件以下でした。
4.今後の期待
この知見を基に、研究グループは、効率よく良質な結晶を得るために、複数のロボットを併用してX線結晶構造解析を進めています。これまでに同研究グループが結晶化を試みたタンパク質(約950種類)のうち、約680種類(70%)について結晶化に成功し、約360種類(40%)について立体構造解析が完了しました。
その結果、高度好熱菌サーマス・サーモフィラスの全タンパク質約2,200種類のうち、約470種類(21%)について立体構造解析が完了したことになり、高度好熱菌サーマス・サーモフィラスは、世界でもっとも立体構造解析の進んだ生物の1つになりつつあります。
さらに、解明した高度好熱菌サーマス・サーモフィラスのタンパク質構造を基にして、タンパク質の機能を調べる研究が世界的に進みだしており、高度好熱菌サーマス・サーモフィラスに関する論文は、近年急速に増加しています。同研究グループからも直腸がんに関するミスマッチ修復系のタンパク質やウィルスに対する防御システムに関するタンパク質など、将来的に医療に応用可能と思われる研究成果が出ています。
< 参考資料 >
タンパク質の結晶化は、様々な溶液条件のタンパク質溶液を、ゆるやかに条件変化させることによって行う。マイクロバッチ法では、オイルを通してタンパク質溶液をゆるやかに濃縮する。シッティングドロップ蒸気拡散法とハンギングドロップ蒸気拡散法では、タンパク質溶液は直接空気に触れて濃縮するが、リザーバーと呼ばれる溶液が濃縮の程度をコントロールする。シッティングとハンギングでは、タンパク質溶液のしずく(ドロップ)を「下に置く」か、「上からぶら下げる」か、の違いがあり、結晶の生成メカニズムに影響を与えると考えられている。
数字は、実験したタンパク質のうち、特に結晶化が難しい6種類での、結晶化に成功した実験溶液条件の数。異なる結晶化方法(ロボット)では、条件の重なりが非常に少ない。したがって、複数の結晶化方法を併用すると、多くの結晶化条件が得られやすいことがわかった。また、このような結晶化が難しいタンパク質では、ある単一方法の結晶化ではまったく結晶化条件を見つけることができなかった場合でも、他の方法では高い結晶化成功率を持つ場合があることが確認できた。これらの知見は、研究者の間では経験的に知られたものであったが、実際に複数種類の結晶化実験を行う際には、限られたコストと限られた時間、労力の中で行わなければならない。今回の調査は、どの程度の労力に対し、どの程度の成果が見込めるのかを数値として示すことができ、最小限の労力で最大限の成果を上げるための指標となった。
< 用語解説 >
※1 大型放射光施設SPring-8(スプリングエイト)
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の大型放射光施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、細く強力な電磁波のことである。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。SPring-8は日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間1万人以上の研究者が利用している。大型放射光施設は、ほかにも米国のAPSとフランスのESRFがあるが、SPring-8のエネルギーが世界一となっている。
※2 高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクト
「高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクト」とは、高度好熱菌サーマス・サーモフィラス※3を地球上のあらゆる生物の代表(モデル生物)とし、DNA、タンパク質、糖質、脂質、その他低分子の構造と機能に基づいて、1つの細胞システム全体の生命現象を理解する学問基盤の構築を目指している。プロジェクトは以下の4段階で進行すると想定しており、SPring-8においてはイメージングに関連した研究を行う。
第1段階:タンパク質などの細胞を構成する分子の、細胞レベルの立体構造解析
第2段階:タンパク質などの細胞を構成する分子の、細胞レベルの機能解析
第3段階:細胞内のそれぞれのシステム(複数分子のネットワーク関係)の解析
第4段階:細胞全体のシミュレーション
今後は、構造機能ゲノム科学、機能ゲノム科学、ケミカルバイオロジー、その他の解析方法を利用して得られるミクロな結果も加え、原子分解能で生命現象をシステムとして総合的に理解するためのイメージングを目指す。研究対象としては、細胞の形状に関連する細胞壁合成系システム、細胞内の金属イオンの局在を解析するための金属イオン適応システム、DNA繊維上を動いてDNA修復を行っているDNA修復系システムなどの研究を進めている。
※3 高度好熱菌サーマス・サーモフィラス
静岡県伊豆半島にある峰温泉から発見された、85℃という極限環境で生育できる細菌(バクテリア)。熱水中で生きている細菌(好熱菌)は全生物の共通祖先に近い位置にあり、原始生命の基本的特徴が凝縮されているといわれている。好熱菌1匹に起こる生命現象を理解することは、ヒトを含めたあらゆる生物の基本を解明する研究であり、「生命とは何か」という根本を問い直すことにつながるとも考えられている。
※4 X線結晶構造解析
0.05 mm四方程度以上の「タンパク質の結晶」に、SPring-8などで発生させたX線を照射すると、X線は結晶内部で「回折」と呼ばれる現象を起こし、向かい側に配置させた感光板に点の模様を映し出す。この点の模様をコンピューターで解析すると、立体構造の情報を取り出すことができる。
※5 直腸がんに関するミスマッチ修復系のタンパク質
がんはDNAが傷つくことによって引き起こされるが、DNAを修復する仕組みはヒトも高度好熱菌も基本的には同じであるとされている。ヒトのタンパク質は不安定で、構造解析や機能解析を行うのは非常に難しかったが、高度好熱菌のタンパク質を用いることで、DNA修復のメカニズムの一端を明らかにすることができた。同研究グループからも将来的に医療に応用可能と思われる研究成果について、複数の論文を発表している。ごく最近ではヒトの直腸がんに関連するミスマッチ修復系のタンパク質について機能を発見した論文を発表した。(Fukui, K. et. al. (2008) “Bound Nucleotide Controls the Endonuclease Activity of Mismatch Repair Enzyme MutL”, J. Biol. Chem.283, 12136-12145))
※6 TERA
TERAは、72穴の結晶化プレート2,500枚をバーコードで管理し、プレートごとにpH、沈殿剤や添加物の種類、濃度といった条件を変えてタンパク質溶液を仕込むことができる。さらにバーコードで管理された観察スケジュールに沿って自動で顕微鏡写真を撮影する。写真を画像データとしてデータベースに取り込み、ウェブ上で結晶の状態を評価・観察が行えるなど、一連の作業が1つのシステムで効率的に行えることがTERAの最大の特徴である。TERAは、第2回ものづくり日本大賞、中国経済産業局長賞(受賞テーマ:タンパク質自動結晶化観察ロボット(TERA)の開発)を受賞した。
(問い合わせ先) リサーチアソシエイト 飯野 均(いいの ひとし) 播磨研究推進部 企画課 (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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