太陽電池の構造に生体膜の原理を導入、光電効率の飛躍的向上に期待-液晶性有機薄膜の理想的な分子配列を実現-(プレスリリース)
- 公開日
- 2008年06月19日
- BL40B2(構造生物学II)
2008年6月19日
独立行政法人理化学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
○親水性と疎水性を同時に導入し、液晶分子の周期配列構造をナノサイズで制御
○明確な相分離構造によって、10倍の光電流を取り出すことに成功
○環境・エネルギー問題解決に向けた新たな分子デザインを提案
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(北澤宏一理事長)、財団法人高輝度光科学研究センター(吉良爽理事長)は、有機薄膜太陽電池※1の有機分子に両親媒性※2を導入すると、理想的な分子配列構造が実現することを、大型放射光施設SPring-8※3を使って解明しました。これは科学技術振興機構(JST)ERATO-SORST「分子プログラミングによる電子ナノ空間の創成と応用」(総括責任者:相田卓三東京大学教授)の相田卓三プロジェクトリーダー、李維実研究員、山本洋平研究員と、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)高田構造科学研究室の高田昌樹主任研究員、高輝度光科学研究センター(JASRI)利用研究促進部門の佐々木園主幹研究員、増永啓康研究員らの共同研究による成果です。 (論文) |
1.背 景
私たちは、二酸化炭素の過剰排出による地球温暖化問題や、石油などのエネルギー資源の枯渇など、さまざまな環境問題に直面しています。これらの問題を解決する方法の1つとして、クリーンで枯渇の心配のない太陽光をエネルギーとして用いる技術の開発に、大きな関心が寄せられています。現在実用化されている太陽電池は、無機材料からなる非晶質のシリコン薄膜を用いた太陽電池(アモルファスシリコン太陽電池)が主流となっています。さらなるエネルギーの高効率化を求め、低コスト化、軽量化、および大面積化が可能な有機薄膜太陽電池が熱望され、世界中で非常に多くの研究者がその実現に向けてしのぎを削っています。
この有機薄膜太陽電池を作製する上で、特に有望視されている有機物質として、導電性高分子であるポリチオフェンと、炭素原子がサッカーボール状に結合したフラーレン誘導体の混合体があります。この混合体の溶液を導電性基板上に塗布して、バルクヘテロ接合※11を形成し、光起電力を取り出します。この光電変換効率を向上させるためには、それぞれの分子が相分離した状態で、しかもお互いの接触面積を広くとる事が、重要なポイントの1つと考えられています。
2.研究手法と成果
今回、JSTの研究グループは、バルクヘテロ接合に代わるデバイス設計として、あらかじめチオフェン部位とフラーレン部位が連結した分子を考案しました。具体的には、分子が同じ部位同士で集積するための分子デザインとして、生体膜でみられるような親水性と疎水性の両親媒性を取り入れました。すなわち、チオフェン部位には疎水性の脂肪側鎖を、フラーレン部位には親水性のトリエチレングリコール鎖を取り付けました(図1上)。この分子を減圧下で加熱した後に室温まで冷却したところ、室温で液晶状態となりました。各分子は、その化学構造から予測すると、凝集して数ナノメートル(nm:10億分の1メートル)から数十ナノメートルスケールの層構造を形成する可能性がありました。そこで、理研・JASRIの研究グループとともに大型放射光施設SPring-8 の高輝度X線(構造生物学 IIビームラインBL40B2)を利用して、試料からの微弱な小角散乱を精度よく計測し、得られた散乱データに基づき液晶状態における分子配列構造を検討したところ、分子長のほぼ2倍(10.6 ナノメートル)の周期構造が明らかになりました(図2a)。
一方、側鎖を両方とも疎水性の脂肪側鎖としたところ(図1下)、分子の配列構造は、ほぼ分子長(5.7 ナノメートル)の周期構造であることもわかりました(図2b)。
以上のように、両親媒性の分子設計により、側鎖が両方とも疎水性となっている分子よりも明確な相分離構造が実現し、その構造を、放射光を用いた小角散乱により分子レベルで明らかにすることに成功しました。
実際に、これらの分子を用いて光照射による電気特性の変化を調べたところ、両親媒化により明確な相分離構造を形成している系の方が、約10倍大きな光電流を実現し(図3)、さらに電流の担い手である光キャリア(光を照射した際にできるキャリア)の長寿命化(電流の担い手としての性質を長時間失わずにいること)を実現しました。これらの特性は、今後チオフェン部位とフラーレン部位が連結した分子を用いて有機薄膜太陽電池を作製する上で、非常に重要な要素になると考えられます。
3.今後の期待
今回、室温で液晶性を発現する有機半導体材料の作製に成功したことは、デバイスの製造プロセスを簡便化する点で大変有用であると考えられます。また、液晶相における分子配列構造の詳細な解析に成功したことで、今後、実用的な光起電力特性の発現と向上に向けた有機薄膜太陽電池の試作が期待できます。さらに、今回の成果で浮き彫りとなった両親媒性の優位性をモチーフとした分子設計が、分子のナノ相分離構造を実現する上でのユニバーサルデザインとして用いられることが期待できます。
〈参考資料〉
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疎水性分子に比べ、両親媒性分子の方がより明確で長周期な相分離構造を形成する。疎水性分子は不揃いな向きで配列しているが、両親媒性分子は秩序的に配列している。薄紫色の丸がフラーレン、黄色と緑の縞線がオリゴチオフェン、青と赤の鎖がそれぞれ疎水性側鎖、親水性側鎖を示す。 |
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両親媒性分子から作製した薄膜の方が、電圧の変化に対して約10倍大きな電流が流れる。
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〈用語解説〉
※1 有機薄膜太陽電池
導電性高分子や色素などの有機半導体を積層もしくは混合してできる薄膜を用いた太陽電池。光起電力効果(光を物質に照射することで発生する電力)を利用し、光エネルギーを直接電力に変換するデバイス。
※2 両親媒性
親水性の部位と疎水性の部位を有する分子が持つ性質。親水部位同士、疎水部位同士で集合しやすく、シャボン玉や生体膜においてよく見られる性質。
※3 大型放射光施設SPring-8
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射光)とは、荷電粒子が磁場の中で加速されるとき放射される光の1種であり、 特に円型加速器を用いて加速した場合に射出する光を指す。
※4 ポリチオフェン、オリゴチオフェン
チオフェンの重合により生成する高分子をポリチオフェンという。一般にホール(正孔)を輸送する特性を持つ。また、チオフェン部位の数が数個に限定されたものをオリゴチオフェンと呼ぶ。オリゴチオフェンもホール(正孔)を輸送する特性を持つ。
※5 フラーレン誘導体
炭素原子が結合し球状の構造体を形成したものをフラーレンという。ここでは特に炭素原子60個が結合してできるサッカーボール状の構造体に化学的な修飾を施し、有機溶媒に溶かすことができる状態とした分子を指す。電子を輸送する特性に優れている。
※6 光電変換効率
物質が光を吸収し、電導キャリアへ変換する割合。照射フォトン数に対する電導キャリア数の比で表され、この値が大きいほど性能の良い太陽電池であるといえる。
※7 相分離
均一な混合物が、それぞれの(純)物質の相(同一の組成を持つ部分)に分かれていく現象。
※8 生体膜
細胞や細胞小器官の内部と外部を隔てる膜。
※9 液晶
流動性はあるが、分子の配向がそろった相。
※10 小角X線散乱測定
X線を物質に照射して散乱するX線のうち、散乱角が小さいものを測定することにより物質の構造情報を得る手法。
※11 バルクヘテロ接合
電子供与体および受容体となる分子を混合した溶液を基板上に塗布し薄膜を形成することにより、ホール輸送層と電子輸送層を接合する方法。
(問い合わせ先) 播磨研究推進部 企画課 財団法人高輝度光科学研究センター (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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